第57話 2章終話 ちいさな変化

 翌日、下駄箱で靴を履き替え、教室を目指していると後ろから呼ばれた。


「ゆ、祐介!」


 振り返るとカバンを持った幸奈がいた。


 幸奈が僕よりも遅くに登校してくるなんてあり得ない……何かあったのか?


 どこか変わった様子はないかと見ていると幸奈は口を開いた。


「お、おはよう」


「う、うん。おはよう」


 挨拶をしたかっただけなのかと思っていると幸奈は――


「じゃ、じゃあ、先に行くから」


 と、パタパタと小走りで教室へと向かってしまった。


 せっかく会ったんだから一緒に行けばいいのにと思いながら、教室へ向かった。



 相変わらず、色々な視線が送られてくる。

 廊下を歩いていても、教室でもそれは変わらない。


 ま、もう気にもしないけど。幸奈と幼馴染だってことを知られたからってどうってことない。


 頬杖をついて窓の外を眺めていると声をかけられる。


 見ると包村だった。


 包村はばつの悪そうにしていた。


「なに?」


 また何か言ってくるのかと、少し不機嫌そうに訊くと『ごめん』と頭を下げてきた。


「俺、自分勝手過ぎた……」


 一応、申し訳ないって思う気持ちはあるんだな。


「あー、まぁ、もういいよ。幸奈と幼馴染だって言えなかった僕も悪いし」


「いや、俺が全面的に悪い。その……姫宮さんと仲良くしてるお前を見てスッゴいムカついて……あんなこと言っちまった」


 やっぱり、包村コイツは幸奈のことが好きなんだろうか? 好きだから、幸奈を遊びに誘うし、僕と仲良くしてる幸奈を見て腹を立てたんだろうか?


 僕ならどうする? 幸奈が僕以外の男と仲良さそうに隣同士で歩いてるのを見てなんて思うんだろう?


 悔しい?

 悲しい?

 嫌だ?


 どれも、思いそうだ。


 それで、僕はそんな自分が嫌になる。ただの幼馴染の分際でそんなことを思ってしまって……束縛しているような自分が嫌だ。


「でさ……聞いてる?」


 そんなことを考えていて、包村の話を聞いていなかった。


「えっと……なんだっけ?」


「俺、姫宮さんにもう一回ちゃんと謝りたいんだ。それで、姫宮さんの好きなものって何か知ってる?」


「なんで?」


「プレゼントしようと思うんだ」


「あー……いや、幸奈には謝るだけでいいと思うぞ。アイツはプレゼントとか貰ってもあんま喜ばないタイプだし」


「そうなのか?」


「ああ」


 嘘だ。幸奈はプレゼントを貰うと喜ぶタイプだ。子どもの頃、誕生日プレゼントとして渡した筆箱をとても喜んでいた。


 幸奈の好きなもの……適当にお菓子とでも言っておけば、包村はお菓子を用意するだろう。それを、幸奈に渡しながら謝れば鬼でもない幸奈は許すだろう。


 別に、幸奈にずっと怒っててほしいわけじゃない。でも、幸奈が許して、今以上に包村が幸奈に近づくのを見ていたくない。そう思った。


「俺、謝ってくるよ。幼馴染ってやっぱ色々知ってんだな」


「まぁ、幼馴染だし……」


「ありがとな」


 包村は早速幸奈に謝りにいき、綺麗に頭を下げていた。幸奈は表情を変えないで、もういいよくらい言っていそうだった。



「今日は幸奈ちゃん大人しいな」


 休み時間、春が言ってくる。昨日の春はどこへ行ったのか、やけに上機嫌でニヤニヤしている。


「昨日の今日だからな」


 帰りに大人しくしないととも言ったし。


「……あ」


「どうした?」


「……いや、なんでもない」


 僕が言ったからか? 僕が言ったから、幸奈は挨拶だけして一緒に教室まで行かなかったのか?


 だとしたら、悪いことした。僕が言いたかったのは無茶して優しい幸奈を演じるなってことで、普通にしてたらいいんだよ。


「ちょっと、行ってくる」


 幸奈は相変わらず一人だ。席を立って、歩き出すとクラスの女子数人に呼び止められた。


「尾山くんと姫宮さんってずっと話してなかったけど、やっぱりそーいう関係だったりするの?」


「そーいう関係ってどういう関係?」


 幼馴染だって知らないのか?


「とぼけるね~分かってるくせに」


 とぼけてるのはそっちだろ。って言うか、用もないなら邪魔してほしくないんだけど……。


「あーうん、僕と幸奈は幼馴染だよ。ごめん、いいかな。僕、幸奈に用があるんだ」


 早急に切り上げて幸奈のもとへ。と言っても、教室内でのことだから数秒で済む。


「幸奈」


 声をかけると、一瞬ほころぶように小さく笑った気がしたのは見間違いだろうか?


 って、そんなことより、何を言えばいいんだ? 大人しくって言ったのは他ならぬ僕だ。なのに、無茶はするなって幸奈からしたら意味の分からないことだ。


「い、今、何してた?」


 ……どこの誰だよ! しかも、見た感じボーッとしてるだけだろ!


 自分で自分にツッコミつつ、気の利かなさに流石に嫌になる。


「あ、いや、その、だな……」


 訂正の仕方さえ分からない。馬鹿な頭で必死に考えていた。すると、幸奈はクスリと笑った。


「祐介、どうしたの? なんか、変」


「いや、今、何してたのか気になって……」


「それ、二回目。やっぱり、変だよ」


 クスクス笑う幸奈。そんな幸奈に本当に言いたいことがなんなのか分からない。


「今ね、待ってたの」


「な、何を?」


「祐介がこーやって話に来てくれるの。今か今かってずっと待ってた……だから、嬉しい……」


 少しだけ照れたようにしながら口にする。そんな幸奈を見て、何故か照れてしまった。


「どーしたの? 祐介、赤いよ? 保健室、行く? 付き添おうか?」


「だ、大丈夫だから。あのな、幸奈」


「うん」


 幸奈が僕と一緒にいたいと思ってるかなんて分からない。ものすごく痛い自意識過剰かもしれない。


 でも、もし、少しでも幸奈が僕といたいって思ってくれてるなら――


「今日も春のやつ、彼女と弁当食べるらしくてさ。僕一人なんだ。それで、その、幸奈さえ良かったら……一緒にどう?」


「うん……!」


 断られたらどうしようかと一瞬怯んだけどそんな必要なかった。幸奈は小さく返事して頷いてくれた。


「じゃ、じゃあ、また後でな」


 僕は席に戻った。椅子に座ると一気に脱力感が現れる。なんでだろう、身体が震えてる。昨日、幸奈を助ける時より緊張した。


 春はそんな僕を見てニヤニヤと笑みを浮かべる。


「……なんだよ」


「べっつに~」


「あっそ」


 それ以上、何も言わなかった。多分、春の考えてることは僕のことだ。たどたどしい僕が情けなかったんだろう。


 笑いたきゃ笑っとけ。情けないって一番感じてるのは僕自身だし。


 でも、そんな情けない僕にも満足していた。幸奈を自分から誘えた……その事実に少しだけ僕の中の何かが変わったような気がしたから。

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