第61話 幼馴染メイドからのモーニングコール

 寝ているとどこかでスマホが激しく鳴っている。


 手をごそごそと動かし、スマホを手にして耳に当てた。


 こんな朝早くから誰だと思いながら電話に出る。


「もしもし……」


 快眠を邪魔され、不機嫌そうに口にすると耳に聞こえてきたのは懐かしい声だった。


「あ、祐介?」


「母さん?」


 電話の相手は母さんだった。

 実家で住んでいた時だと必ず寝ている時間。それ故に何か大きなことでもあったのかと心配になった。


「どうしたの?」


「今日あんたの部屋行くから」


「……え、それだけ? て言うか、なんで!?」


「なんでって愛する息子と会うのに理由なんかいる? じゃあね」


「あ、ちょっ――」


 いきなり切られた。意味が分からんとスマホを置き、まだ起きるまでには随分と時間があるのでもう一眠りすることに。薄い毛布を手に取り、目を閉じた所でもう一度スマホが鳴った。


 今度はなんだと苛っとした僕は怒り口調で電話に出る。


「母さん、いい加減に――」


「――あ、ゆ、祐介? 私だけど……」


「幸奈!?」


 目を閉じたままで確認しないで出たのが悪かった。思わず身体を勢いよく起こしてしまう。


 いや、だって、仕方ないでしょ……まさか、幸奈から電話がくるなんて思いもしないんだし。


「え、えっとね、祐介……私は母さんって呼ばれるより、ママって呼ばれる方が好き……」


 スマホの向こうから歯切れの悪い小さなぼそぼそとした声が聞こえてくる。


「幸奈、はっきり言ってくれないと聞こえない」


「~~~っ、な、なんでもない!」


 見てなくても分かる。声が震えていて焦ってるようだ。


「で、用件は?」


 こんな朝早くから電話をかけてきたんだ。よっぽどのことじゃない限り、すぐに切って二度寝する。そう心に誓って訊いた。


「おはよう」


「……は? どういうこと?」


 たったそれだけを言うためだけにかけてきたなら今すぐ切る。そして、寝る!


「ほ、ほら、祐介っていっつも遅刻ギリギリでしょ。だから、朝起きられないのかなって思って起こしてあげよって思ったの」


 余計なお世話だと言って今すぐ切りたいところだけど、僕のためをと思っての行為なので雑にあしらうことは出来ない。


「あー……大丈夫。ちゃんとその時間に起きるようにしてるんだ。二度寝するから切ってもいい?」


「あ、待って!」


 切ろうとスマホを耳から離そうとして呼び止められる。


「あのね、せっかくだからもう少し話さない?」


 正直なところ、予想外の相手に驚いたせいで眠気はどこかへ飛んでいた。起きるまではまだ時間がある。と言うことで、提案に乗ることに。


「いいよ。幸奈はいっつもこの時間に起きてるのか?」


「うん。女の子には色々とあるから」


「ふーん」


 せっかくだから、準備をしながら通話しようと思いベッドから出る。今日は早く起きたし弁当でも作ってみるか。


「今ね、シャワー出たばっかりでタオル一枚なんだ」


「ぶっ!」


 考えていたことが全部どこかへ飛んでいってしまった。


 な、なな、なんて!? タオル一枚!?

 それって、このスマホの向こうにはタオルを一枚身に纏っただけの幸奈がいるってことだよな……。


 自然と思い返される幸奈のあの時の姿。


 それを振り払って消すようにする。


「そ、そそ、そんなこと言うな!」


「ん、そんなに焦ってどうしたの? もしかして、想像しちゃった?」


 幸奈は全て分かっているかのような質問。隅々まで想像してしまったこともあり、頬が熱くなっていくのを感じる。


「そ、そんなこと言われるとしちゃうだろ」


 自己申告してしまい、益々熱くなる。


「し、しちゃったんだ……じゃ、じゃあ、私ドライヤーするから。切るね」


 唐突に終わらされる幸奈との通話。このまま話しているのも気まずくて僕も切ろうとした。


 すると――


「ゆ、祐介。朝から変なことしないでよ……」


「しねーよ!?」


 釘を刺される。


「じゃ、じゃあ、また学校でね!」


 ツーツーツーと切れた音が静かな部屋に響く。早起きは三文の徳と言うがあまり徳をした気分にはならなかった。


 結局、弁当を作る気にもなれなくて、身支度を整えるといつもより早めに登校した。



「あれ、祐介が俺より早く来てるって珍しいな」


 席に座っていると登校してきた春が物珍しいものを見るようにしながら話しかけてくる。


「今日は特別な。起こされたから」


「起こされたって誰にだよ」


「母さん。朝早くから電話かかってきたんだよ」


「へー、そりゃ災難だったな」


 春は特に気にすることなく前を向く。本当は幸奈のせいで起きるようになったんだけどそれは言わない。変な誤解をされたくないし。


 そして、いつものように時間が過ぎていき、一日の行程を全て終わらせて急いで帰宅の用意をする。


「やけに急いでるな」


「これから母さんが来るんだよ」


「へー。俺も久しぶりに祐介ん家行こうかな」


「今度来てくれたらいいから。じゃ」


 春と別れて教室を出ようとする。すると、名前を呼ばれた。振り返ると幸奈だった。


 条件反射的に幸奈の制服を透けてその奥の姿を想像しそうになって慌てて頭を横に振る。


「な、なに?」


「今日って同好会あるの?」


「今日はないぞ」


「そうなんだ……」


 少しだけ残念にしたのは勘違いだろうか?


「祐介。急いでるけどどうしたの?」


「あ、うん、母さんがこれから来るんだ」


「お母さんが!?」


 その瞬間、パアッと輝かせた幸奈。どうして幸奈が喜ぶんだと気になりつつ、一刻も早く帰りたかったためスルー。


「じゃ、そういうことだから」


 片手を上げると幸奈も片手を上げ返してくれた。


「うん、早く帰ってあげた方がいいもんね。バイバイ」


 教室を出ると急いで帰った。

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