第59話 幼馴染メイドとメイド同好会②

 幸奈がここを訪れるなんて今までなかった。今までの関係を考えると当然のことだけど、それでも、いきなり訪れるなんてあり得ない。

 何か困ったことがあったのかと席を立って駆け寄った。


「どうした?」


「別に、これといって用はないわ。ただ、暇だったから見学に来ただけよ」


 どこか気を張ってるようなツンが見える口調。田所がいるから、気を張ってるのかと思いつつ一先ず中へ入れることに。


「じゃあ、ま、入れば? 田所もいいよな?」


「も、もちろんっす!」


 幸奈を入れて、僕と田所は謎の緊張を感じながら席に座り直した。


「さ、幸奈も適当に座っていいからな」


「ええ」


 幸奈も静かに腰をおろした……までは、良かったんだけど――


「あの、幸奈?」


「なにかしら?」


「いや、その、近くない?」


 なんと、幸奈は僕の隣に座ってきた。椅子は横並びに三つある。さらに言うなら、田所の隣にも二つ余分にある。にも関わらず、幸奈は一つ間を開けるということをせず、すぐ隣に座ってきたのだ。


「そんなことないわ。ねぇ、後輩さんも思うでしょ?」


「そ、そうっすね。全然、近くないっすよ」


「ほらね?」


 田所は妙に焦っていた。まるで、蛇に睨まれた蛙のように顔をひきつらせているようにも見える。幸奈がそんなに怖いのか?


 学食で二人が初めて出会った時、幸奈は田所に対して結構きつめの事を言っていた。それで、ビビってるのか?


 見学と言いながら特に何もすることのない幸奈。田所はずっとソワソワキョロキョロ状態。これじゃ、どっちが見学に来たのか分からない。


 よ、よし、ここは僕が二人の仲を!


「えっと……自己紹介でもしたら?」


 その途端、二人は僕を睨んできた。鋭い目付きでキッと睨まれて怖い。


 田所はスマホを取り出して何か打っている。と、僕のスマホが震えた。確認すると田所からのメッセージが。


 先輩、鬼っすか!?

 先輩の幼馴染さん、綺麗で可愛いんすけど、なんか怖いっす!

 さっきも睨まれたんすよ?

 そんな人に自己紹介だなんて何を言えばいいか分からないっす!


 困りながらその文面を見て、田所の方を見ると借りてきた猫のように髪を逆立てているような気がした。


 今にもフシャーって鳴き出しそうだと思いながら視線を幸奈の方へ。幸奈はまばたき一つせず、僕に訴えかけてくる。


 幸奈は昔から自己紹介とかが苦手だ。新しいクラスでの自己紹介とかもいつも名前だけで済ます。

 成長するに連れて周りはそれをクールだと思ってるようだけど、当の本人は心臓ばっくばく状態なのだ。


 幸奈と田所……どっちからさせるか。


「よし、初めは田所からな」


「な、なんでっすか!?」


 ガタッと席を立つ田所。


「先輩命令で。それに、今は同好会中だろ? 幸奈は客。お前はメンバー」


「……先輩、幼馴染さんだからって贔屓ひいきしてないっすか?」


「そんなわけないだろ? 僕は平等主義者だ」


 と、言いつつ、いつもの仕返しだと考えていた。たまには、痛い目に遭わせてやる。くっくっく。


 すると、幸奈が制服の袖をちょんちょんと摘まんできた。


「贔屓、してくれないの?」


 上目遣いで訊いてくる幸奈。


 その姿がとても可愛く見えたのは言うまでもない。


「し、してるから。客として贔屓してるから」


 本当は幸奈だからだけどそれを言えば田所が機嫌を損ねるのは明らかだ。


「ふーん、客か……。まぁ、いいわ。さ、後輩さん。いいわよ?」


「えー……今の見せられといて私からさせるとか幼馴染同士で鬼畜っす――」


 その途端、田所がビクッと身体を震わせて元気よく『させていただくっす』と返事した。何が起こったんだ?


「私の名前は田所たどころ 咲夜さくやっす。先輩と仲良くさせてもらってます」


「おい、誰が仲良く――」


「へぇ……仲良くしてるんだ」


 幸奈は笑顔を崩さない。ただ、その奥に何か見えた気がした。炎がメラメラと燃えているような……そっとしておこう。


「次は私の番ね。私は姫宮ひめみや 幸奈さな。小さい頃からずっと祐介ゆうすけの近くにいる幼馴染よ」


 幸奈の自己紹介のレベルが上がっていた。……でも、それ口にしないといけないことか?


「因みに、私と祐介は小さい頃から大の仲良しなのよ」


 ふふんと勝ち誇ったような幸奈。


 いったい、どういう勝負をしているのやらと思いつつ、そもそもつい最近までは疎遠状態でしたよね? と言いたくなる。


「見れば分かるっすよ。だって、お二人は恋人同士ですもんね!」


 またそんなことを言うと幸奈に怒られるぞと思い、急いでフォローするために口を挟もうとした。


「おい、今のは冗談でしたってあやま――」


「祐介は黙ってなさい」


 僕のフォローをスパッと止める幸奈。冷静のようで実は怒ってるのかも……。ほら見ろ、僕はもう助けてやらん。静かに息を整える幸奈の田所への怒りの言葉を黙って待った。


 しかし、幸奈が口にしたのは僕へのダメージがある内容だった。


「あなたからそう見えるならそうかもしれないわね」


 突然のことで咳き込みながらなんてことを言うんだと幸奈を見る。幸奈は澄まし顔で田所を見ているだけである。悪びれる様子もない。


「え、ほ、本当にお二人は付き合ってるんすか? せ、先輩をからかってる時は違うって言ってたっすけど」


「あら、知らないの? 祐介って照れ屋さんなの。だから、恥ずかしくて言えなかっただけなんじゃないかしら? 仲が良いって言ってもその程度なのね」


 おい、止めろ。それ以上、誤解を招く発言は止めろ。


 今すぐ幸奈の口を手で塞ぎたいがそれをしてしまってはその行為事態が命取りになる。それを目にした田所は本気にするからだ。


 じゃあ、どうやって幸奈の勝手な発言を止めるか……考えても何も出てこない。


「も、もしかして、今日見学に来たのってここを二人の愛の巣にするための下見っすか!?」


「ふふ、それもいいかもしれないわね」


 楽しげに口にする幸奈。何も良くないと思っていると田所はおもむろに席を立った。


「わ、私、完全にお邪魔虫なようなのでちょっと出てくるっす!」


 そして、そのまま勢いよく扉を開けると教室を出ていった。


「ええぇ……」


 お邪魔虫どころか、むしろいてほしいとさえ思っていたのにいなくなった。これも全部、自己紹介なんて言い出した自分のせいだと思いながら隣を見た。


 幸奈はふふふんと鼻を鳴らしながら勝ち誇っている。さながら、その姿はいつか見えた気がした小悪魔のようだった。

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