番外編 ハロウィンSS

「ゆうくん。今日は何の日か分かってる?」


 今日は十月三十一日。世間的にハロウィンと呼ばれている日だ。


「悪霊を追い払う日だな」


「もう。どうしてハロウィンって言わないの?」


「ハロウィンとハロウィーンってどっちが正解なんだろうな?」


 永遠の謎だ。


「ねぇ、無視? 無視しないでっ!」


 幸奈は頬をむっと膨らませ、仁王立ちする。

 そんな幸奈に目を細めながら口を開いた。


「大丈夫。無視してない。ちゃんと聞いてる」


「じゃあ、今日はどういう日?」


「……ハロウィン」


「正解。じゃあ――」


 幸奈は笑顔を咲かせながら両手を広げてくる。

 それがどういう意味かは分かるが直接聞きたくてじっと待った。


「トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞっ!」


「はい、合格。じゃあ、お菓子をどうぞ」


 コスプレをして、人の家を訪れてお菓子をかっさらうのがハロウィンでの子供の仕事。その小さな子供の可愛らしさといったらそれはそれは可愛らしいものだろう。


 そんな子供の可愛らしさにも負けてないあどけない幸奈のウインク姿に買ってきたお菓子をついつい渡してしまった。


「わーい、やったー。いっぱいあるー」


 うんうん、喜んでる喜んでる。幸奈から急な呼び出しを受けて、すぐにコンビニに走って正解だったなぁ。


 喜んでる幸奈を微笑ましく思いながら静かに立ち上がり、


「じゃ、僕は帰るからな。お菓子、食べる時はこぼさないように気をつけろよ」


 余計なお小言を残して早々と去ろうとした。のだが……。


「待って」


 と、幸奈に腕を掴まれた。


「違う。違うんだよ、ゆうくん」


「何が?」


「イタズラだよ!」


「……それは、どうしてイタズラさせてくれないのかってこと?」


「そうだよ。せっかく、私コスプレまでしたんだよ!? イタズラさせてよ!」


「……って、言われても」


 幸奈のコスプレはメイド姿だ。正直、いつもコスプレしているようなものだからハロウィンという特別感がない。

 その特別感を出すために幸奈は頭に猫耳をつけ、腰辺りにはどこで買ったのか知らないが尻尾をはやしていた。


 猫耳メイド――それが、幸奈の選んだコスプレだった。


 コスプレの種類なんて沢山ある。ゾンビ、ヴァンパイア、おばけ、ナース等、挙げたらきりがない。その中でわざわざメイドを選んでくれたのは僕のためだろう。


 その気持ちは嬉しいし猫耳の幸奈なんてそう見れるものじゃない。最初見たときは一瞬、どこの世界に迷いこんだんだって悩んだくらいだ。


 だからといって、イタズラさせるかと言われると躊躇してしまう。


 だって、相手はあの幸奈なんだぞ? 何をされるか分かったもんじゃない!


「因みに聞くけど……イタズラって何する気だった?」


「えっ……と、えっと……ちょ、ちょっと待ってね」


 何も考えてなかったのか……。

 今更になって、腕を組みながら考えてる姿に呆れてため息が出そうになる。


「き、決めた。ゆうくんへのイタズラは膝枕してもらいます」


「それ、ご褒美だけど?」


「えっ!? えっとえっと……じゃ、じゃあ、ゆうくんを膝枕してあげる!」


「それも、ご褒美だけど?」


「えっ!?」


「そもそも、お菓子あげたよな? 幸奈、喜んでたよな? イタズラは回避したと思うんだけど」


「そうだけど……でも、今日はハロウィンなんだよ? 世間のカップルはイチャイチャしてるんだよ? 私だってゆうくんとイチャイチャしたい!」


 遂に本性を出したようだ。


 そうか。ハロウィンってイチャイチャする日だったのか。今まで認識が間違ってたようだ。


「分かった。じゃあ、トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃイタズラするぞ」


「ゆうくん……は。ゆ、ゆうくんにあげるお菓子なんて用意してないもん」


「じゃあ、イタズラ決行だな」


 さて、何をしよう。イタズラという名目があるから今なら何でも出来る可能性があるけどそれだと流石に自分のことをドン引きしそうな気がするし。


「じゃあ、命令です。膝の上に頭を乗せて横になりなさい」


「えっ、ゆうくん。それって……」


「いいから」


 膝の上に幸奈が頭を乗せる。

 見つめ合う形になると幸奈の頭にある猫耳を外した。そして、ゆっくりと幸奈の頭を撫でた。


「ゆうくん。何してるの?」


「幸奈を愛でてる」


「ど、どうして?」


「どうしてって……別にイタズラ思いつかないしイチャイチャしたいならこれでいいかなって」


「わ、私はちょっとくらい……え、えっちなことされてもいいんだよ?」


「うーん、まぁ、それでもいいんだけど、そういうのはさ別にハロウィンじゃなくても出来るし」


「でも、メイド服を脱がせることってなかなか出来ないと思うよ?」


「そう誘惑されると結構な破壊力があるな。でも、幸奈の頬っぺたで我慢する」


「いひゃっ……いひゃいよ、ゆうふん!」


 幸奈の柔らかい頬っぺたを引っ張ったり突っついたりして堪能する。もっちもちのお餅みたいだ。


 すると、負けじと幸奈がお腹辺りに顔をくっつけスリスリと頬ずりしてくる。


「ちょ、くすぐったいんだけど!」


「お返しだもーん。私だって、ゆうくんにイタズラしたいだもーん。うりうり~」


 等と言ってはいるが完全に甘えてる小動物のようにしか見えない。可愛いもんだ。


 そんな姿を見守っているとピタリと動きが止まった。


「……ねぇ、ゆうくん」


 顔がくっついたままなので声がこもっている。


「どうした?」


「あのね、今日ね、泊まっていってほしいなーって……ダメ?」


 恥ずかしいのか顔は見せない。だが、真っ赤になっていることは耳を見れば簡単に分かった。


「あ、ほ、ほら。今日は悪霊を追い払う日でしょ? てことは、そこら中に悪霊がいるわけだし……ゆうくんに守ってほしいなって」


 ここだけの話、幸奈とお泊まりするのは何度目かになる。一緒にご飯を食べて、寝るだけのそれ以上でもそれ以下でもない健全なお泊まりだ。


「いいよ」


 いきなりベッドの中に入られていた時は驚いた。でも、それ以降は一緒に寝るのも当たり前のようになってきている。

 幸奈が恥ずかしがってるように僕もその度に恥ずかしいと感じるのだが。それでも、恋人と一緒に寝起き出来るのは嬉しいのだ。


「やった。じゃあ、後で一緒にご飯作ろうね。その後は一緒にお菓子の食べさせ合いっこしようね。だから、今はもうちょっとこのまま」


 そう口にすると幸奈はぎゅっと腕を回して抱きついてきた。口角は上がっていて、喜びを隠しきれないようだ。


 そんな幸奈を再び愛で始めた。

 撫でて撫でて撫でて……僕と幸奈のハロウィンはもう少し終わらなさそうだ。

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