第92話 ウザ後輩の様子がおかしい⑥了
「あの……先輩、幸奈先輩、秋葉先輩。迷惑をかけてすいませんでしたっす」
蔵野が逃げていき、少しして田所が頭を下げた。その顔つきは本当に申し訳なさそうにしていて、いつもの元気さがない。
調子狂うんだよな……。
「あのさ、田所が謝る必要ないんだから頭上げろよ」
「でも、私が馬鹿みたいに余計なこと言わなかったら先輩達に迷惑かけなかったっす……」
すると、幸奈が田所の顔を両手で挟んだ。
「あのね、後輩ちゃんが謝る要素なんて声が大きくて能天気ってことくらいだから。私だって盗撮されて腹が立ってたし仕返し出来て満足だから迷惑とか気にしないで」
「幸奈先輩……」
「分かったらこの話は終わり。さ、帰――」
「幸奈せんぱ~い~!」
「ちょ、ちょっと。くっつかないで」
田所は幸奈の胸に顔を埋めて泣いているのかスリスリしていた。顔を赤らめながら嫌だと口にするも力ずくで退かそうとしない幸奈。一応、慰めてあげているつもりだろうか。
「くすぐったい……」
田所が退いたのはそれからしばらくしてからのことだった。
一件落着し、帰ることにした僕達。秋葉はいつものように鍵を戻してくるとのことで別れ、三人で歩いていた。
靴を履き替え、校門を出た所で田所と別れる。
「じゃあ、また――」
片手を上げたところで田所が幸奈に問いかけた。
「あの、幸奈先輩。先輩、借りてもいいっすか……?」
それは、僕に送ってほしいということを遠回しに言っていた。田所はどこまで幸奈の気持ちに気づいているのか分からない。でも、確認するということはもう気づいているのかもしれない。
幸奈は僕を見て、考えて、悩んでいた。
「い、いよ。でも、きょ、今日だけだから。今日だけ特別だから」
田所の気持ちを考えてだろう。渋々答えた。
「そ、そのかわり、ゆうくんに何もしないでよ。ゆうくんも何もしちゃダメだからね。絶対だからね!」
釘を刺すように何度も念を込めるように言ってくる。でも、大丈夫。僕は幸奈が好きだから田所に何かすることなんてない。口に出すことは気恥ずかしくて出来ず、頭を撫でて安心させた。
「分かってるよ。送ったらすぐ帰るから。幸奈が心配するようなことはないから」
「うん……じゃあ、またね」
幸奈が帰る後ろ姿を見送った。その背中は随分と小さく見えた。
今日は『ぽぷらん』に行く日だし、さっきの様子も気になるから後で話さないと。
「先輩。送ってほしいっす」
「今更、言わなくていいよ。さ、帰るぞ。場所知らないから道案内してくれよ」
「分かってるっす」
田所と肩を並べて歩き出す。僕と田所との間には人二人分空いている。その距離をこれ以上埋めてはならない気がした。
「ここっす」
無言で歩き続け、少しすると一軒家が見えてきた。普通の一軒家。明かりはなく、少し寂しくも見える一軒家だ。
「先輩……上がってくっすか?」
「いいよ。帰るから」
「……今、誰もいないんで何してもバレないっすよ?」
「そーいうことは易々と言うなって言っただろ。じゃあな」
最近、どこか分かってきた気がする。田所のことだ。お礼でもと思って言っているのだろう。が、誘惑されない。
……そもそも、僕はお礼されるようなことしていない。出来ていない。
「……やっぱり、先輩は幸奈先輩なんすね……」
振り向いたところでそんな声が聞こえた。と、その瞬間、背中に田所が頭をくっつけてきた。
「お、おい……」
「……先輩。私と初めて会った日のこと覚えてますか?」
小さな声で不安を確かめるように口にする田所。後ろは向けないため、どんな顔しているのか分からない。
田所と出会った日か……。
あの日のことを思い返すと自然と笑みが溢れた。不思議な出会いだったなと。
「覚えてるよ」
田所と出会ったのは一年ほど前のこと。その日、僕と秋葉は口論していた。メイド喫茶のメイドとお屋敷に遣えるメイド、どちらが良いかについて。答えの出ない議題について、放課後学食で延々と話していた。
どちらも疲れて深呼吸していると不意に近づいて来る者がいた。それが、田所だった。
『さっきから、聞いてたんすけど馬鹿なんすか?』
第一声から自然とムカついた。どう見ても入学して間もない後輩のくせに生意気。それが、僕が抱いた第一印象だった。今も変わってはないけど。
『じゃあ、耳塞いで消えてください』
どう見ても後輩だが、ロリ先輩という可能性もある。だから、敬語で話した。
それに、僕と秋葉は真剣だった。余計な横やりを入れてほしくなかった。
『あ、私一年の田所咲夜っす』
『聞いてないから消えろ』
やっぱり、後輩だったようだ。ウザ後輩だ。
『態度変わり過ぎじゃないっすか? と言うことは先輩っすね?』
遠回しに早くどこかへ行けと言っているのに全然聞こうとしない。コイツはなんなんだ。うるさいのが嫌いな秋葉も表情が曇り始めてるし。
『どうでもいいだろ。早くどこか行けよ。僕達は続きを始めるんだよ』
『そもそもなんすけど、メイドの何が良いんすか?』
その質問に僕と秋葉は顔を見合わせて鼻で笑った。コイツは何も分かってないと。
しかし、余計な邪魔が入って興醒めした僕達は黙って席を立って学食から去っていった。続きはまた明日だと。田所の存在は無視して。
そして、翌日。同じようにあーだこーだ言っているとまた田所がやって来た。横からごちゃごちゃごちゃごちゃ余計なことを挟んでくる。メイドの何が良いのかって何度聞かれたか……思い出すだけでしつこくて笑える。
僕と秋葉は相手にしなかった。なのに、田所は負けじとやって来る。そして、いつしか田所がいることも当たり前のようになっていた。
「あの日、初めて先輩達のメイド議論を聞いた時はこの人達なんてくだらないことで盛り上がれるんだろう……って、思ったっす」
「おい、くだらなくなんかないぞ。僕と秋葉にとっては真剣だったんだ」
「でも、真剣すぎて私のこと全然相手してくれなかったじゃないすか」
「そりゃ、ウザかったんだからしょうがないだろ」
「傷つくっす……」
「悪い……」
無言の沈黙が流れる。田所は背中に額をつけたままだし……気まずい。ドキドキしちゃダメだって分かってるのにどうしても緊張もしてしまう。
「なぁ、どうして毎日現れたんだ? 無視してたのに」
「そんなの先輩達のくだらない論争の結果が気になったからっすよ。あの頃、せっかく高校に入学しても楽しいって思うことなかった。でも、この人達はくだらないことにどれだけ真剣になれるんだろうって思ったんす。
そしたら、少し学校に行くのが楽しくなって、いつの間にか先輩達も受け入れてくれていて。居場所が出来たような気がしたんす。家でも一人で寂しかった。でも、学校に行けば先輩達とくだらないことで時間が潰せる。
なら、会いに行くしかないじゃないっすか?」
困ったな。僕達はそんなつもり全然なかったのに。本当にいつも通りに過ごしていただけなのに、すごく良い話し風に纏められてる。
「そ、そっか……」
「それに、先輩をからかうのが楽しかったからってのもあるっす!」
額を離して、にししと笑う田所。そんな姿を見て、やっぱりウザ後輩は変わらないなと頭をかいた。
「お前なぁ……」
「にしし。でも、先輩達のおかげで学校に行くのが楽しくなったのは本当っすから。だから――」
田所はスカートの裾をキュット握って満面の笑みを作った。
「あの日からずっとありがとうって思ってるっす!」
不覚にもドキッとさせられた。僕だけに言っているんじゃない。でも、向けられているその笑顔は今までに見たことがないものでズルいと思った。
やっぱり、このウザ後輩は可愛いのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます