第74話 姿を見せない幼馴染メイド①
幸奈の欠席理由……それが、先生から語られることはなかった。と言うより、先生すら欠席することを知らなさそうだった。多分、連絡をせずに無断欠席したのだろう。
そして、その原因は大きく僕にある。
女の子には絶対言ってはいけない言葉……気持ち悪い。それを、言ってしまった。
一日経って、少しばかり冷静になったからこそ昨日より後悔してる。なんで、言ってしまったんだと。でも、その理由は自分でも分かってる。感情がグチャグチャでどうしたらいいか分からなくて、つい口走ってしまったんだ。
幸奈は僕のことを好きでいてくれてる。好きな相手から気持ち悪いなんて言われたらどう思うか。
多分、スゴく傷ついたはずだ。
そんなこと少し考えたら分かるはずなのに……。僕は馬鹿だ。
あの時、幸奈がどんな顔してたかも思い出せない。僕はとんだ大馬鹿野郎だ。
「幸奈ちゃんどうしたんだろうな……心配だな」
春が呟いたようにしたのにも答えることはなく、ただ黙って俯いていた。
学校を終えて、重い足取りで帰る。階段を登って、自分の部屋の前まで行きチラッと幸奈の部屋の方を見た。
ちゃんと話をしたい。でも、多分、今はそんなタイミングじゃないはず。鍵を取り出そうとした瞬間、幸奈の部屋の扉が開いた。
幸奈!
期待してそっちを見た。
だけど、中から出てきたのは全くの別人だった。
「祐介くん」
「おばさん……」
出てきたのは幸奈のお母さんだった。長年会っていないけど、幸奈を大人にしたような美しさがあるから間違えることはなかった。
「久しぶりね。元気だった?」
「はい……」
気まずい。幸奈から話を聞いたのかな。それで、僕を攻めるのかな。そんなことばかりが頭を巡る。
「あの……どうしてここに?」
「学校からね、電話があったの。幸奈がまだ学校に来てないけど何かあったのかって。それで、心配になってね」
「そうだったんですか……」
やっぱり、幸奈は無断欠席をしていたらしい。今まで、そんなことしなかった娘がいきなり不良みたい行動すると親として心配するよな。
そして、その原因は僕だ。謝らないと。
「あの……ごめんなさい!」
僕は頭を下げた。てっきり、娘を不良みたいにしてと怒られるものだと思った。
しかし、幸奈のお母さんから言われたのは顔を上げてとのことだった。
「祐介くんが謝ることないのよ」
「でも……」
「幸奈からね何があったか全部聞いたわ。多分、謝らないといけないのは私の方なの。私が祐介くんのお母さんにあの頃の幸奈のことを話しにいったのがいけなかったの」
「それを言うなら僕の母さんが一番悪いんですよ。提案したのは母さんなんですよね?」
「そうだけど。でも、祐介くんのお母さんは幸奈のためを思ってのことだから。悪いのは私」
「いや、そうさせてしまった僕が悪いです。幸奈の気持ちに気づけなかった僕が」
「ううん、私」
「僕です」
それからは、しばらく悪いのは自分だという言い合いをしていた。悪いのは私。悪いのは僕。その言葉を何度聞いて、何度言っただろう。分からなくなった時、不意に幸奈のお母さんが言った。
「きっと、この一件に関してみんな悪くてみんな悪くないんだろうね。悪いのを決めていたらキリがないもの」
「そう、ですね」
言う通りだ。誰が悪いのかを決めるには振り返らないといけないことが多すぎる。
「こんなこと母親が言うのはずるいと思うんだけどね幸奈の気持ちは本物なの。あの頃は毎日祐介くんのことで泣いててね。それだけ、あの子にとって祐介くんは大きい存在なの」
答えれなかった。なんて答えたらいいのか分からなかった。 どれだけ頭を働かせても最適解が見つからなかった。
黙っていると幸奈のお母さんは続けた。
「答えられないよね。ごめんね」
「すいません……」
「あの子はちょっと方向を間違えてるのかもしれない。けど、あれが今のあの子が出来る祐介くんへの愛情表現なの。祐介くんへの気持ちは今もずっと変わってないままなの。それだけは分かってあげて?」
少しだけ愁い表情を浮かべながら、申し訳なさそうに口にされる。そんなことは全部もう分かってる。幸奈がツンツンしてたのも、デレデレしてたのも、僕に対して積極的に密着してきたのも……全部、僕への愛情表現なんだって昨日知ったから。
「それは、大丈夫です。ただ、僕の中で上手く整理出来なくて……すいません」
「そうだよね。じゃあ、この話はもう終わろっか」
幸奈のお母さんは昔から優しい。よく気がついて思いやりのある人。何年経ってもそれは変わっていなかった。
「あのね、いくつか質問してもいいかな?」
「いい、ですけど」
いきなりなんだろうと思っていると質問の意味もよく分からなかった。
「雨の日、捨て猫がいるとして祐介くんはどうする? 拾う? 黙って見過ごす?」
雨の日? 猫? いったい、この質問の意味はなんだ? 心理テストか?
よく分からないまま答えた。
「拾いますね」
「そっか。じゃあ、次ね。その猫と一緒に暮らすようになりました。その猫は少々ヤンチャで部屋の中を滅茶苦茶に散らかしました。祐介くんはどうする?」
「怒ってから……片付けます。捨てたりはしないと思います」
「そっか。じゃあ、最後の質問ね。その猫がとても祐介くんに甘えたがってます。どうする?」
「そりゃ、甘えさせてあげますよ。それで、猫が幸せになるなら存分に」
そう答えると満足そうに優しい笑みを浮かべながら『ありがとう』と言われた。僕にはまったくもって何も分かってないけど『どういたしまして』と言った。
「幸奈、風邪はもう治ったみたいだからそれは心配しないでね」
質問を終えて、そろそろ別れようとした時に言われた。風邪は治ったことにホッとした。
「分かりました。それじゃ――」
「あ、祐介くん」
呼び止められ、振り返った。
すると、あるものを渡された。
「これ……」
「一応ね。祐介くんは安心出来るから。幸奈には内緒だから。もしもの時は……ね?」
幸奈のお母さんは口許に人差し指を当てながら言ってくる。
「……はい」
僕は頭を下げて部屋に入った。
そして、渡されたものを大切にしまった。
幸奈のお母さんと話したことで心は幾らか軽くなっていた。
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