第73話 幼馴染メイドの告白を受けて僕は……

 幸奈から告白された。

 それは、俗に言う『好き』……ではなく、僕のことが好きだから色々と手を回してこの環境を作ったということだった。


「えっと……つまり、幸奈は僕のことが好き……ってこと?」


 自分でこんな質問するとか頭の痛いやつとしか思えない。幸奈は僕を見ながらコクンと頷いた。


 頬が熱くなるのを感じた。

 幸奈が僕のことをずっと好きでいてくれたことは嬉しい。


 でも、素直には喜べなかった。


「それで、幸奈は僕ともう一度仲良くなるために僕の未来を奪ったってことか……?」


「そ、そんなつもりじゃ……」


 幸奈は焦って何か言おうとしたが僕がそれを許さなかった。


「なにがそんなつもりじゃないんだ?」


 自分でもどうしてこんなに苛立ってるのか分からない。ここで、僕も幸奈のことが好きとか言えばあえてハッピーエンドで終わる。


 でも、僕が抱いていていた気持ちは今はもうなかった。


「幸奈……お前はな、自分の勝手な都合で人間一人の色々な可能性を奪ったんだよ」


「……っ!」


「いいか。僕は別にこの高校に来たこともこのマンションで住んでるのも幸奈と今こうして話しているのも後悔はしない」


「じゃあ……」


「でも、僕にはもっと別の未来があったかもしれないんだ。あの時、幸奈が離れなかったら僕達は今頃違う関係だったかもしれない。そしたら、ここじゃなくてどこかもっと良い高校に通ってたかもしれない。考え出したらきりがない」


「そ、そんなの必要ないよ……」


「幸奈がよくても僕には必要あるんだよ!」


 柄にもなく、少し大きな声を出してしまった。そのせいで、幸奈はビクッと肩を震わせ縮こまった。


「僕はな、幸奈の未来を潰したんだ」


「どういう……」


「幸奈。お前、もっと賢い高校行けたんだろ?」


 幸奈は答えない。でも、答えないことが答えだった。


「今はな、どこを卒業したとかの外見よりもその人自身を見る中身が大事だって言われる時代だ。でも、まだ外見だけで判断する企業とかが多いんだ」


「ど、どうして、仕事の話なんてするの……?」


「幸奈が分かってないからだ。将来、もし幸奈にどうしてもやりたいことがあって、でももっと良い高校を出てないと無理とか言って断られたらどうする? 諦めるのか?」


「諦めるよ……」


「僕は諦めてほしくないんだよ。結局、僕や幸奈がどんな道を歩いてどんな結末に辿り着くかなんて誰にも分からないことだ。でも、その色々な可能性があるのにそれを自分で潰すようなことをしてほしくないんだよ」


 これは多分、幸奈と同じ。幸奈がしたように相手の気持ちを考えないで自分の一方的な気持ちをぶつけてるだけの行為だ。幸奈の気持ちを考えないで僕の感情を怖がらせるように怒って言ってるだけの最低な行為だ。

 しかも、僕が言ってるのは的を外してる。もしもの話なんてし始めたら何も出来ない。


 でも、言わざるをえなかった。僕にも僕なりの気持ちがあるから。


 幸奈に避けられて無視され始めた時は流石に傷ついた。僕が知らない内に何かしたんだろうと思って謝りに行ってもいつも居留守を使われた。

 ああ、僕は知らない内にそんなに幸奈を怒らせるようなことをしたんだなと自分で呪った。


 そして、幸奈が僕から離れていくことで幸せなら仕方ないと思ったんだ。もう諦めてたんだ。


 幸奈とはずっと同じクラスだったから変に目立ちそうなこともやめて、ひっそりと生きていこうと決めた。僕が目立って幸奈の気分を悪くさせたくなかった。幸奈の中から僕を完全に消去しようと振る舞ったんだ。


 そう……僕はあそこで腐れ縁を終わらせる気持ちだったんだ……。


 それなのに、幸奈は僕とのためにこんな無茶をした。僕の気も知らず。それが、僕は許せないんだ。


 そして、何よりも許せないのは幸奈の気持ちに気づかなかった僕自信だ。あの時、少しでも異変に気づいていて、無茶をしてでも幸奈の手を掴んでいたらこうはならなかった。後悔してもしきれない波が襲ってくる。


「……だって、しょうがないよ。こうまでしなきゃ、ゆうくんとは今も話せてなかったんだよ?」


 幸奈はポタポタ泣いていた。幸奈を泣かせたら許さないとか言っておきながら僕が泣かせてしまった。最低だ。

 それでも、もうブレーキは踏めなかった。


「そんなのいつでもなんでも声をかけてくれたらよかっただろ」


「どうやって? どうやって声をかけたらよかったの? 自分から離れたくせにどうやってゆうくんと話せばよかったの? その鈍感な頭で教えてよ……」


 そんなの僕だって分からない。分かってたら、どれだけ幸奈に避けられても諦めずにいたから。


「……ねぇ、ゆうくん。エッチなことしよ」


「……は?」


「エッチなことして全部忘れよう? それで、仲直りしよ?」


「なに、馬鹿なこと言って……」


 幸奈は何も言わずせっせと服を脱ごうと動き始める。腕を挙げて、もう片方の手で服を引っ張る。真っ白い幸奈の腹部が目に入った。


 その瞬間、無意識に怒鳴っていた。


「幸奈っ!」


 それでも手を止めない幸奈は上半身の肌を大量に露出させた。僕は見ないようにそっぽを向く。


「見て、ゆうくん。もうちょっとだよ。今、下も脱ぐからね。そしたら、ゆうくんの好きにしていいから」


 それを聞いて僕は無性に悲しくなった。幸奈はここまで変わってしまったんだと……。


「頼む、幸奈……」


「我慢出来なくなったの? 待っててね。すぐに――」


「違う! 頼むから……そんなことしないでくれ」


「ゆうくん……こっち見て話してよ……」


「……ごめん。今、幸奈と話せる気しない。帰る」


 部屋を出ていこうとした。それを、止めようとするように腕を伸ばす幸奈だけどそれすらも見たくない。


「待って……」


「……今の幸奈、怖い。それに、気持ち悪い。近づかないでくれ」


 言い残すようにして逃げ出した。


 自分の部屋に戻ってもいたたまれない気持ちでいっぱいいっぱいだった。


 女の子に向かって気持ち悪いなんて絶対に言ったらダメな言葉だ。それでも、言ってしまった。


 幸奈は僕のことが好き。

 それ自体はスゴく嬉しかった。


 あんな姿を知らないでいたら僕も好きだって言ってたかもしれない。


 でも、知ってしまった。

 一度知ってしまったら簡単には忘れられない。


「どうしてこんなことに……」


 僕まで泣きそうだった。


 色々なことがあって、頭の中がぐちゃぐちゃで、整理が出来ない。


 明日から幸奈と顔を合わせた時にどうしたらいいのかも分からない。そもそも、合わせることも出来ないかもしれない。逃げてしまうかもしれない。


 色々なことを考えていると疲れて眠ってしまった。


 翌日、重い身体を引きずって学校に行った。

 幸奈が近づいて来たら、一先ず避けようと決めた。


 しかし、そんなことが起こることはなかった。


 幸奈は学校に来なかった。

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