第2話 メイド喫茶で出会うは幼馴染メイドであった②了

 はぁ、気まずいな……。

 葵さんがいなくなってから僕と幸奈は一言も口にしないでいた。幸奈はまるで『あんたのせいで!』と言いたいばかりにずっと僕を鋭い目付きで睨んできているし、僕は僕で何を話せばいいか分からなかったから。

 見渡せば、楽しそうに会話をするメイドさんと客の姿があるのにどうして僕は……。


「あのさ、姫宮さんも座れば?」


「どうして?」


「ずっと立ってると足しんどいだろ?」


「……そうね。じゃあ、座らせてもらうわ」


 幸奈は少し考えてから椅子に手をかけた。

 ずっと睨まれながら見下されるのも居心地が悪いし、これで睨まれるだけになっ――

 僕がそう思っているとガタンという音と共に幸奈が隣に座った。


「ちょっ、なんで隣に座って……」


「はぁ? 仲良さそうにしてるところ見せとかないとクビになるからに決まってるでしょ?」


「だからって……」


 僕が座っているのは二人席。僕一人だけだから正面が空いている。なのに、幸奈はクビにならないためにその椅子を持ってあえて隣に座ってきた。


「なによ? 隣に座られるの嫌なの?」


「……別に」


 嫌という訳ではない。幸奈みたいな美少女を隣にすると緊張してしまうだけのことだ。

 幸奈は誰から見ても美少女だと言われるほど整った顔つきをしている。……まぁ、少し目付きがキツい気もするけど。背中まである長い黒髪とは対象に真っ白ですらりと伸びた手足。紛れもなく美少女の枠に入るだろう。


「で、いったいどんな用事があってここに来たのよ?」


 用事って……。

 僕が幸奈について考えていると幸奈は目をぎらんとさせながら小声で訊いてきた。


「僕は晩ご飯を食べに来ただけ」


「晩ご飯?」


「そう」


 僕には決めていることがある。

 それは、毎週金曜日はここで晩ご飯を食べるということ。初めてここに来てから僕はさっき注文したオムライスの味の虜になっているのだ。


「ふーん……って、どうしてここなのよ? 晩ご飯ならファミレスでもラーメン屋でもいいじゃない」


「ここのオムライスが美味しいから。それに、ここなら可愛いメイドさん達と楽しい一時が過ごせるし」


 そう、ここはメイド喫茶なのだ。可愛らしくて愛くるしいメイドさん達と楽しくおしゃべり出来る場所だ。……本来は。

 だけど、今は全然違う。まるで、尋問のように幸奈に問われ正直息がつまる。


 僕は幸奈をじっと見つめた。

 やっぱり、見れば見るほど可愛いのは可愛いんだよな……相変わらず。

 すると、幸奈は僕の視線に気づいたのかまるで汚物を見るような目で僕を見返してきた。


「何見てるのよ? 私は別にあんたと楽しい一時なんて過ごす気ないから。って言うか、過ごさせる気なんてないから」


 はいはい、さようでございますか……。

 呆れて何も言わないでいると注文したオムライスが葵さんによって運ばれてきた。


「お待たせしました、ご主人様。『おいしくなーれオムライス』です」


 運ばれてきたオムライスはシンプルなもの。まだ何も描かれていない卵に包まれたケチャップライス。けど、普段とは量が違った。今日のは普段の倍はあるんじゃないかと思うほど大きかった。

 盛り盛りにサービスしてくれるって言ってたし……これには、幸奈の態度に感謝かな。


「それでは、私は失礼します。幸奈ちゃん、ご主人様のオムライスに魔法の言葉をかけるのよ」


「分かってますよ」


 魔法の言葉――それは、おいしくなーれおいしくなーれというあれだ。

 でも、幸奈がそんなことしてくれるはずがない……って、思ったのにすんなりと答えている。嫌な予感がする。


「それでは、ご主人様」


 幸奈はとびきり笑顔だ。そして、ケチャップを持ってオムライスに尋常ではない量をかけ出した。『まーずくなーれまーずくなーれ』と言いながら。

 変わり果てたオムライス……いや、もうただのケチャップとなった元オムライスを見ながら僕は絶句した。


「おい、いい加減に……」


 流石に許せなかった僕は幸奈に対して文句を言おうとした。だけど、それよりも早く幸奈はガタッという音を立てて椅子を立った。


「私が言われたのはここまでだから。それを食べたらさっさと帰ることね。ま、食べられるかは微妙だけど」


 幸奈はイタズラっぽく笑うと新しく来た客の元へといった。僕は呆然として何も言えなかった。


「辛っ!」


 当然の如く辛かった元オムライス。それを、渋々口へと運びながら、僕には向けなかった笑顔を魅せる幸奈を見た。

 ……今日は厄日だ。こんなにもメイド喫茶が楽しくなかった日なんてない!

 僕は何とか元オムライスを完食して店を出た。

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