第60話 幼馴染メイドとメイド同好会③了

「で、本当は何しに来たんだ?」


 田所が出ていって、幸奈と二人きりになり訊いた。愛の巣にするための下見なんて嘘たまったもんじゃない。本当の目的はなんだ?


「大した用じゃないよ。今日はあんまり祐介と話せなかったから話したいなって思っただけ……」


 田所がいないおかげで気を緩めたのかツンがなくなった気がする。身体をソワソワと揺らす幸奈を見ながら頬が熱くなるのを感じた。


 幸奈は僕が言った『大人しく』のせいで休み時間毎に話しかけてきたり近づいてきたりというのをしなくなった。何回かに一度という割合で僕に話しかけてくる。一応、僕からも話しかけたりはしている。


 で、今日はそんなに話してなかったからもう少し僕と話したい、と……。


 そんなこと言われて悪い気がすることもなく、それならばと何か話題はないかと考えた。


 すると、幸奈に制服の袖をちょんちょんと摘ままれる。


 どうしたと見ると少し不安げな表情を浮かべた幸奈が。


「……祐介。あの子と仲良いの?」


 田所と仲が良いかと言われると実際仲は良いのかもしれない。ウザい絡みをされるだけだけど、一応は同好会メンバーだし。

 それに、僕の中ではある程度会話して、心の底から嫌いだと思わなければ仲が良いことにはなる。


「まぁ、仲が良いのはいいのかもな」


「私よりも?」


「え?」


「祐介は私よりもあの子との方が仲良いの?」


 瞳をうるうるさせながら上目遣いで口にする。アザと過ぎる仕草にも堪らなく可愛いと思ってしまった。


「そ、そんなわけないだろ? 幸奈とは幼馴染なんだから」


「他の女の子とは?」


「え?」


「祐介、最近クラスの女の子からよく話しかけられてる。私と話すよりも楽しい?」


 そうなのだ。実は最近、なぜだか分からないけどちょっとしたことでクラスの女の子と話す機会が増えたのだ。


 正直、端から見れば自慢になるかもしれない有難いことなんだろう。でも、名前もよく覚えてない女の子と話しても楽しいというより緊張するだけだった。


「別に、楽しくない。幸奈と話してるのが一番……って、いや、その、今のは」


 何を馬鹿正直に恥ずかしいことを言ってるんだと、訂正しようとしたら幸奈は頬を赤く染めながら笑っていた。モジモジと身体をさせながらどこか喜んでいるような。


 なんとなく気まずくなって幸奈から目を逸らしてしまう。


 と、そんな時、スマホが震えた。

 確認すると田所からだった。


 先輩! もう戻っても大丈夫っすか?

 それとも、まだ戻らない方が良いっすか?


 とっとと戻ってこいと打っていると幸奈が訊いてくる。


「誰から?」


「田所から。もう戻ってもいいか、だって。戻ってこいって送るから、戻ってきたら謝れよ?」


「嫌」


「何でだよ!?」


 幸奈はぷいっとそっぽを向く。全く謝る気がないらしい。


「だって、私は謝られてない」


「田所がなにかしたのか?」


「祐介の身体に勝手に触ってた」


「それ、まだ言うのかよ……」


 でも、田所が僕の身体……正確には服の上からだけど、触ったところで幸奈が怒る意味が分からない。僕は別に怒ってないしなにも問題ないと思うんだけどな。


「祐介は私に謝ってほしいの?」


「謝ってほしいって言うよりは二人には仲を悪くしないでほしいなって」


「どうして?」


「僕が二人と仲良いから。ほら、知り合い同士がケンカとかしてるとなんとなく嫌な気分になるだろ?」


 本当は幸奈に友達を増やしてもらうためだ。別に、友達までいかなくても話す程度でもいい。もしかしたら、二人が気が合ってすごく仲良くなるかもしれない。その可能性の芽を摘んでしまいたくないんだ。


「なにそれ。祐介、自分勝手」


「ごめん」


「でも……いいよ。そのかわり、祐介の連絡先教えて。そしたら、謝るから」


「え、なんで!?」


「だって、あの子は祐介と連絡先交換してるんでしょ? そんなのズルい! 私も交換したい!」


 ふんすと意気込んで前のめりになる幸奈。

 僕の連絡先くらいで二人の仲が悪くならないなら安いものか。


 それに、幸奈の連絡先を知っておけば何かと便利かもしれないしな。別に、連絡したいとかは思ってないけど。


「じゃ、交換しとくか」


「うん!」


 スマホを振り合って連絡先を交換する。

 幸奈は尻尾があればすごく振っていそうなくらい喜んでいるようだった。


 その後、田所に連絡すると五分も経たない内に戻ってきた。幸奈は上機嫌でさっきのはほんの冗談だと言って頭を下げた。


「これからは、仲良くしましょう。ね?」


 幸奈が差し出した手を田所は恐る恐る掴んで握手していた。一応、ましな形にはなった。と、そんな時、扉がガラリと開けられ秋葉が入ってきた。


「……なんだ、この状況……?」


 まぁ、当然の反応だよなと思いつつ楽しくなった。



 秋葉が来て、四人で適当に会話を楽しみ今日の活動は終わりとなった。


「祐介、一緒に帰るわよ」


 教室を出ると幸奈から誘われた。


「先輩達って幼馴染だからやっぱ家も近いんすか?」


「そ、そうだな」


 今も昔も隣同士で住んでいるとは言えず答えを濁す。


「まぁ、当然っすよね~――っ!?」


 またも、ビクッとさせながらある方向を見る田所。


「どうした?」


 同じ方向を見てみるも何もない。


「……いえ、なんでもないっす!」


 元気よく振り舞うがどこか田所らしくない。この前も同じ様なことしてたし……気にするだけはしといた方がいいか。


「じゃ、俺は鍵を戻してくるから」


 職員室へ向かう秋葉と別れ、三人で校門まで向かう。校門を出ると田所とも別れた。


 ここからは幸奈と二人。肩を並べて同じマンションに向かって歩き出す。


「この時間だと生徒もあんまりいないから堂々と帰れるね」


 その言い方はどこかイケナイことをしているようで心がぞわぞわした。


 でも、それは事実。普段は隣人だと知られたくなくて帰ったりしないからだ。


 幼馴染とは知られてもいいけど、隣人だって知られるのは幸奈の家を知られることで嫌だ。


「メイド同好会のメンバーは三人だけなの? 祐介と後輩と秋葉……って人だっけ?」


秋葉あきば 太一たいちな。そうだよ。三人」


「ふーん。ねぇ、私もまた遊びにいっていい?」


 わざとらしく小首を傾げる幸奈。最近はこの仕草も見慣れたけど、やはりどこかドキッとさせられる。


「いいよ。同好会って言っても正式でもなんでもないから」


「そうなの?」


「ああ。僕はメイド喫茶好きで秋葉はメイド好きってことで話すようになって、田所は気づいたら居るようになってた」


 未だに田所がどうして来るのか分かってない。田所自身、メイドが好きって訳でもないのに……。本当によく分からないやつだ。


「それで、三人でなんとなく一緒にいることが増えたから同好会みたいな感じにするかってなったんだ。だから、幸奈も来たい時に来ればいいよ。そんなに活動もしてないし」


 僕たちは何かに本気で取り組んではいない。本気で部活や委員会に取り組んでいる人から見れば鼻で笑われても仕方ない。

 でも、それでいいんだ。放課後、集まってゆっくりと無駄だと思えるような会話をする。そーいうなんでもない時間を大切にしたい。


「じゃあ、教えてね。いつ活動するか」


「分かった」


 そーいう時間の中に幸奈が加わればもっと楽しくなるかもしれない。そんなことを考えながら歩を進めた。

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