第38話 毎日君の作る味噌汁が飲みたいって言いたくもなるよお……
今日のメニューは、スーパーで買ったお刺身の盛り合わせに、伊吹が作った味噌汁プラスシンプルにおひたしと市販の漬物。いつもに比べればそれほど手間はかかっていない。その分おかずが豪華だけども。
ただ、稲穂さんがお茶碗に注がれた味噌汁を口にした瞬間、
「んんっ……お、美味しい……」
溢れるように漏らした一言とともに、ゆっくりと手にしていたお茶碗をテーブルに置いた。
「えっ、な、何……このお味噌汁、なんでこんな美味しいの……? これ、松江さんが作ったの……?」
「えっへん。そうですよ、私が作りました」
驚嘆の声をあげる稲穂さんを見て、気を良くしたのか、伊吹は(誰に比べてとは言わないけど)ない胸を張って、自信満々に頷いてみせる。
「……い、石原くんは、この味噌汁を毎日……?」
「ま、毎日ってわけではないですけど、まあ、ほぼ毎日……」
瞬間、少しだけ唇を噛んだ稲穂さんは、ぼそっと「……こ、こんなの反則だよお……」と半分涙目になりつつも伊吹の味噌汁をすすり続ける。
「だって、だってこんな美味しい味噌汁、実家以来だよお……実家のより美味しいかもしれないし……うう……わたしだってこんな上手に作れないし……毎日君の作る味噌汁が飲みたいって言いたくもなるよお……」
「……あの、別に私、胡麻さんにプロポーズされても全然嬉しくないんですけど」
「わたしだって松江さんと結婚はしたくないよお……」
なんかよくわからないことになっているけど、稲穂さんの言い分も理解はできる。
上手な人が作る味噌汁は、なぜかすっごく美味しく感じるんだ。自分が作るよりも。いや、まあ十中八九僕は適当に出汁を取って適当に味噌を溶いているから普通の味噌汁しか作れないのだろうけど。
ただ、僕の場合は伊吹ってすげえ、で済むのだけど、稲穂さんにとっては、「嫁力」をまざまざと見せつけられた格好だ。
「い、稲穂さんも料理はするんですよね……?」
「す、するはするけど、こんなに上手に作れないよお……」
「ふふんっ。伊達に花嫁修業を積んでませんっ。おっぱいさんには負けませんっ」
おっぱいさんって……。
稲穂さんの扱いの悪さに渋い顔を作っていると、
「はい、悠乃くん。あーん」
これ見よがしに伊吹が僕の口元にマグロのお刺身をひと切れ差し出してきた。
「えっ、ちょっ、えっ?」
「いいじゃないですか、これくらい。この間お母さんがお父さんにやってましたし、夫婦ならやるものなんじゃないんですか?」
僕の両親はそんなこと僕の目の前でやらなかったよ。バカップルにもほどがないか伊吹の両親。
「そっ、それは、そうなのかもしれないけどさ……」
っていうか、伊吹が口付けた箸だよねそれ、っていうことは俗に言う間接キスになるんじゃ……。
「ほら、早く食べないと、お醤油垂れてシミになっちゃいます。はい、あーん」
「んぐっ」
迷っている間に、伊吹は強引に僕の口のなかにマグロをねじ込んで来た。……こんな無理くりなあーん、初めてみたよ。
「どうですか? 美味しいですか? お刺身」
「…………。お、美味しいは美味しいけど」
「それは良かったです。あーんした甲斐がありました」
そう言い伊吹はにっこりと微笑むと、またまたわざとらしく今さっきあーんをした箸でご飯をひとつまみ口に含んだ。
一連の流れに、
「はわわわ……あ、あーんに間接キス……うう……」
稲穂さんは居心地悪そうに肩をすくめる。対照的に、完全に勝ち誇った表情の伊吹は、悠々とした様子でご飯を食べ進めていた、けど。
少ししたところで、
「……い、石原くん。は、はい。あ、あーん……」
若干恥じらいが残った稲穂さんが、半分俯き顔を火照らせ僕に貝のお刺身を持ってきた。
「えっ」
「なっ、ちょっ、ちょっ、ずるいですっ、反則です胡麻さんっ、食べ物で遊ぶなんてはしたないですよっ」
「その理論だと松江さんもはしたないことになるけど、大丈夫かな……」
「う、うぐっ……」
「い、石原くん? わ、わたしの貝は、食べてくれないの……?」
「ぶほっ! けほっ、けほっ!」
い、稲穂さん……その台詞、聞きようによってはやばいんで……やめてください……。
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