第96話 幼馴染メイドと喫茶店
夏休みが始まって一週間程が経った。
幸奈は宣言通りというか、本当に毎日僕のところまで来ている。
ある時、幸奈ばかりが来るのは面倒だろうと思い、幸奈の部屋に行くと言ったらいいと断られた。僕の部屋がいいんだと……。
だからといって、特別なことは何もしていない。適当に一緒にご飯を食べて宿題をしたり自由に過ごしたり……と、ダラダラした生活を送っている。
去年までの僕は宿題は最後の一週間にまとめて必死に終わらせるタイプだった。だが、幸奈曰く『宿題はこまめにやらないとダメだよ』とのこと。先生モードになった幸奈を隣に手を動かした。
そのお陰で宿題は片付いたし、後は満喫して過ごすだけである。
「……なぁ、幸奈さん」
「なーにー?」
「どうして膝に頭を乗せてくるのでしょう?」
「さぁ。ゆうくんがスマホとにらめっこしっぱなしでかまってくれないからじゃない?」
ぐっ……。恨めしそうにジト目は止めてくれ。申し訳なくなっちゃうだろ。
グサグサ刺さる視線を受けつつ、どうしてもスマホから目を離せない。なぜなら、つい最近リリースされたアプリゲーム『異世界救出はメイドと共に』をしているんだから。
このゲームは異世界転移した主人公が様々なメイドと共に世界を救うというコンセプト。仲間になるのはメイドだけ。ガチャを引いても、道中でパーティーに加わるのもメイド。最高だ。
そして、今はリリースされてすぐということで活躍出来るメイドが数人ピックアップされている。その中に、僕好みドストライクの黒髪メイドがいるのだ。つり目で口調もキツい。なのに、たまにみせる優しさや弱さが魅力的な女の子だ。
正直、どこかの誰かさんに似ているような気もして……うん、膝枕されている幸奈とこのメイド――アサナというメイド似すぎだろ。
せっかくなら気に入ったキャラを当てて楽しみたい。……まぁ、欲しい理由はそれ以外にもあるけど。と、とにかく、アサナが欲しい。なのに。なのに。
「だぁ、クソ。また爆死!」
「きゃっ!」
何度引いても何度引いても爆死ばかり。腹いせで足をあげてしまい、呑気な幸奈が落ちかけそうになった。悪いと思ってるから睨まないでくれ。
「もう、ゆうくん。この前から何してるの!?」
ソファの上にちょこんと座り直した幸奈が肩をくっつかせてスマホを覗き込んでくる。漂ってくる香りが鼻を刺激し、心臓が一度大きく跳ね上がる。近い。
「誰、この子!」
「アサナ」
画面いっぱいに表示されているアサナを見てご立腹になられたようだ。
「このキャラが欲しいんだよ」
「……ふーん。どうして?」
「いや、どうしてって言われても……」
単純に幸奈に似てて可愛いから当てたいだけだけど……それを言うとどういう反応をするか予想がつかないからなぁ。
「ネットでの評判がいいんだよ。強くて可愛いって。この二つが揃ってるキャラは当てときたいだろ?」
「ふーん……」
その信じてない視線は止めてくれ。本当にネットでも評判いいんだよ。蔑んだ目で吐く罵倒が敵に大ダメージを与えるって。
「ゆうくんの浮気者。そんなにメイドが欲しいなら私に言えばいいじゃん。近くにいるんだよ?」
弱々しくしながら言うのはズルいだろ……それに、僕はメイドが欲しいわけじゃ……イタタタタ。つねらなないで。
「何か言ってよ……」
「たいそう、グッときて良きでした……じゃなくて、ゲームと現実は一緒にしない主義だから」
ゲームはゲーム。現実は現実。その区別をはっきりさせておかないと、僕は幸奈に何を要求し出すか分からない。自分だけのメイドになってあれやこれや。そんな願望が一切微塵もない、とは言いきれない。でも、それは間違ってるから自制出来る。
「ちょっとコンビニ行って課金用のカード買ってくる」
「最近、コンビニ行ってたのってそのためなの?」
「そうだ……いったい、いくら貢げば出てくれるんだか」
ソファからおりて、財布を取りに行こうとすると幸奈に腕を掴まれた。見ると、上目遣いをしてくる。
「ねぇ、ゆうくん。この子にばっか課金しないでよ」
「でも、もうそろそろ無償だとしんどくなってきたんだ。課金じゃないと」
「そうじゃないよ……たまには、私にも課金してくれると嬉しいなって……」
おねだりするような猫なで声。
「えっと……どこか行きたいってこと?」
こくんと頷く幸奈。図々しいと思っているのか、瞳をうるうるさせながら見上げてくる。
現実に存在する幸奈。架空に存在するアサナ。どちらを天秤にかけるかなんてぶっちぎりで決まってる。
「そうだな。どっか行くか?」
「うん!」
たちまち笑顔になる幸奈の隣に座り直す。
さてと……今はおやつ時。遠出するには時間が足りない。かといって、身近で楽しめる場所。それでいて、値段が財布に優しい場所。
「どこ行きたい?」
「うーん……あ、喫茶店。喫茶店行きたい」
「喫茶店? 楽しめそうなのはないと思うけど……」
「いいの。それに、場所より誰といるか、だよ。ゆうくんと一緒ならどこでもいいの」
よくもまぁ、そんな恥ずかしいことを堂々と……恥ずかしくはなってるんだな。赤くなってるし。
「じゃ、じゃあ、今から行くか」
耐えきれないので財布を取りにもう一度部屋へと戻る。そして、喫茶店へ向かった。
マンションからわりと近めの喫茶店。いかにもどこにでもありそうな喫茶店の一番奥に幸奈と座る。
「あ、見てみて、ゆうくん。期間限定スペシャルジャンボデラックスパフェだって!」
好物を発見したかのように目を輝かせる幸奈。ジーッとメニュー表を見て、いかにもこれがいいと語っている。
さてさて、お値段はっと……うん、名前からして豪華なだけあってお値段もすんごい。これ一杯で何杯のパフェが食べれるんだろう?
「それにする?」
「うん!」
店員を読んでパフェとハムとキュウリのサンドイッチを頼んだ。おやつ時だし、これくらい食べてもちゃんと晩も食べれるだろう。
待っている間に店内を見回してみる。ちらほらとカップルの姿がうかがえる。僕達もおんなじように思われているのだろうか?
にしても、みんなおしゃれっぽい服装なのに僕達ときたらジャージで……やっぱり、引きこもりの兄妹くらいが妥当かな。
と、そうこうしているとサンドイッチが運ばれてきた。パフェは作るのに時間がかかるのだろう。何しろ、豪華だからな。
サンドイッチを一口。しゃきしゃき食感のキュウリとマヨネーズがマッチしていて大変美味だ。
「……欲しいのか?」
「うん!」
ジーッと見られていたので問いかけると元気よく首を縦に振る。相変わらずよく食べるなと思いつつ皿を前に動かすと首を横に振られた。
そして、目を閉じて小さな口を開けて待機している。
「……なにしてるんだ?」
「なにって……食べさせてほしいなって」
「じ、自分で食べれるだろ」
「だって、ゆうくんの手にあるんだもん。食べられないよ」
「そ、そこに手つけてないのがあるだろ」
「ゆうくんのが……食べたいな♪」
もう一度あーんを待機する幸奈。その口にゆっくりとサンドイッチを近づけていく。
「ほ、ほら……」
小さな口で僕が食べたところを食べる幸奈。これを、なんて呼ぶかなど知っている。間接キスだ。
「うん、美味しいね」
間接キスだと気づいているのかいないのか……多分、前者だろう。そして、この後、僕ももう一度食べないといけないから僕まで間接キスをすることになる。
「こ、これ、もうあげる」
「どうして?」
返事をしないで無理やり押しつけた。そして、残りのサンドイッチに手をつける。作戦が失敗して、恨めしそうにされたが気づかないふりをした。
だって、意識しちゃうと口ばっか気にして、ギクシャクするに決まってるから。
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