第95話 幼馴染メイドと過ごす夏休み

「ゆうくん。今日から夏休みだよ!」


 終業式を終えた翌日、つまり夏休み初日。朝っぱらからチャイムを鳴らして僕を呼び出した幸奈が開口一番口にした。


 寝起き直行してきたな……。


 いよいよ本当に夏休みだということで興奮してるのか、髪のボサボサ具合が何時もより凄い。整える気が一切ないようだった。


「幸奈……まだ眠いんだけど」


 時間は七時きっかり。授業がある日に起きる時間よりも三十分も早かった。


 ふあぁっとあくびをしながら目を擦ると幸奈は両手を振った。


「あ、そうだよね。ごめんね、ゆうくん」


「あ、おい」


「ん?」


 謝りながら自然な流れのように中に入ってくる。困ったような声を出すと意味が分からないような仕草をする。


「なんで入ってるんだ?」


「夏休みだから?」


「……答えになってない」


「むぅ。ゆうくんに言ったでしょ。私はゆうくんといれるだけいたいって。だから、夏休みは毎日ゆうくんの部屋に入り浸ることにしたの」


「はぁ?」


 そりゃ、幸奈と遊ぶくらいはしたいなと思ってたけど入り浸るとか聞いてない。そもそも、入り浸るってなに? 泊まるの?


「……ちゃんと帰るんだよな?」


「ゆうくんが居てほしいならずっといるよ?」


 ケンカした時、幸奈は同棲やら結婚やらと何やら凄いことを言っていた。つまり、これは予行演習ということだろうか。幸奈にとっての。……あ、違う。これ、ただたんに遊びに来てるだけだ。


 と、まぁ、勝手に抱いた考えは置いておくとして。毎日毎日遊びに来られるのも、僕からすれば色々と不安しかない。でも、幸奈のしたいことを受け入れるとも決めた。他の誰でもない、この僕が。静かに扉を閉めた。



「まだ眠いならゆうくんは寝てていいよ。自由にしてるから」


 ……って、言われたからベッドの中に帰ってきたけど、ゴロゴロゴロゴロを繰り返すだけで寝れない。幸奈が何かやらかさないか気になって仕方ない。

 風邪をひいた時、幸奈がお粥を作ってくれた。そのことは嬉しかったけど、後でキッチンを見れば凄い有り様だった。どうして、元あった場所に戻すことが出来ないのかが分からない。


 大人しくしてろって言い聞かせたし大丈夫だろうと信じ目を瞑る。昨日は夜更かしして、寝不足なんだ……。

 いつの間にか僕はそのまま深い眠りに落ちた。


 気がつくと二、三時間ほど経っていた。そろそろ起きようと身体を起こす。と、隣を見れば幸奈がいた。ベッドに背を預け、小さな寝息をたてている。


 寝不足ならもっと寝てからでも良かっただろ……。そんなことを考えながら後頭部をかく。変な格好で身体を痛めてもあれだしな。寝ているところを起こすのは気が引けたが肩に手を置いた。


「幸奈」


 すると、ビクッと身体を震わせた幸奈。


「寝てない。寝てない。寝てないよ」


 と、面白いように寝てないを連呼する。どうやら、完全に寝惚けているらしい。


「はいはい。幸奈は朝から人の睡眠を邪魔しておいて、眠たくなったからって自由に寝るようなわがままっ子じゃないもんな」


「ゆ、ゆうくんの意地悪……意地悪しないでよ……」


「ん? 寝てないんだろ?」


「そ、そうだよ。ゆうくんの寝顔が幸せそうだったから眺めてたら眠くなった……とかじゃないもん」


 自白していることに気づいていないのか頬を膨らませた幸奈が睨んでくる。まったく、怖くないけど、これ以上いじると本格的に拗ねそうなので止めておく。


「お腹すいたしご飯にするけど?」


「食べる! 私もペコペコ!」


「じゃ、用意するからちょっと待ってて」


「うん」


 リビングまで行って、幸奈を座らせておく。先ずは、顔を洗って歯を磨いてそれからご飯だな。で、その後は……食べてから決めたらいっか。



「幸奈。これから、どうする?」


 もうすぐ昼ということもあり、軽めの軽食を食べ後、洗い物をしながら、スマホとにらめっこ中の幸奈に問いかける。


「ん~何も思いつかない」


「そう」


「ゆうくんは?」


「僕も」


 これといって何も思いつかない。一人だと、ダラダラして適当に時間を潰す。でも、幸奈と一緒だと何をすればいいのか分からない。


「……買い物でも行くか」


「買い物?」


「ほら、幸奈が入り浸るってんなら食材とか足りないんだよ」


 どーして、母親みたいな考えがすぐに浮かんでしまうんだろう。流石にちょっと傷つくぞ。


「ゆうくんママみたい」


「やめろ。自分でも思ったからへこむ」


「でも、将来は安心だね」


「は?」


「ううん、何でもないの。何でも!」


 頬を両手で挟みキャーキャー言ってる。


 いったい何なんだ……あ。

 だいたいが分かって頬が熱い。これを言ったら自爆するから言わないけど……幸奈の馬鹿。そもそも、幸奈の中では僕達ってどうなって……それも、考えたらダメだな。収集つかなくなりそうだ。



 マンションの近くにあるよく利用するスーパーまでやって来た。かごを持って、必要そうなものをぽいぽい入れていく。


「こら、コーラばっかりいれるんじゃない」


「だって、好きなんだもん。私のお金で買うからいいでしょ」


「じゃあ、かご別にしてくれよ」


「ダメ」


 ダメって……。ペットボトルのコーラが多くなると手が疲れるだろ。食材も入れないといけないんだから。少しは労ってくれ。


 お菓子コーナーに移動して食べたいものを入れていく。主に幸奈が。と、突然、幸奈が笑いだした。


「どうした?」


「あ、あのね、今の私たち新婚さんみたいだなって……」


「新、婚、さん……」


 なんとも破壊力のある言葉だろうか。新妻姿の幸奈を想像して……ダメだダメだ。破壊力がより強くなる。

 でも、ひとつだけ言いたい。多分、新婚さんになんて見られてない。せいぜい、仲が良い男女だ。お菓子を嬉々として喜んでる彼女に付き添う彼氏……くらいが真っ当だろう。

 ま、鼻唄まで歌って幸せそうにしてるから言わないけど。


 会計を済ませ、マンションへの帰り道。両手にかさばる大量の荷物が重い。隣を歩く幸奈の手には半分に割ることで有名な容器に入ったアイスが持たれている。暑いから食べたいと自分で買っていた。パキット割って美味しそうに食べている。


「はい、ゆうくん。半分こしよ?」


 もう片方のアイスを出される。

 しかし、僕が握れる訳もなく、じっと見つめるだけだった。


「食べれないんだけど……嫌がらせか?」


「違うよ。口、開けて。食べさせてあげるから」


 本気かと確認するような目を向ける。だって、ここは外。今は誰もいないけど、いつ誰かが通ってもおかしくない。そんな所であーんとか……公開処刑だ。


「早くしないと溶けちゃうよ」


 口の近くまで先端をもってこられ逃げ場はなさそうだ。


「……と、溶けたら勿体ないからだからな。アイスのためを思ってからだからな」


 自分でも分からない言い訳を並べ口に含んだ。冷たい感触が身体中に広がっていく。


「美味しい?」


 不覚にも美味しくないはずがなく、素直に頷いた。


「ふふ、良かった」


 幸奈は楽しそうに少し先を歩き出す。

 その後ろを黙って着いていく。色んな蝉の鳴き声がうるさい。ザ・夏ってことを感じる。と、不意に幸奈が振り返った。


「えへへ、楽しいね」


 甦る幼き頃の記憶。疎遠になる前、夏休みになると朱里あかりを含め、三人で遊んだものだ。日が暮れても遊び続けたことが懐かしい。

 あの頃から、幸奈といるということだけで楽しかったのかもしれない。高揚感を覚えつつ、こんな何気ない日常がありがたいと思った。

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