第53話 んー、でもウチのお母さんもこんなの一着持ってた気がするんですよね

 さて、晴れておっぱい星人に認定されてしまった僕は、次の暇な日に、伊吹と一緒に話通り下着を選ばせられにきたのだけど。

「悠乃くん、どういうのがいいですかー?」

 ……伊吹がノリノリ過ぎて辛いです。


 いや、平日の夕方だから、そんなに周りに人はいないからまだマシなんだけど、それでも確実に店員さんはいるからなんか生温かい視線を感じるし、そもそも陰キャの僕がランジェリーショップとか天地がひっくり返っても行くことないから、居心地が悪すぎることこの上ない。


「ど、どういうのと言われましても……」

「可愛い系がいいとか、ちょっと大人っぽいのがいいのか、それともすんごいのがいいとか」


「……伊吹が好きなのを買えばいいんじゃないでしょうか」

「それだと意味がないんです」


 そんなこと言われても、エロゲーとエロアニメとエロ漫画(あと事故)でしか基本的に下着を真面目に見たことないオタクですよ僕。……自分で言っていて悲しくなってきた。


「っていうか、すんごいのってどういうのを指すの」

「え? すんごいのって、例えばああいうのとかです」

 僕が尋ねると、伊吹は近くにかかっている商品を手に取ってみせる。


「ぶっっっっ!」

 それは、下着と呼ぶにはあまりにも心もとなく、もはや機能を捨てているのではないかとすら思えてしまう一物だった。言うならば、面積が極限より小さい。


「こっ、こんなの伊吹に買わせたって親に知られたら、僕殺されるから、社会的に存在抹殺されるからそれだけは勘弁して」

「んー、でもウチのお母さんもこんなの一着持ってた気がするんですよね」

 お母様あああああ! せめて娘にはわからないところにしまっておいてえええええ!


「……うん、でもやっぱり僕それは反対かなあ」

 ……さすがにあんな見えるところが見えてしまいそうな下着を持たれるだけで、僕の精神衛生がよろしくないことになる。普通に僕が喜ぶと思って下着を見せようとする子にそんな爆弾は渡せない。


「そうですか。……まあ、私もこれを履くとなると色々処理しないといけないので、それならそれでいいんですけどね」

 処理って単語聞こえたよ処理って単語! もう高校生だしそれはそうなんだろうけど想像しちゃうから言葉にしないで!


「……も、もう、可愛い系でいいと思います。はい。それがいいと思います」

 これ以上ここにいると胃液が逆流しそうなので、僕は大人しく年相応な可愛らしいデザインのでいいんじゃないかと提案することに。


「……悠乃くん? なんか顔色悪いですけど大丈夫ですか?」

「え? 大丈夫大丈夫。気のせいだよきっと、あははー」

 こういうときだってできる妻感を示してくるので、ほんと抜け目がない。


「そうですか。じゃあ、まず色から絞っていきましょう。暖色系と寒色系だったら、どっちがいいですか?」

「……だ、暖色かなあ」

「でしたら、こっちとこっちでは──」


 それからというもの、まるで機械のイエスノーに沿って動き続けるアルゴリズムのごとく、伊吹は僕の答えを聞いて次々と選択肢を提示してきた。現物付きで。

 そして、後半になってある程度のところまで絞った段階になると、試着まで始めるものなので、もうメンタルブレイクなわけで。


 女性用の下着売り場で男ひとりにさせられるだけで毎秒十のダメージが入ると思ってもらっていいですよ女性の皆様。ちなみに、ふたりでいても毎秒五のダメージは入ります。恐らく、陰キャに限りますが。


 ……今日だけで、一体何着の下着を目にしただろうか。一生分はもう目にしたんじゃないかなあ……。

 そんな試行錯誤を経て、約二時間が経過した頃。


「よしっ。じゃあ悠乃くんがそう言うので、これにしますっ」

 伊吹が選んだのは、レモンっぽい色合いをした、フリル付きで所々に花柄が彩られたもの。お値段も、相場くらいのものにしてくれたので、お財布にも優しい結果にはなった。


 ……僕のメンタルには、一切優しくない時間だったけどね。


「ふふふ~ふふふふ~」

 ただ、帰りに寄ったスーパーで晩ご飯の買い出しをする間も、家に帰って晩ご飯を作る間も、終始伊吹は上機嫌そうに鼻歌を歌っていた。


「大切に履かせていただきますねっ、あの下着」

「……それは良かったです、うん」

「あ、履いたときはラインでお知らせしたほうがいいですか?」

「……別にそんなお知らせしなくていいから」


 翌朝、ハサミで切られたタグの写真付きで「昨日の早速つけました」という報告を目にした瞬間、僕はベッドの上で「んあああ」と言葉にならない悲鳴を上げることになった。

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