第94話 夏休みが始まる
「ストーカーしてたやつどうなった?」
月曜日、自席に着くと春が問いかけてくる。捕まえただけ捕まえて、さっさと帰ってしまったことを性格上心配しているのだろう。
「幸奈が脅したら泣いて逃げた」
「ははっ、幸奈ちゃんやるな」
愉快そうに笑う春。実際に幸奈の脅しをこの身に受けたら……と、考えると恐怖しかない。本気で怒らせるようなことはしないよう気をつけないと。
「何話してるの?」
ストーカーについて引き続き話してると幸奈がやって来た。金曜日に落ち込んでいた自分のせいという考えは砕いたのでもうすっかり気にしていない様子だ。
良かったと一安心していると幸奈に机をばんと叩かれる。
「ゆうくん。私が閻魔大王ってどういうこと!?」
「はぁっ?」
「春くんがゆうくんが言ったって」
春を見ると鬱陶しい笑みを浮かべながらニヤニヤしていた。あの野郎……しょうもない嘘をつきやがって。と、本気で思った。
幸奈は少々……いや、思い込んでしまうことが多々ある。本気で信じちゃうとまた落ち込んでしまうだろ。
「ねぇ、ゆうくんは私が極悪人を容赦なく地獄に突き落とす閻魔大王って本気で思ってるの!?」
いや、極悪人は地獄行きでいいだろ。そんなことを思いながら、ぷくーっと膨れている幸奈を見る。まったく、どれだけ頑張ってみても見えるはずないのに。
「あのさ、幸奈。金曜日言ったこと覚えてる?」
「金曜日……あぅ」
分かりやすいように赤くなる幸奈。さっきまで強気だったのに一気に弱気へと変化した。
「つまり、そういうこと。ま、僕は幸奈が閻魔大王でも……何でもない」
「何!? 今、何を言おうとしたの!?」
『可愛いと思う』なんて言えない。せめて、二人きりだったらなぁと思いつつ話を逸らすことに。
「幸奈。今日も一緒にご飯食べような」
「うん! ……じゃなくて、何を言おうとしたの?」
チッ、誤魔化されなかったようだ。むぅってしてるしこれは絶対に逃がしてくれないよなぁ……。
「一番ってこと。これで、いいか?」
「うん!」
はぁ、まったく……上機嫌の幸奈を見て、場をわきまえなさいと言いたくなる。ここは、教室。しかも、やや腐れ縁の春の前。死ぬほど恥ずかしいんだ。
にしても、一番って言葉は使えるな。言えば、ある程度は逃げることが出来そうだ。メモしておかないと。
「二人とも本当変わったな……なんか、逆に怖いわ。イチャイチャし過ぎ。人ってここまで変わるのな」
頭の中でメモしているとまるで信じられないものでも見たような春が口を開く。そんな春の頭を軽く小突いた。
「誰のせいだ。あと、イチャイチャなんてしてないし」
「いやぁ~まぁ、うん、そうだな。良いことだし何も問題ないよな」
勝手に驚いて勝手に肯定してうんうん頷いている。可笑しなやつだと思いながら幸奈を見るとクネクネしていた。
最近、油断してるのか気を抜くとすぐにこうなってしまう。可愛いのは可愛いのだが、金曜日に自分で何て言っていたのかをもう忘れているようでため息が出た。
そこからは何事もなく過ぎていった。いつも通りの日々を過ごし、期末試験を迎えた。
幸奈から教えてもらった勉強の仕方……暗記を続けていた僕は自分でも信じられないほどに快調だった。自信と結果は結びつかないため、中間試験とあまり変わらない結果だったが無事夏休みは確保できた。これも、幸奈のおかげ。感謝しないと。
そして、田所と秋葉も無事なんとかなったらしい。これで、メイド同好会全員が補講を免れた。
「幸奈先輩のおかげっすよ~感謝してもしきれないっす!」
何やら田所は幸奈にスゴく感謝していて抱きついていた。別に、三年じゃないから毎日補講じゃないのに変なの。と、思っているとばちっと田所と目が合った。
「どうしたんすか?」
「いや、別に」
金曜日、少しばかり真剣だった田所を思い出す。背中にくっついてきたのは何だったのか……。まぁ、いつも通りだしそこまでの意味は……ないんだろうけど。
「夏休みはいっぱい遊ぶっすよ。秋葉先輩もっすから」
「俺は部屋から出たくないんだが」
「僕も」
「私はゆうくんとふた……な、何でもない」
田所の提案はやはり誰も受け付けない。勉強会しようと言った時と同じ感じになった。
「そんなのダメっす。みんなで遊ぶ。決定事項っすから。断るのは許さないっす!」
わりと本気のトーンで言われ、断る空気が消された。ま、少しくらいなら付き合ってやってもいいのかもしれない。
一学期最終日。体育館で校長のありがたい話を聞いた後、先生から挨拶をされ、いよいよ明日から夏休みだ。
「祐介。夏休みの予定は?」
「まだ、特には。田所が同好会メンバーで遊ぶみたいなのは言ってた」
「ああ、あの後輩の子な」
「そうそう。あ、今さらだけどストーカーの件ありがとうございましたって言ってたの忘れてた」
「困ってる時はお互い様だしな」
うーん、言うことがイケメンだ。成績も上々と言ってたし、うんムカつくな。あれだけ勉強したのに、成績は去年より少し良くなっただけ。世の中、やっぱりそんなに上手くない。
「で、春の予定は?」
「まぁ、めぐと色々かな。去年と変わらない」
「ふーん、そうですかそうですか。リア充はリア充の夏休みを楽しんでください」
「棘のある言い方! 祐介も幸奈ちゃんと色々するんだろ?」
「……さぁ。別に、付き合ってないし」
そう。結局、幸奈との関係が進展したかと言われると答えはノーだ。何も変わっていない。幼馴染以上恋人未満状態のまま。
多分、幸奈のことだから僕の部屋に来るんだろうけど……って、幸奈にばっかはダメだ。今の関係が楽だからっていつまでもこのままじゃいけない。少しでも進めたい気持ちがあるなら僕からも誘わないと。
「ま、去年みたいにバイトと引きこもるだけは回避しろよ。じゃあ、めぐ待ってるし行くわ。また、二学期な」
「分かってるよ。せっかく、環境は整ってるしな。春こそ愛想尽かれないように。二学期相当慰めるとか嫌だから」
「はは、俺とめぐは相思相愛だからそんなことなんないよ。寂しくなったら連絡してくれていいからな」
そう言いながら軽く手を上げて春は教室を出ていった。これから、一ヶ月以上姿を見なくなると思うと若干の名残惜しさを感じる。ま、友達じゃなくなる訳じゃないし。二学期になれば会えるし。
「さてと」
僕も帰るかと席を立つ。
そして、向かった先は――
「幸奈」
最終日ということもあって、クラスメイトに囲まれていた幸奈のもと。僕を見るや否や、困った表情から明るくしてくれるのって嬉しいことなんだよな。
「帰ろ」
そう言うと幸奈は分かりやすく驚いていた。それも、そのはず。普段なら絶対に言わないからだ。でも、明日から夏休みだと思うと気分が高まってついつい言ってしまった。
「うん」
すぐに会話を中断して帰るようにしてくれるのも嬉しいことなんだよな。男子からの嫉妬らしき視線を背に感じながら教室を出る。
「急にどうしたの?」
「なんか気分高まってて」
「そうだよね。明日から夏休みだもんね」
幸奈もテンションが上がってるのか歩きながら両手をぶんぶん振っている。
「ゆうくん。いっぱい思い出作ろうね」
「そうだな」
その笑顔はズルいだろと思いつつ、何をしようか考える。ま、何でもいいか。幸奈と一緒なら楽しめるだろう。
いよいよ、久し振りに幸奈と過ごす夏休みが始まる。
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