第112話 幼馴染メイドと帰省①
「……ね、ねぇ。ゆうくん。ゆうくんも電話あった?」
「あ、ああ。幸奈はどうするんだ?」
「わ、私は顔を出すつもり」
「ぼ、僕もだけど……一緒に行くか?」
「う、うん。その、あんまり一緒にいれてないし……一緒に行きたい」
「じゃあ、今から行くか」
夏休みも残り十日程となった今日。
朝イチで母さんから電話がかかってきた。
今年はいつ帰ってくるのかという催促だ。
幸奈が隣で住んでることも知ったんだし一緒に帰ってきなさいともつけ加えられた。
どうやら、幸奈の方にも似たような連絡があったらしい。
と言うわけで、一緒に実家へと向かっているのだが……。
話すことがない。テクテクテクテクただ歩いているだけ。
どうやら幸奈は僕と付き合って、改めて色々と照れているらしい。夏休み初日は毎日僕の家に入り浸る……等と言っていたのに、今では顔を合わすだけになってしまった。
「あ」
今も、指がちょんと触れただけなのに、素早い動きで触れた部分を庇うように胸の前にもっていっている。
「ご、ごめん」
「う、ううん。そんなことない。そんなことない。ゆうくんに触れられて嬉しい」
とは、言ってくれるもどこか棒読み。おそらく、本心なのだろうが今までの幼馴染という関係が幸奈の心を支配して、恋人というのを素直に受け入れるのが難しいのだろう。
別にそれでもいい。幸奈が嫌がることはしたくないし、ゆっくり落ち着くまで待つつもりだ。
でも、こうも大袈裟で過剰な態度をとられると少しばかり寂しくもなってしまう。手、くらい繋ぎたいんだけどな……。
実家に着くと幸奈と別れて家のドアを開けた。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん!」
笑顔で出迎えてくれる朱里。この笑顔を見ると帰ってきたんだと実感させられる。
「おかえり、祐介」
「ただいま」
母さんにも出迎えられ、靴を脱いで中に上がった。
家の中は春休みに帰ってきた時と変わらずそれが安心できる。
「幸奈ちゃんも帰ってきてるの?」
「一緒に帰ってきた」
昼食を食べ終えた後、一息ついていると朱里が聞いてくる。朱里も久し振りに幸奈に会いたいのだろうか?
「あ、祐介。それなら、ちょっと幸奈ちゃんと出掛けてきなさい」
「出掛けてってどこに。それに、幸奈もゆっくりしたいだろうし」
まだ母さん達に付き合ったことは言っていない。言ったら、絶対楽しむだろうし、なによりこれまで幼馴染としてやってきて、改めて恋人になったことを親に報告するって難易度が高い。深夜テンションで書いたポエムが発見された時並みに恥ずいと思う。ポエムなんて書いたことないけど。
「幸奈ちゃんも暇だって」
「え!?」
母さんの手にはスマートフォンが握られている。幸奈のお母さんに確認をとったのだろう。
相変わらず行動が早いというかなんというか……。って、それよりも、幸奈はいいのだろうか。僕といるとまた変な空気になって、嫌とか思わないだろうか。
「じゃ、そういうことでとっとと行ってきなさい」
家に残しておいたラフな格好に着替えると半ば強制的に家を追い出された。
追い出される間際、「ゆっくりしてきなさい。すぐ帰ってこないこと。いいわね」と念押しされた。
いったいなにを考えているのかと不安になる。なにしろ、あの一件があるためだ。また、よからぬことを考えてないといいけど……。
幸奈の家の前で待っているとドアが開く。
「お、お待たせ……」
「ま、待ってないから。大丈夫」
こうもしどろもどろされると会話するのにも戸惑ってしまう。
「さ、幸奈はどこに行きたい?」
「ゆ、ゆうくんは?」
「僕はどこでも。幸奈と一緒なら」
「あうぅ……な、なら、中学校。ゆうくんと一緒に中学校って行ったことなかったから」
言われてみて思い返す。五年生の途中から疎遠になり、幸奈との当たり前だった登下校がなくなった。必然的に中学も幸奈とは一緒に行かなくなったのだ。
「じゃあ、行こう」
「う、うん」
三年間、幸奈と通えなかった道を今こうして幸奈と歩いているのはあの頃の僕に言ったらどうするだろうか?
信じる? 信じない?
多分、単純だろうけど、幸奈に関しては人一倍敏感になってたから信じないんだろう。
だから、今の僕が言えることは母さんの言うことを信じていれば良いことがある、だ。
「ゆ、ゆうくん」
「ん?」
「ううん、やっぱり、何でもない」
「そっか」
何か言いたいことでもあったのだろうが、見る限りは嫌そうな顔をしていないのでいいかと言っておく。
それに、下手だけど小さな鼻歌らしきものまで聞こえてきてなんだか楽しそうにもしているから満足だ。
中学校を前にして二人で並ぶ。
校内からは部活に励んでいるのか掛け声らしきものが届いてくる。
「なんか随分久し振りな気がするな」
「うん。二年前までは通ってたんだよね。本当はゆうくんと色々なこと出来たのに……出来なくて」
文化祭。体育祭。修学旅行。部活。委員会。学生の間にしか体験できないそれらを幸奈と出来ていたら楽しい中学生活だっただろう。
でも、それらは、どれだけ望んでももう出来ない。
そのかわり。
「それはもう出来ないけどさ。これから楽しいこといっぱいしていけばいいんじゃないか」
何も思い出を作ることは過去にしか出来ないことじゃない。これから、幸奈と沢山作っていけばいいだけのことだ。
「ゆうくん……」
思わず幸奈の頭を撫でそうになってぴたりと手を止めた。
ここで、幸奈のことを撫でるとまた変に照れてぎくしゃくするようになるかもしれない。せっかく、一緒にいるのだからそうなってしまっても嫌だ。
伸びかけていた腕を引っ込めて何食わぬ顔をした。
「つ、次、どうする?」
「懐かしいし散歩しよ」
「そうだな」
中学校までの道を引き返し、途中で道を外れた。
小学生が学校の帰りに探検する、なんて話はよくあることで。僕も幸奈や春とよくした記憶がある。
しかし、それも中学生になればしなくなる。言っても町内であるため知れているが、それでも全てを把握している訳じゃない。
こんな所に空き地があったり、公園があったり、自販機があったりと色々な発見があった。
それら全てを新鮮に感じるのは初めて見るからだろう。でも、何よりもそう感じるのは幸奈が隣にいるからだと思った。
「楽しいね」
少し、幸奈の調子が戻ってきた気がする。
無邪気な笑顔を咲かせながら、手を後ろで組み合わせている姿を見ると思わずこちらも頬が緩む。
「ちゃんと前向いて歩かないと危ないぞ」
「分かってるよ。……でも、転けそうになっても大丈夫だよね? ゆうくんがまた支えてくれるもん」
完全に僕頼り。でも、それだけ信頼されているということも分かる。
付き合う前に言っていたようなことをさらっと言われ、思わず黙っていると恥ずかしくなったのか慌ただしく赤面させていく。
「な、何か言ってよ……」
「じゃあ、近くにいてくれ。そしたら、支えることが出来る」
「……ま、前向いとく」
遠回しに隣にいてと言ったのが伝わったのか幸奈はくるっと前を向いた。ぷるぷると小動物のように震えている姿は可愛らしい。
「い、行こっ」
急いで歩き出して、曲がり角を曲がる幸奈。その後を追って曲がると思わず幸奈にぶつかりそうになった。呆然と立ち止まっていたのだ。
「危な――」
言いながら幸奈が向けている視線の先へ目をやると三人の女子高生がいた。その真ん中にいる一人が幸奈と同じように呆然としながらこちらを見ている。
「に、
幸奈は震える声で小さく呟いた。
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