第75話 姿を見せない幼馴染メイド②了
金曜日、幸奈はまた学校に来なかった。
今日は風邪で休むとのそうだ。先生が出席確認をしている時にポツリと呟いたのを聞き逃さなかった。
けど、本当は風邪じゃないと知っている。当然だ。昨日、聞いたのだから。
学校には来なくてももしかして『ぽぷらん』になら……そう思い、少しだけの期待を込めて向かった。
だが、やはり幸奈はいなかった。
見知らぬメイドさんにお馴染みの挨拶をされ、席に案内され注文をとられる。いつものように同じメニューを頼み、出来上がるのを待っている間、そのメイドさんと適当なことを話す。
しかし、どれだけそのメイドさんと話していても会話の内容は一切入ってこない。いないと分かっているのに幸奈を探してしまうのだ。
正面に座るメイドさんに申し訳ないと思いながら、右に視線を泳がせ、次に左へと視線を泳がせる。それを何度も繰り返す。
幸奈ほどの綺麗な黒髪なんて見つからなかった。もしかしたら、他のお客の相手をしてるのかもしれない……そんな考えも抱くが見事に粉砕される。
段々と楽しくなくなってくる。こんなのここで幸奈と出会った日以来だ。
……って、馬鹿だな、僕も。あの日は幸奈がいたから楽しくなかったのに、今じゃ幸奈がいないから楽しくないなんて。
思わず自嘲的に笑ってしまった。ふと、前を見るとメイドさんは苦笑いを浮かべていた。
ふざけた客でごめんなさい……あなたは悪くありません。
そんなことを思っていると深雪さんがやって来た。前に座るメイドさんにゴショゴショと何か内緒話をしている。と、次の瞬間、メイドさんは立ち上がってホッと安堵の息を吐いた。
そして、深雪さんに『後はお任せします』と言い残し、頭をペコッと下げてどこかへ行った。
「ここからは私が相手するよ」
「なんか、すいません……」
「あはは。いいよいいよ。あの子も困ってたしね。私はそんなことないから」
深雪さんは気にすることないよという風に笑ってくれたがいたたまれない。完全に迷惑をかけている。
「で、怖い顔してどうしたの?」
「幸奈とちょっと……」
「ケンカでもしちゃった?」
「ケンカというか……」
遠回しに告白された……なんて、勝手に言っていいんだろうか。いや、よくない。幸奈の想いを僕が勝手にペラペラ話していいものじゃないんだ。
「ちょっと、気まずくなったというか……」
「そっか。だから、幸奈ちゃん今日は連絡もなしに休んでるんだね」
「えっ……」
深雪さんの言葉を聞いて疑問が浮かんだ。
連絡もなしに休んでる……?
幸奈は月曜日と水曜日に働いてるって言ってた。最近は、気にもしてなかったけど金曜日は誰かの代わりに働いてるものだと思ってた。
なのに、連絡もなしに休んでるってどういうことだ?
「あの、深雪さん。幸奈って月曜と水曜に働いてて、ここ最近の金曜は誰かの代わりだった……とかじゃないんですか?」
そう訊ねると深雪さんはしまったという風に口を手で塞いだ。その様子からして、何かを知っていると確信した。
「深雪さん。知ってることがあるなら教えてください」
深雪さんは渋っているようだったけど、僕の目を見て堪忍したのか両手を上げた。
「あのね、こんなこと私が言ったらダメなんだけどね……」
「大丈夫です。だいたいはもう知っているので。幸奈の気持ちも……」
「そっか……。祐介くんがここで幸奈ちゃんと初めて会った日は私が代わってってお願いしたから。それは、前にも言ったよね」
頷いて答えた。それを合図に深雪さんは続けた。
「で、私ね幸奈ちゃんの態度を注意したの。毎週来てくれてるご主人様だから、いくら恥ずかしくても態度はちゃんとしてねって。そしたら、幸奈ちゃん驚いてね。次の週に隠れて祐介くんのこと見てたの」
そんなこと全然知らなかった。いや、知るはずがないのは当然だけど……。裏でそんな動きがあったなんて……。
「で、祐介くんが本当に来てるんだって知ってね、幸奈ちゃんシフトを変更してほしいって頼んできたの。面接の時にどうして働きたいのって訊いたら、好きな人がメイド喫茶が好きだから……って照れて言ってたの知ってたからね」
私の中で全て繋がったんだと言う深雪さん。しかし、その先のことは言わなかった。幸奈のためを思ってか、それとも僕のためを思ってなのか。分からないけど、気を遣ってくれているんだと感じた。
「そうだったんですか……」
つまり、幸奈が金曜日にいたのは僕に会うためだった……って、ことでいいのだろうか。そもそも、幸奈が働きだしたのも僕のためらしいしそういうことでいいんだろう。
……っ、幸奈はやっぱり馬鹿だ。僕のために自分の時間を犠牲にして。でも、そこまでしてでも僕と……。
付き合う付き合わないは今は放っておく。それを抜きにして、僕は幸奈の気持ちと向き合わないといけない。幸奈が僕ともう一度仲良くなりたいと思って行動してくれていたのだから。
「深雪さん。ありがとう」
「うん。なんか、お礼言われるのも変な感じだけど……私が余計なこと滑らしたせいだしね」
「いや、そのおかげではっきりしなきゃって思えましたから。深雪さんが悪いことはないです」
「ふふ、ありがとね」
深雪さんはまた頭を撫でてくれた。それが、とても心地よくて安心する。
「じゃ、そろそろ出来たと思うから。待ってて」
その後はいつものように過ごした。深雪さんと他愛のない話をして、オムライスを食べて店をあとにした。帰り際、深雪さんから頑張ってねと握り拳を作りながら言われた。
とにかく、幸奈と会わないといけない。
会って、ちゃんと話さないといけない。
そのためにも――僕一人じゃ無理なことがある。だから、協力してもらおう。
僕はスマホを取り出した。LEINのアイコンをタップして、数少ない友達の一人を選ぶ。
マンションに向かいながらコール音を耳にする。少しして声が聞こえた。
「どうした?」
「春。明日、暇? 暇だったら協力してほしいことがあるんだ」
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