第111話 幼馴染メイドは今になって照れているらしい

 色々あった夏祭り。田所から告白され断り、幸奈に告白して付き合うことになった。今まで生きてきた中で一番濃い一日だったと思う。


 あれから、はや数日。僕は田所に呼び出され、近くの喫茶店にまで来ていた。


 正直、どうしようか悩んだ。

 会って、まともに話せる自信がなかったのだ。

 でも、会わないといけないとも思った。自分勝手だけど、あれで田所と仲が悪くなったりしたくはなかったのだ。

 だから、そのためにも会う覚悟を決めた。


 田所より先に来て、一人で座って待っていると店の扉が開き女の子が入ってきた。田所だ。田所は僕を見つけると少しだけぎこちない笑みを作りながら歩いてきた。


「どもっす……」


「あ、ああ……」


 注文を済ませ、向かいに座る田所。

 何かを話すわけでもなく、ただただ黙る。

 お互いにどうやって切り出せばいいのか分からなかったのだ。


 やがて、田所が注文した飲み物も届き、一先ずとして二人して喉を潤すために口に含んだ。


「……えと、幸奈先輩は大丈夫だったっすか?」


「あ、ああ。泣いてたけどなんとかした」


「泣いてたっすか……なんか、申し訳ないっす……」


「そんなことない」


 しょぼんと肩を落とす田所に素早く否定していた。


「田所が申し訳ないって思う必要ないんだ。全部、僕が悪い」


「いや、変な嘘ついた私が」


「嘘、じゃないだろ」


「嘘っすよ。私が先輩のこと好きになるはず……」


 その先は言われなかった。多分、僕が悪気を感じないように言おうと頑張ったのだろう。

 でも、言えなかったのはそれが嘘でなく、本当だからなのだ。


「……今、言うことじゃないんだろうけど、嬉しかった。あんなこと、誰かに言われるなんて思ってもなかったから」


「先輩、騙されやすすぎっすよ。将来が心配になるっす」


「あんな顔しといて騙せると思ってる田所のことが僕は心配だよ」


 再び空気が凍るように沈黙し少しして同時に笑い出した。


「はは、ほんとあんなザ・乙女って顔しといて騙せると思ってたのか?」


「そんな顔してないっすー。それに、私、乙女なんで常に乙女って顔だと思うんすけどー?」


「いーや、違うね。あの時の田所は乙女の乙女だった。それに、常にあれだとよからぬ男が吸い寄せられてきそうで逆に不安になる」


「そんなに心配とか不安になるなら先輩が守ってくださいよー。とっとと走ってったくせにどの口が言ってんすか?」


「うぐ……」


 痛いところを突いてくる。

 改めて言われると告白してくれた女の子を放っていったという事実がものすごくのし掛かってくる。


「ま、そんな先輩だって分かってて好きになっちゃったのは私の方なんっすけど」


「田所……」


「先輩は迷惑だったっすか?」


「そんなはずないだろ。告白されて迷惑だって思う男なんていない。いたら、そいつは男じゃない」


「なら、良かったっす」


 にししと笑う田所。

 この笑顔を向けてくれることが幸せなのだと、改めて気づいた気がした。


「じゃ、もう、暗いのは終わるっすよ。私、先輩とはこれまで通り仲良くしたいっすから」


「はは、ほんと、良いやつだな」


「にしし。今頃、私を良いやつだって気づいても遅いんすよ」


「そうだな。ウザいとか思ってた僕が悪かった」


「そうっすよ。だから、責任とって幸せになってくださいっすよ。幸奈先輩と!」


 幸奈、という名前が出てきて表情が曇ったのを田所は見逃してくれなかった。


「……え、まさか、まだ幸奈先輩と付き合ってないんすか? チキンなんすか? チキンなんすか?」


「……付き合うようになったのはなった」


「いやぁ~これで、付き合ってないってんなら先輩のこと軽蔑してたっす。良かったっすね」


 そう、幸奈と晴れて恋人同士になった。

 疎遠になって何年も口をきかなくて、それでも、ようやく恋人同士になれたのだ。

 なれたのだが……。


「その、さ。幸奈の様子が変なんだ」


「どんな風にっすか?」


「妙に余所余所しいというか、他人行儀というか……」


「余所余所しい。他人行儀」


「毎日、これまで通り会いに来てくれるんだよ。なのに、顔を見たらすぐに隣の自分の家に帰るんだ」


 夏祭りの次の日からずっとだった。玄関を開けると幸奈がいて、笑ったかと思うとすぐに帰っていってしまうことが続いていた。


 だから、田所と会っていることも幸奈には言っていない。僕の部屋に設置されていた、監視道具も取り除いたため、幸奈は知りもしないのだ。って、改めて考えると自分の親に設置された監視道具を自分で取り除く人間なんてこの世に僕しかいないだろうなぁ……。


「え、隣の家? なんか、ものすごく重要なことが聞こえたような気がするんすけど」


「今も隣に住んでるんだよ」


 田所になら話していい。むしろ、隠してる方が悪いと思った。


「はぁ!? なんすかその勝利が約束された絶対的ポジション……チートっすか!?」


「それを語るには時間がかかるんだ……聞きたいか?」


「いや、遠慮しとくっす。なんか、イチャイチャ多すぎて気が滅入ると思うんで」


「そうか。まぁ、それはいいとして。どうしてだと思う?」


「フッた相手にいきなりそれを聞くとか先輩……流石の精神っすね」


「しょうがないだろ。聞ける相手いないんだ」


「はー、先が思いやられるっすね。先輩。女心、ほんとにもう少し理解した方がいいっすよ?」


 随分と呆れたような長いため息をつき、やれやれといった視線を向けられる。


 いや、僕だって女心っていう難題を分かりたいとは思うよ? その方が幸奈のことをいっぱい喜ばせてあげたり出来るだろうし。

 でもさ、女心って答えないんだよ?

 それを、理解するとかまだ無理。ううん、多分、一生無理な気がする。


「田所はどうして幸奈があんな風になってるのか分かるのかよ」


「簡単っすよ。それはっすね――」



 田所と別れ、マンションにまで帰ってきた僕は幸奈の家のチャイムを鳴らした。


「ど、どうしたの、ゆうくん……」


 しばらくしてドアを開けた幸奈はいつも通り。ジャージにメガネ。髪だけは綺麗に整えられている。


「出てこれる?」


 ドアに隠れて顔だけを覗かせている幸奈に聞くと、少し悩んだ挙げ句、おずおずと出てきた。


 指を身体の前で組みながらもじもじとし、僕を見ては視線を逸らす。という行為を何度も繰り返している。


 僕は左右に誰もいないかを確認するとそっと幸奈のことを抱きしめた。


「ゆ、ゆゆゆ、ゆうくん!?」


 黙ったままでいると慌てた様子でじたばたと暴れ始める幸奈。パッと離すと幸奈は顔を真っ赤に蒸発させたまま涙目になっていた。


「ど、どどど、どうしたの!?」


「ちょっと抱きしめたくなって」


「そ、そうなんだ。よ、用はそれだけ?」


「あ、ちゃんとご飯食べてるか? 良かったら一緒に――」


「た、食べてるから。心配してくれてありがと。じゃあね」


 ばたんと力強くドアを閉められてしまった。

 上を向きながらふーとため息をつく。


「田所の言った通り?だったか……」


『――改めて付き合うようになって照れてるんだと思うっすよ。今まで幼馴染っていう距離だったのが恋人っていう関係になったんすから』


 ……田所先生、あなたは女心をよく理解していらっしゃいますね。


 どうやら、幸奈は照れているらしい。付き合う前はあんなに攻めてきて、僕をドキドキさせにきていたっていうのに……女心、ほんとに理解できない。


 ……ただ、まぁ。今になって、あんなに照れてくれて、さっきみたいに目を回してくれる姿は堪らなく男心を擽られて良い。幸奈のああいう姿をもっと見たいとも思ってしまう。

 でも、付き合ったからといって幸奈を思うがままにしていいなんて思ってない。大事に大事にしていきたいのだ。


「けど、ずっと、このままってのもなぁ……」


 はぁ。恋愛って付き合ってからが難しいんだなぁ……。

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