第93話 幼馴染メイドの様子もおかしい

 ストーカー事件が終わったのはちょうど金曜日。色々なことがあったこの一週間。お疲れ様のオムライスを食べに行くため――そして、幸奈に会うために毎度の如く『ぽぷらん』を訪れていた。


 当然の如く、僕を相手してくれているのは幸奈だ。黒と白を基調としたふりふりの衣装に身を包む幸奈。改めて、メイド幸奈を見るとメイド服の偉大さを実感させられる。


 私服姿の幸奈も似合ってて可愛いけど、メイド幸奈も捨てがたいんだよな。なんて、言ったら幸奈には『ゆうくんはどれがいいのか決められない優柔不断なの?』って言われそうだ。そして、僕は無数の幸奈を幻想して結局どれがいいか決められない。うん、そこまでの未来が見えた。


「ゆうくんどうしたの? ボーっとしてるよ?」


 自分で変な(イヤらしい意味じゃなく)想像されていることなんて微塵にも思ってない幸奈が不思議そうにしながら問いかけてくる。


「いや、メイド服姿の幸奈が可愛いなぁって思ってた」


「へあっ!?」


 目を丸くしながら赤くなる幸奈。


「だ、ダメなんだよ。そんなこと言うのは。ゆうくん最近、女たらしなの?」


 うん、自分でもさっきの僕はないなって思ってるから言わないでくれ。最近、僕が変になってる気がして少し怖い。


「よく考えたら今まで言ったことなかったな~って思ったから」


「だからって、困るよ……ここ、お店だよ? 我慢しなきゃいけない私の気持ちにもなってよ」


「うん、ごめん」


「もう……」


 幸奈は口をとがらせて拗ねたようだ。悪いことしたなと頭をかきながら、やはり幸奈の様子がどこかおかしいことに気づく。


「……幸奈。今日、一緒に帰らないか?」


「いいけど……急にどうしたの? 今日のゆうくん優しい」


「一緒に帰りたくなったから」


 本当は幸奈が何か悩んでるかもと思ってるからだけど、こういう時は言わない方がいいだろう。それに、幸奈と一緒に帰りたいって思ってるのは本当だし。


「分かった」


「じゃ、終わるの待ってる」


 先に店を出た僕は幸奈を待った。

 少しして、制服に着替えた幸奈が出てくる。


「じゃ、帰るか」


「うん」


 それから、肩を並べて歩き出す。無言の沈黙が続き、ただ黙々と歩くだけの時間。


 やっぱり、おかしい……。


 幸奈は僕と一緒に帰ることになればもっと喜んでくれる。何気ない会話でもとても楽しそうにしてくれる。なのに、今日はそれがない。僕がまた知らない間に何かしちゃったんだろうか。


「えっと……幸奈、怒ってる?」


 もし怒っているのなら、またあんな状態にならないように謝ろう。怒っていなくても幸奈が話せることなら聞いておいた方が後悔しないはずだ。


「ううん、怒ってないよ。どうしたの?」


「いや、なんか元気ないなって」


 すると、幸奈は少し申し訳なさそうに笑った。


「ゆうくん気づいてくれたの?」


「……普段なら、僕といると幸奈もっと楽しそうにしてくれるのに今日はなんか違うからさ」


 って、僕はどれだけ幸奈が僕のことを好きってことにしたいんだよ。今のなんて気持ち悪くて仕方ない。


「ごめんね。ゆうくんといれて嬉しいって思ってるから。ただ……」


「ただ……?」


「あのね、ゆうくん。ゆうくんは私のこと可愛いって思う?」


 え、何それ。そんなの可愛いって思ってるに決まってる。……って、どうしてすぐ言えないんだろ。さっきは言ってたのに面と向かって聞かれると言えない。相変わらず、自分の情けなさに嫌気がさす。


 なんとか誤魔化してみようかと思いつつ、幸奈が真剣だったので素直に答えた。


「そ、そりゃ、思ってるよ」


「それって顔だけ? それとも、顔以外でも思ってくれてる?」


 幸奈は僕が顔だけを見て、幸奈のことを好きになったとでも思っているのだろうか。

 少しムカついた。


「そんなの決まってるだろ。顔も可愛いって思うけど、他にも幸奈には可愛い部分がいっぱいある」


「あ、ありがとう……」


 恥ずかしがって俯く幸奈。僕も恥ずかしくなって逃げたくなる。でも、グッと堪えた。そして、人一人分空いていた幸奈との距離を一歩詰め寄った。


「いきなり、どうしたんだ?」


「……あのね、後輩ちゃんがストーカーされたのって私のせいなのかなって思ってたの」


「は?」


「後輩ちゃんも言ってたけど、あれだけ反響があったのは私が写ってたからだって。あれって、私以外の女の子だったらそんなことはなかったってことでしょ?」


 つまり、幸奈は自分が可愛いせいで田所がストーカーの被害にあったって思ってるわけか……。

 呆れてため息が出そうになった。


「幸奈ってさ、賢いくせに馬鹿なの?」


「わ、私は本気なの!」


「はぁ……あのさ、僕の中では幸奈が一番可愛いって思ってるよ。でもさ、世の中の人間全てが幸奈を可愛いとは思っても一番だとは思わないから安心しろ」


 そもそも、僕以外に幸奈のことを一番可愛いなんて思ってほしくないし。まぁ、恥ずかしいから言えないけどさ。


「どういうこと……?」


「春にとっては幸奈は可愛い女の子の一人でも世界で一番可愛い女の子は真野さんになるわけ。分かる?」


「彼女だからでしょ?」


「そう。つまり、世の中には可愛い女の子が沢山いるんだよ」


「じゃあ、どうしてあの子は後輩ちゃんに可愛くないなんて言ったの?」


「馬鹿だから見る目がなかっただけなんじゃないか。僕は田所のことも可愛いって思ってるし。もちろん深雪みゆきさんのことも」


 ……って、僕はどうして好きな子の前で他の女の子を可愛いって言っているんだろう。だんだん、状況の整理がつかなくなりそうだしこの話は終わらせよう。


「結局、全部悪いのは蔵野で幸奈が悪いことなんて何もないの。むしろ、化粧もなしでそんだけ可愛いんだから誇っときゃいいんだよ。自慢とかは嫌われるからダメだけどさ」


 気づけば腕を伸ばして幸奈の頭に手を置いていた。本当、最近の僕はナチュラルにこんなことをしてしまう。どうしたんだろう。僕ってこんなことするキャラじゃないのに。


 サラサラの髪を優しく撫でると気持ち良さそうに目を細める幸奈。ずっとしていると変な気分になりそうで少しして離した。そもそも、ここ外だし。


 手を離していくと幸奈にキュット握られ、ドキッとした。


「ゆうくん。ゆうくんは私が一番なんだよね? ね!?」


 ずいっと近づきながら問われる。顔が近く、女の子特有の香りが鼻を通り抜ける。


「う、うん。一番。一番だから」


「そっかぁ……良かった!」


 くしゃりと笑う幸奈。そんな幸奈がとびきり可愛く見えて、思わず顔を背けてしまう。


「も、もう、離してもらってもいい?」


「ダメ。今日はこのままがいいの」


 そう言いながら手を握る力を強める幸奈。

 恥ずかしいから嫌なだけでそれ以外にはない。どうやら、離してもらえそうにもないのでこのままで帰ることに。


 幸奈を見るといつものように嬉しそうにしてくれている。すっかり元気を取り戻したようで良かったと安堵して歩を進めた。

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