第72話 幼馴染メイドは語る。全ての始まりを―幸奈side―②了

 ゆうくんと距離を置き始めた私。

 初めからいきなり離れることはしなかった。


 一緒に行こう、一緒に帰ろうと誘われても用事があるからと言って避けた。

 ゆうくんから話しかけられそうになるとわざと急いで西口の取り巻きの子の所に話しかけにいって無視した。

 そうして、ゆうくんと一緒にいる時間を減らし始めた。


 避けて、無視して、話しかけないようにして……なるべく、一緒にいる時間を無くしていった。


 ゆうくんの寂しそうな表情を見る度、胸がすごく締めつけられた。

 私の代わりにゆうくんの側で楽しそうに話す西口を見る度に涙を流しそうになった。


 でも、誰にも言えなかった。ママにもゆうくんとのことを心配されたけど、ちょっと喧嘩中と嘘を言って誤魔化した。


 そして、ゆうくんを完全に遮断した時、私は独りぼっちになった。今まで友達だと思っていた西口とその取り巻きの子達。彼女達は私をまるで存在していないものかのように扱い始めた。


 無視して、消えろ。もう、用はない。

 そう言われているようだった。


 そこで、私はようやく全てのことを理解した。彼女達は私が邪魔だったのだ。いつもゆうくんの側にいる私が邪魔で仕方なかったのだ。

 だから、友達になってと偽って利用するだけ利用して、排除できたら用済みのゴミのように捨てたのだ。


 私はこんなにも誰かを憎んだことがないくらい彼女のことを憎んだ。思ってはいけないことも何度も思った。


 でも、ゆうくんとの距離は戻せない。

 私とゆうくんの距離は完全に離れてしまったのだ。



 ゆうくんと同じクラスじゃなければまだ心もましだったかもしれない。でも、幼馴染の縁は強すぎた。

 それは、嬉しいことなんだけど嬉しさよりも辛さの方が勝っていた。


 中学校へ進学してもゆうくんとずっと同じクラスだった。三年目にもなるとまた同じクラス……そういう感想も出てこないほど当たり前のこととなっていた。


 結局、西口がゆうくんに告白したのかは分からない。でも、ある日こんな話を聞いた。


 西口はイケメンと付き合った、と。


 中学校は小学校で一緒だった人が多い。当然、西口もいる。本当に西口を恨んだ。結局、彼女がもたらしたのは私とゆうくんの仲を引き裂く……それだけだった。


 西口が誰かと付き合ったのならもうゆうくんと距離を置く必要なんてない。話しかけよう……昔のように、もう一度ゆうくんと笑いたい。


 でも、出来なかった。

 自分から距離を置いたくせに……ゆうくんを傷つけたのに、今さらどの面下げて話せばいいのか分からなかった。


 それに、ゆうくんはもう私のことをどうでもいいように気にもとめてくれてなさそうだったから。

 ある日、ノートを配っている時に指が触れてしまった。これをきっかけにまた話せるかもと思ったけどゆうくんが口にしたのは――『ごめん、姫宮さん』だった。


 名前ではなくて名字呼び……他人のように扱われたことが私の中でゆうくんとの関係が完全に終わったことを告げた。


 それからはもうひたすら泣いているだけだった。毎日、学校に行ってはトイレで泣き、家に帰ってもずっと泣き続けた。


 そんな私を見て、いてもたってもいられなくなったのかママも泣き出した。私は関係のないママまで泣かせてしまったことにまた悲しくなった。


 落ち着いてから、今までのことを全て話した。そして、今でもゆうくんのことが好きでもう一度仲良くなりたいと伝えた。


 すると、ママはすぐに行動してくれた。ゆうくんのお母さんに事情を話してくれた。ゆうくんのお母さんはゆうくんを叱るって言ってくれたけど、ゆうくんは何も悪くないからやめてと言った。


 そしたら、ゆうくんのお母さんは提案してくれた。ゆうくんと一緒の高校に行けばいいと。そして、ゆうくんを一人暮らしさせるから私もその隣で一人暮らしをしたらいいと。


 普通、ただの幼馴染の恋愛事情に大事な息子と離れ離れにはならないはず。でも、ゆうくんのお母さんは言ってくれたのだ。


 祐介には幸奈ちゃんしかいないから好きにしていいのよって……。


 その瞬間、今までも好きだったゆうくんのお母さんをもっと好きになった。将来のもう一人の母親はこの人しかいないと思った。


 そこからは決めていくだけだった。

 ゆうくんの頭でも入れそうな高校を選び、その近くで部屋が隣同士で空いているマンションを探して住む場所を決めた。


 そして、ゆうくんのお母さんはゆうくんに道を示すようにして描いたレールの上を歩かせた。もちろん、この計画は内緒だということを貫き通して。



 月日が流れ、理想の環境での生活が始まった。ゆうくんと接する機会を今か今かと待ちながらの生活は正直もどかしかった。


 せっかく、隣に住んでいるんだから押しかけて、押し倒して既成事実でも作ってやればゆうくんを私のものに出来ると思った。

 でも、ゆうくんは私が嫌いだから逃げられるとも思って止めた。協力してもらって、同棲から結婚までの道が見え始めているのに自分で壊してしまったら意味がない。


 あくまでもゆうくんから私に話しかけるようにする。そのために徹した。


 そんなある日、ゆうくんと一人の男の子が話しているのを耳にした。どうやら、ゆうくんはメイド喫茶が大好きというオタク方面に成長していた。


 ちょっとだけ……ほんのちょっとだけゆうくんのことをひきそうになった。でも、好きな人の好きなものだから否定はしたくない。


 それに、将来ゆうくんだけのメイドになればゆうくんにいっぱい愛してもらえるかも。そう思ったからメイドになると決めた。

 でも、メイドが何をするか分からない。だから、メイド喫茶でバイトしてメイドの練習をしようと思った。


 女子高生の身分で大丈夫かなって不安だったけど、面接で担当してくれた深雪さんは可愛いからって即採用してくれた。それに、健全だから法律にも引っ掛からないよって安心させてくれた。


 メイドは思ってた以上に難しかったけど、ゆうくんのためだと思って頑張った。頑張って頑張って頑張って……段々とメイドについて知っていった。でも、ゆうくんとの関係は変わらないままだった。


 ゆうくんに『私メイド喫茶で働いてるよ』って言ってもそれこそドン引きされる。そんなことは出来ない。我慢だ。


 そして、月日が流れたある日のことだった。深雪さんにどうしても外せないことがあるから勤務を変わってと頼まれ了承した。


 それが、再びゆうくんと関わらせてくれた。


 いつものように帰ってきてくれたお客様が来店し、出迎えに行った。笑顔でいつもの挨拶をする。


『おかえりなさいませ、ご主人さ――』


 そのお客様を見た瞬間、時が止まった。ゆうくんだったからだ。


 ゆうくんがどこのメイド喫茶に通っているかなんて知らなかった。たまたまかもしれない。偶然、立ち寄っただけかもしれない。それでも、やっとゆうくんと話せる……そう思った。


 それでも、いきなり好きとは言えない。ゆうくんは私がゆうくんのことを嫌いだと思い込んでるだろうし。

 だから、演じた。もっと、ゆうくんに嫌われるかもしれないけどツンツンを演じた。


 でも、関わりがもてるならなんでも良かった。それさえ、なんとかなれば後は私からドンドンいけばいいから。ゆうくんが離れようとしても縁を続けさせるから。


『おかえりな……おかえりになさいませ、ご主人様!』


 ああ、やっと……やっとだね。ゆうくん。

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