3章 僕の幼馴染メイドがこんなにデレデレなわけがない

第58話 幼馴染メイドとメイド同好会①

「先輩とあの美人さんって幼馴染だったんすね!」


 メイド同好会で田所たどころが口にする。その表情はニマニマで何故だか既に苛っとした。


「だったら、なんだよ……」


「なんでもないっす! ただ、幼馴染同士の恋愛を詳しく聞きたいっす!」


「あ?」


「早く早く!」


 目を輝かせて期待している眼差しを向けてくる。その姿はまるで、餌を待つ犬といったところだ。


「確か、この教室ってガムテープあったよな」


「ガムテでなにするつもりなんすか?」


「お前の口を塞ぐ」


「わ、私の口を塞いでナニするつもりっすか!?」


 田所は幸奈さながしていたように自分を守るポーズをとった。幸奈より成長している部分のせいで、その格好が様になっている。


 ……最近の女子高生って皆こうなのか?


「……先輩、見すぎっす。彼女さんに言いますよ?」


「……気のせいだ。興味ない。あと、彼女じゃない」


「じゃあ、なんで前のめりになってんすか?」


「ただの猫背だ。気にするな」


 そう、突然急激に腰が痛くなって猫背になったんだ。決して、後輩の胸に釘付けになった訳ではない。


「……先輩、私の身体に興味を示さなくてもあの幼馴染さんでいいじゃないっすか。もう、食べ飽きちゃったんすか?」


「よーし、表出ろ。そして、二度とここへ入ってくるな」


「同じ仲間に向かって酷くないっすか!?」


「はぁ……あのな、僕と幸奈はお前が考えてるような関係じゃない」


 そう、最近じゃ疎遠状態だった頃から比べれば僕と幸奈の関係は随分と変わった。全く話さなかったなんて考えられないくらいに毎日少しずつだが会話している。


 でも、それは幼馴染として仲が良かった頃に戻っただけ。幼馴染以上の関係になった訳じゃない。


「でも、名前呼びなんすか?」


「それが、僕と幸奈だから」


「ふ~ん。そうっすか」


 ニマニマで見上げてくる。なんだよと思いつつ、僕も椅子に座った。


「先輩、幼馴染さんのことが大事なんすね」


「なんだよ、急に」


「だって、あんなに沢山の人がいる前でピンチの幼馴染を助けたんすよ? しかも、啖呵まできって!」


「み、見てたのかよ……」


「はい、バッチリと」


 知らない人に見られているのも恥ずかしいけど、知り合いだとそれが何倍にも感じる。秋葉あきばにも見られてるのか?

 後で来たら訊いてみよ……。


「学校で人気ナンバーワン同士の告白があるってめっちゃ噂されたんすよ。それで、無理やり連れていかれて見てました」


「世の中の情報拡散力って凄いよな……あれ、ホームルームの間にあれだけ広まってたんだぞ?」


「私も驚いたっす。この前の学食の件もですけど、ヤバくないっすか?」


「ああ、ヤバイな。何がヤバいってプライバシーの権利があるって皆知らないことだよな」


「そうっすよ。そのせいで、私は……」


 突然、言葉を濁らせる田所。


「どうした?」


「……いえ、なんでもないっす。それよりも、先輩の話っすよ!」


 そう言えば、この前も曇らせてたなと思いつつ今は元気な田所に疑問を感じた。


 でも、見た感じなんともないし僕の気のせいか?


「あの幼馴染さんに告白してた男はサイテーっすね。あの人、断られてるのにしつこ過ぎっすよ。あーいう人、大っ嫌いっす!」


「随分な言いようだな。同意はするけど」


「あの人、掲示板でも叩かれてたっす!」


「そりゃ、気の毒に」


 当然だなと思いつつ、僕も同じ目にあった同類として少しばかりは同情する。ご臨終様……。


「まぁ、仕方ないっすけどね。しつこいあげく腕を掴んだんすから。あれ、先輩が助けに入ってほんと良かったんすよ? あのまま、二の腕掴んでたら幼馴染さんの胸の感触知られてたんすよ?」


 両手を合わせて目を閉じているととんでもないことを言ってきた。そのせいで吹き出してしまった。


 さ、幸奈の胸……!?


「その様子からして知らないんすか? 女の子の二の腕って胸の感触と同じらしいんす」


「そ、そうなのか……それは、良かった、のか?」


「良かったに決まってるっす!」


 ふんすと意気込む田所の胸が揺れた。


 二の腕と胸が同じ感触……幸奈も小さいけどちゃんと女の子だ。絶対、幸奈の二の腕を掴むようなことはしないようにしないと。


「で、あの人の評価はだだ下がりっすけど、先輩の評価はだだ上がりっすよ!」


「は!?」


「あの状況で幼馴染を助けたことで先輩カッコいいみたいな話がクラスで出てたんすよ。実際、私もすこーしだけときめいたっす」


「なんだろう……これっぽっちも嬉しさを感じない」


 そもそも、幸奈を見てるからモテることに恐怖しかない。……って、こんなの考えてる時点で末期だ。僕の頭、可笑しくなってる。


「ねぇ、先輩」


「なんだよ」


「もしも……もしもっすよ。もしも、私もあんなことになってたら先輩は助けてくれますか?」


 どこか、不安げな表情を浮かべ言ってくる田所。その様子がどこか弱々しく見えたのは錯覚だろうか。


 田所が幸奈みたいになってたら、か……。


 そもそも、このウザ後輩なら自分でなんとかしそうだ。無茶苦茶に暴れて、挙げ句噛みついてそうだし。


「さあな」


「もー、ちゃんと答えてほしいっす!」


「ま、見かけたら助けてやるかもな。先輩として」


「なんすか、その答え」


 僕の答えが不満なのか唇を尖らせる田所。


 机の上で腕を伸ばしグダーっとしながら僕を見つめてくる。


「先輩。もし、先輩が助けてくれたらちゃんとお礼しますから。身体でたっぷりと」


「あのなぁ、そーいうことを簡単に口にするな。誤解を招くことはな、後々後悔するんだよ」


「私の身体には興味ないっすか? さっきはあんなにガン見してたくせに」


「そーいう話をしてるんじゃない。誤解されたら、どんどん本当の自分を出せなくなるからやめろってことだ」


「逸らされた気がするっすけど……まぁ、いいっす。その代わり、期待させてくださいよ」


「そうだな。助けてほしいなら、ウザい絡みをやめろ」


 可愛くて仕方のない後輩なら間違いなく助ける自信がある。


「あ、それは無理っす」


「なんでだよ!」


「だって、先輩の反応面白いんすもん」


「よし、お前が困ってても助けてやらん」


 田所こいつは本当に可愛げがない。後輩なんだから、もう少し先輩である僕を敬いなさい。こんなんで、将来大丈夫なんだろうか?


「そんなこと言っていいんすか? さっき、先輩が私の胸をえっちな目で見てたって幼馴染さんに言うっすよ」


 ……っ、田所こいつ、あくまでも僕の弱味を握るつもりか。そんなこと言われたら、悪いことはしてないのに幸奈に申し訳ない気持ちになっちゃうだろ。


「そうだな。決してそんな目で見てないけど言われたら困るからやめてくれ」


「なら、私が困ってたら助けてくださいね?」


「分かったよ」


「ふふ、感謝するっす」


 ほぼほぼ、脅しのような仕方のくせに田所は悪いとか気にすることなく楽しげに笑顔を浮かべる。そんな姿を見て女子って怖いと感じる僕だった。


 と、そんな時、扉が二回ノックされた。


 僕と田所は顔を見合わせる。


「秋葉先輩っすかね?」


「いや、あいつならノックなんてしないだろ」


「それもそうっすね。じゃあ、先生っすかね。私、出ます」


 席を立った田所は扉を開けた。

 そして、少しだけ大きな声を上げた。


「えっ!?」


 なんだと思い、そこを見ると目を丸くしてしまった。なんと、そこには幸奈が立っていたのだ。カバンを両手で前に持ちながらやや俯きかげんの幸奈がいた。

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