第56話 大事な幼馴染―幸奈side―
「明日からは大人しくしないとな」
私の手を優しく引きながら歩くゆうくんが口にした。
そんなの分かってる。頭の中じゃちゃんとゆうくんに迷惑かけないようにしないとって思ってる。
でも、無理だよ。出来そうにないよ。
だって、今だってずっとゆうくんへの気持ちが強くなり続けてるんだもん。明日からも、学校でもずっと側にいたいって思っちゃうんだもん。
今日、私が告白されたのは予想外だった。いつもは、手紙で呼び出されて、誰もいない場所で静かに告白される。でも、今日は人が見てる中で直接放課後にって呼び出されて、告白された。
私はゆうくん以外の人と付き合ったりしない。だから、今までの告白も全て断ってきた。
そして、それは、今日も同じ。
興味のない告白をすぐに断って帰ろうとした。
でも、今まではすぐに帰してもらえたのに今日の相手はとてもしつこかった。楽しさ本意で見に来てた観衆の力も借りてなのか私を中々帰そうとしなかった。
しつこく何度も誘ってくる……大嫌い。
だんだんムカついてきたけど、表情は崩せない。だから、丁寧に断るしか出来なかった。
そしたら、突然私の腕を掴んできた。
振りほどこうとしたけど力で勝てるはずがなくて出来ない。嫌だった。
そんな時、『止めろ』って言ってくれる声がした。誰だろうと思ってると隣の席の子だった。
助けてくれるなら感謝くらいはした。教室で話しかけられたら、返事くらいはしなきゃとも思った。
でも、その子も私のもう片方の腕を掴んできた。
悪寒が走った。吐きそうになった。
私の身体に触れていいのはゆうくんだけ。なのに、今、私はゆうくん以外の人から触られている。
嫌だ。汚い。怖い。痛い。気持ち悪い。
周りもザワザワはするけど誰も助けてくれない。友達もいないから仕方ないけど、誰かに助けてほしかった。
柄にもなく、泣きそうになった。
そんな時だった。いきなり、両肩に手を置かれた。強いのに、痛くしようとしてるんじゃなくて、どこか安心する力。
そして、気づけば身体を後ろに引っ張られていた。驚きながら顔をあげるとゆうくんだった。ゆうくんが私を助けてくれたんだ。
ゆうくんはいっつもそう。私が本当に悲しい時や困ってる時、助けてほしい時は必ずきてくれる。そして、私を守ってくれる。
昔、白くて冷たい肌と長い黒髪が怖いという理由でいじめられた。オバケだの、雪女だの言われて泣いていた。今思えば、しょうもないことだけど、子どもだった私は悲しくて仕方なかった。
でも、その度にゆうくんが守ってくれた。いじめっ子達を蹴散らしてくれた。私はそんなゆうくんに泣きながら甘えるしか出来なかった。幼馴染として、ゆうくんを頼りにしていた。
その時からゆうくんが好きだった。でも、それは、幼馴染としてずっと一緒にいたからで、異性としては見てなかった。
そんな思いがある日きっぱり変わった。
小学五年生の時、お楽しみ会で劇をすることになった。私はお姫様役に選ばれてしまった。演劇なんてしたことない。お姫様をやりたいって言ってた他の子もいた。なのに、私が『可愛い』『衣装が似合う』とかいう理由だけで選ばれてしまった。
目立ちたくない私は嫌だった。でも、周りの空気が断れるようなものじゃなかった。
そんな中でゆうくんだけが違った。
ゆうくんは誰にも流されないでちゃんと決めた方がいいって言ってくれた。その結果、私はお姫様役をやめることになって、やりたいって言ってた子がお姫様役になった。
その時からだ。ゆうくんを異性として――幼馴染じゃなく、一人の男の子として見るようになったのは。
「ねぇ、祐介」
「なんだ?」
「五年生の時、お楽しみ会があったでしょ」
「ああ」
「あの時、お姫様役になりそうだったのを祐介がちゃんと決めた方がいいって言ってくれたでしょ? どうしてなの?」
たんに平等主義なだけなのか。それとも、お姫様役になりたいって言ってた子が好きだったのか。ゆうくんはどっちなの?
「だって、幸奈目立つの嫌いだろ? それに、困ってるようにも見えたから」
……っ、こーいうところがゆうくんはカッコよくてズルい。目立つのが嫌いって誰にも言ってないのに。なのに、ゆうくんは言わないでも気づいてくれる。普段は鈍感なくせに、気づいてほしいことには気づいてくれる。これ以上、胸をいっぱいにさせないで。
考えることなく答えるゆうくんが少しだけ恨めしかった。私はこんなにもゆうくんを想ってるのに……ゆうくんはそんなこと知らないで当然のようにいる。本当にズルい。
「ねぇ、祐介」
「ん?」
「ありがと」
「それは、さっきも聞いたけど……」
「言いたくなったの!」
ゆうくんは気づかなくていいよ。いつか、気づかせてみせるから。だって、私はゆうくんの大事な幼馴染なんだもんね?
ゆうくんは多分、気づいてない。自分でとんでもないことを口にしていることを。
私に告白してきた人が諦めないとか言った時、ゆうくんは言ってくれた。大事な幼馴染に近づかれると困るんだって。
多分、ヒートアップして無意識に出ちゃっただけ。でも、無意識って心の底ではそう思ってくれてるってことだよね?
うん、そうだよ。そうとしか考えられないよ。なにより、私が嬉しかったからそーいうことにしとくの!
そして、いつかは言うの。私もゆうくんを大事な幼馴染だって思ってることを。そして、それ以上に想ってるってことを。
だから、今はちょっと攻めるだけにしておこう。私の気持ちが爆発しないようにするためにもギリギリの範囲で。
「……っ、ど、どうした?」
「ん、なにが?」
ゆうくんは歩くのを止めてこっちを見てきた。ちょっと、頬っぺたが赤くなってる……可愛い。
「いや、て……手を握る力、強くなってないか?」
「そんなことないよ?」
嘘だけど。意識してほしいからきゅって感じからぎゅぅって感じで強めたけど。あくまでも、ゆうくんの気のせいにする。ずっと、ドキドキさせられっぱなしだし、お返しだよ。
「祐介、そんなに意識しちゃってるの?」
「ば、馬鹿。そんなはずないだろ」
焦ってる焦ってる。ふふ、楽しい。
「なんなら、腕組みしながら帰る?」
「へ、変なこと言ってないで帰るぞ!」
あーあ、前向いちゃった。でも、いいや。私も自滅して、熱いし。
ゆうくんは歩くのを再開した。
それでも、私に合わせてくれるんだね。
からかったのにゆうくんは私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれた。そんな、小さい思いやりにもいちいち胸が締めつけられる。
ゆうくん……大好きだよ。
少しだけ恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちを織り混ぜながら、私達は小さい頃のようにしたまま帰った。
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