第113話 幼馴染メイドと帰省②了

 西口……という名は聞き覚えがあるし、僕もよく知っている人物だ。

 正直、前に幸奈の口から出るまではその存在をすっかり忘れていた。


 西口 依理えり。僕と幸奈の仲を引き裂いた張本人であり、幸奈の代わりに僕の側にいた女の子だ。


 僕にとってはついこの間まで記憶にもなかった女の子。幸奈に聞かされて多少は憎んだが所詮はどうでもいい相手だ。

 だが、幸奈にとっては会いたくない女の子のはず。利用するだけされて、友達だと思っていたのに用が済むとぽいっと捨てられた。そして、僕と疎遠にさせられた。

 会いたくないに決まっている。


 西口はじろじろとこちらを見てくる。

 相変わらず見た目だけは可愛い。化粧もしているせいなのか、さらに磨きがかかったような気もする。

 それでも、幸奈の方が可愛いけど。

 誰がなんと言おうとそれは譲る気ない。


 ばちっと西口と目が合うと彼女はすごく嫌そうな顔をした。


「ねぇ、あの子達誰?」


「中学までの同級生」


 西口もここで会うことが予想外だったのか、隣の子に聞かれてばつの悪そうに答えている。


 その間に幸奈は僕の後ろに隠れた。

 背中にしがみつくようにして震えている。


 怖い、という感情ではないだろう。

 ただ、会いたくないや嫌だという気持ちが幸奈を震えさせているのだ。


 そんな幸奈の姿を見て西口は長い息を吐いた。それに、比例して幸奈はビクッとする。


「まだ、そんなにベタベタしてるんだ」


「まだって……昔からなの?」


「うん。幼馴染らしいんだけど、いっつも二人の世界みたいな空気でスッゴく気持ち悪かった」


「へー」


 確かに、僕と幸奈はいつも二人だった。言われた風に二人の世界だったかもしれない。そんな空気で他人からしたら、あまり入ってきづらいものなのかもしれない。

 でも、別に気持ち悪いなんて言われる筋合いなんてない。それに、気持ち悪いことなんてしてない。一緒にいただけなのだから。


「特に女の子の方がさ、どこに行くにも男の子にくっついてて他の女の子を寄せつけない感じだったんだよね。まるで、自分のだって束縛してるみたいでさキモくてキモくて」


「あのさ!」


 僕だけならなんて言われてもいい。そういうのには慣れてる。でも、幸奈のことを何か言われるのは許せなかった。

 ……それに、幸奈が泣かされて我慢できなかった。だから、気づいた時には大きな声を出していた。


 それに驚いたのか西口は一瞬怯んだように見えたがすぐに鋭い視線を向けられる。


「なに?」


「幸奈の何が気持ち悪いわけ?」


「言ったでしょ。祐介くんに金魚の糞みたいにくっついてたところだって」


「僕としては人に友達だって言っといて勝手に裏切るようなやつの方がよっぽど気持ち悪いけど。それにさ、お前は好きな人がいても遠くから眺めてるだけなのか?」


「そ、そんなこと言ってないし」


「言ってるだろ。好きな人がいたら少しでも近づきたい……近くにいたいって思うことくらい普通じゃないのか?」


「……っ、そうやってかばうところとかほんと気持ち悪い。恋人でもないくせにいっつも幸奈幸奈言っちゃって。言っとくけど祐介くんも相当気持ち悪いって思ってるから!」


「あっそ。別にどう思われたっていいし。それに、幸奈のことをかばうのなんて当然だから。だって、僕と幸奈――」


 僕は幸奈の手を掴むと隣にまで引っ張った。そして、指を絡めて俗にいう恋人繋ぎをして見せつけるようにしてやった。


「――もう、こういう関係だから」


 この手の相手には言葉で表すよりも実際に見せつけた方がいいだろう。嘘だと言われないためにもこの方が確実だ。


 ……幸奈にはちょっと我慢してもらおう。うん、離そうとしてくるけど力を込めて離さないようにして。


「……っ、そうやって一生二人でベタベタしとけばいいよ!」


 西口は捨て台詞のようなものを吐くととっとと去っていってしまった。


「何だったんだいったい……トイレでも我慢してたのか?」


 急いで西口の後を追う二人の姿を見ながら呟くと横から変な視線を感じた。幸奈だ。ジト目をしながら、こちらを向いていた。


「どうした?」


「ゆうくん……凄いね」


「何が?」


「はぁ……ちょっと話そ? それから手、もう離して」


 呆れている幸奈に言われた通りにした。



「あのね、ゆうくん。覚えてるか分からないけどあの子はゆうくんのことが好きだったんだよ?」


 近くにあった公園のベンチで何故か説教みたくされている。意味が分からない。


「それは、幸奈から聞かされたから覚えてるけど……だから?」


「……こんなこと言いたくはないんだけど。あの子、多分ヤキモチ妬いてたんだと思うよ」


「幸奈を相手に?」


「幼馴染の勘だけどね。覚えてないの?」


 あの頃を思い返す。幸奈が遠ざかっていき、西口が近づいてきた。それでも、目と口と頭が勝手に幸奈を追っていたのだ。


「言われてみればそんな気もしないこともない」


「さっきだって私に負けたって思って腹いせにしてたと思う。勝負とかしてないのにね」


「でも、結局告白なんてされてないしどこかのイケメンと付き合ったんだろ? 無茶苦茶自分勝手……って、自分勝手なやつだったな」


「愛想尽かしたんだと思うよ。私としてはそれで良かったけど」


「結局のところ、僕は今も昔も幸奈しか見てないってことか」


 ポツリと漏らしたことに幸奈の身体がぴたりと固まる。横を向いていたのに前を向いて俯きながらもじもじしている。


「どうした?」


「あ、あのね、ゆうくんって本当にゆうくん? ドッペルゲンガーじゃないよね? ちゃんとした尾山祐介だよね?」


「当たり前だろ?」


「じゃあ、この前からどうしたの!? 落ちてる物でも拾って食べたの!?」


「お、落ち着け、幸奈。僕はいたって正常だ」


「じゃあ、どうして急に私を困らせるようなことするの?」


「困る?」


「抱きしめてくれたり、キスしてくれたりだよ! 嬉しいのに反応に困っちゃうの! 思い出すだけで恥ずかしくなってゆうくんのことがまともに見れないの!」


 真っ赤になった幸奈が鬱憤を晴らすように怒濤の勢いで口にする。ただ、それらは怒り等ではなく、照れ隠しなのだと理解できた。


「全部、幸奈が好きだからだよ」


「もうもうもう。それが困るって言ってるの! 私だけドキドキさせられてばっかりで困るの!」


「ぼ、僕だって、ドキドキしてる。緊張もするし恥ずかしいし……照れるんだ」


「嘘!」


「嘘じゃないって!」


 これまでも幸奈に対して色々感じてきたんだ。何も感じないで平然といれる訳がない。せいぜい頑張って、これまで通りでいようと努力しているだけだ。


「ほ、本当……?」


「本当」


「じゃあ、確認させて……」


 幸奈は目を閉じると口をきゅっと結んだ。そして、そのまま何かを待つようにじっとする。

 何を待っているかなんてすぐに分かった。

 だから、幸奈のもっちもちな頬に手を置いてそっと近づいていき――。


「ちゅーだちゅーだ」


 ――という声が聞こえた。

 びっくりして二人で声がした方を見ると小さな女の子がいた。僕達を見てきゃーきゃー言ってるおませさんな女の子だ。


 急激に恥ずかしくなった僕達はお互いに距離をとりそっぽを向いた。


「ねーちゅーしないのー? ちゅっちゅしないのー?」


「し、しないから帰りなさい。良い子だから帰りなさい」


 答えると女の子は不満そうにえーえーっと言ってくる。


「パパとママは毎日玄関でしてるよー?」


「そ、それは、大人だからね。お嬢ちゃんにはまだ早いからもう少し大人になってからね」


「そっかー。またねー!」


 幸奈が答えると元気よく手を振って帰っていった。とんだ嵐のような子だった。最近の幼女って恐ろしい!


「か、帰るか……」


「う、うん……」


 続きを出来る度胸もなく、無言のまま二人して家に帰った。


「おかえりー」


 家に帰るとなんだか気分のいい母さんがニヤニヤしながら近づいてくる。

 嫌な予感がする――と不安でたまらない。

 すると、予感的中。母さんはびっくりする爆弾発言をした。


「明日から幸奈ちゃん達と旅行に行くわよ」


「……は!?」

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