第97話 幼馴染メイドも成長しているらしい
「……暑い。暑いよぉ~……ゆうく~ん暑いぃ~」
ある日、幸奈が駄々をこねるように言い出した。それも、そのはず。今日は稀に見ない気温だとテレビでお姉さんが言っていた。
確かに、暑い。冷房ガンガンにつけているのに、汗が流れてくる。
……まぁ、その理由は夏のせいだけではないのだが。
「……あのさ、暑いなら少し離れたらいいと思うんだけど。って言うか、離れてくれ。暑い」
「ん~~~やっ!」
今日の幸奈はどこか可笑しい。暑い暑いと言うくせにやたらとベタベタしてくる。今もなぜか、引っ付き合いながら僕は読書、幸奈はスマホとにらめっこ中だ。
「……風邪でもひいてるのか?」
「ひゃっ!」
確認するために幸奈の額に掌を当ててみるも熱いが風邪という訳ではなさそうだ。と言うか、なんだ? どうして、恨めしそうに見てくるんだ?
「……どうした?」
「別に!」
と、言いつつ頬を膨らませてる。機嫌が悪いのか? 思い返してみても、何も怒らせるようなことはしてない……はずだ。毎日、ちゃんと一緒に過ごしてるし……うん、大丈夫なはず。
「あの、幸奈さん?」
「……なんでしょうか?」
「怒ってる?」
「あう!」
幸奈の頬っぺたを指でつついて空気を抜いていく。面白いな、これ。にしても、幸奈の頬っぺた柔らかくてぷにぷにでずっと触ってたい感触。気持ちいい。
「あう。あう。……もう、ゆうくん!」
ぷにぷにしているといきなり指を掴まれて怒られた。
「な、なに?」
「なにじゃないよ! そういうのだよ!」
そういうの? ってどうゆうの? 分からない表情を浮かべていると幸奈がペシペシと背中を叩いてくる。
「そうやって気づいてないのがゆうくんの悪いところだよ!」
……いや、本当に分からない。何に気づけばいいというのか。
「どうして、ゆうくんはそう鈍感なの? いきなり、触られたからドキドキしたの!」
「ドキドキ?」
「ドキドキ!」
なるほど、よく分かった気がする。確認するために額にいきなり触ったのがいけなかったらしい。
しかし、腑に落ちない。この前、間接キスというなんとも恥ずかしいことをしていたのはどの口で、その口がよくもまぁドキドキなんて言い出したな、と。
「もう、ドキドキして余計に暑くなっちゃった!」
いかにも、僕のせいだと言わんばかりの口調。はいはい、僕が悪ぅございましたから、何か企むような顔は止めてくれ。
「責任とって! 責任!」
「責任……もっと、冷房下げようか? それとも、コーラでも注いでこようか? それか、アイスでも食べ――」
「プール行こ。プール!」
僕の優しい提案が途中で消され……って、プール!?
「……あの、幸奈さん。プールというのはプールでしょうか?」
「なに意味分からないこと言ってるの?」
どうやら、本気らしい。トイプードルと言い間違ってもないらしい。
「プールって水着になるんだぞ?」
「あはは、そんなの当然だよ?」
別に水着がいやらしいとか思ってない。全然、思ってない。これっぽっちも思ってない。でも、幸奈の水着姿を見るのは恥ずかしくて直視出来そうにない。
「ぷ、プールって人多くて余計に暑いぞ? ここで、ゆっくりしてた方が――」
「プール、行きたいな。ゆうくんと一緒に……」
「……っ、それは、ズルいだろ」
お願いするように弱い声を言われたら断れるやつなんていないだろう。
「……分かった。行くか」
「やったー!」
ぴょんぴょん喜びながら跳び跳ねる幸奈。どれだけ、嬉しいんだと思っているとスマホから通知音が鳴り響いた。確認するとメイド同好会のグループに田所からメッセージが届いていた。
今度、このメンバーでプール行きましょうっす!
因みに、これは、確定事項なんでお断りなしっすよ!
特に秋葉先輩!
だそうだ。でも、丁度いい。幸奈と二人で行くよりは遥かにましだ。心が。二人きりだと楽しめそうにない。
「幸奈。田所からみんなでプール行こうだって」
すると、直前までテンションの高かった幸奈の顔がみるみるうちに暗くなる。
「……私は、ゆうくんと二人が良かったのに。タイミング悪い。ワガママは身体だけにしてほしいよ」
僕にとってはタイミング良くても、幸奈にとってはタイミングが悪かったらしい。
肩を落とす幸奈の頭に手をポンと置くと見上げてくる。既に若干の涙目だ。
「まぁ、田所に付き合ってやれるのもせいぜい今年までだからさ。それに、みんなで遊ぶのも楽しいはずだぞ?」
「うう、そうだけど。……はぁ、仕方ないね。ゆうくんと一緒なだけ我慢する」
よしよしと頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた。ごねんな、幸奈。僕の心にもっと余裕が出来たら二人で行こうな。
分かったと田所に返事を送っておいた。秋葉からの返事はなかった。多分、逃げられないと悟ったのだろう。逃げられないのなら、返事はしないと決めていそうだ。
「ん、どうした?」
返事をしている間に幸奈が真剣にスマホとにらめっこしていた。
「水着選んでるの」
「…………は?」
「だから、水着選んでるの。ねね、ゆうくんはどれがいい?」
スマホを見せるために幸奈がピタリとくっついてくる。……なるほど、これが、さっき幸奈が言ってたやつか。いきなりは、いつもよりドキドキするな……って、そんなこと前から体験してる。それに、毎日毎日くっついてくる度にドキドキしてたし――あれ? なんか、よく分からなくなってきた。
「あ、あの、幸奈。近いんだけど」
「えー、でも、近づかないと見えないよ?」
さっきの仕返しか、久々の小悪魔笑みを向けられ、ドキッとする。
「ね、ゆうくんはどんな水着が好きなの? ふりふりしてるやつ? ビキニ? ワンピースタイプ?」
そんなこと分かるはずがない。去年、帰省した時に、家族で旅行に行って、旅館にあったプールで朱里が水着姿を披露してきた。朱里が着てたのはビキニ。あれは、似合ってて、妹ながらすんごく可愛かった。ただ、中学生だからお兄ちゃんとしては心配でもあったな……。
って、今は幸奈か。幸奈の場合、朱里よりも成長してないからなぁ……。
「す、スク水でいいんじゃないか?」
そもそも、水着ってだけで攻撃力が跳ね上がるのに僕が選んだやつを着てくれるってそれもう核爆弾並みの威力だろ。
「ゆうくんはスク水が好きなの?」
「いや、そういう訳じゃないけど……ほら、サイズ変わってないし、無駄な出費しなくて済むんじゃないかなって」
すると、幸奈は僕から離れていった。
ホッとしていると小さな声が聞こえてくる。
「私だって……もん」
耳を済ませていると幸奈に手をとられ、ある部分までもっていかれていた。
「!?」
「私だって成長してるもん!」
手に収まる小ぶりな膨らみ。それが、なんなのかを察することなどすぐに出来た。と、共に、頭の中から考えが全て消えていく。
「スク水で間に合うよ。サイズも去年とほとんど変わってないし! でもね、もう、子供じゃないんだよ!」
ほんっっっの少しは成長したことを認識させるようにぐいぐい押しつけてくる。その度に柔らかな感触が伝わってくる。
「ご、ごめん。僕が悪かった!」
急いで離して土下座した。幸奈がどんな顔してるかなんて到底見れない。
「……分かってくれたの?」
「分かった。もう、十分なほどに分かった。幸奈は大人だ。大人のレディーだ。だから、もうあんなこといきなりしないでくれ……心臓に危ない」
「分かった。でも、ゆうくんが悪いんだからね。分かった!?」
「わ、分かってるから。僕が悪かったから」
静まらない心臓さんのせいで、この後、まともに幸奈と話せなくなったのは言うまでもない。だから結局、幸奈がどんな水着を買ったのかを知るのはもう少し先となった。
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