第71話 幼馴染メイドは語る。全ての始まりを―幸奈side―①

 私がこうなってしまったのは小学五年生のお楽しみ会が大きな要因――。


 お楽しみ会はみんなの頑張りがあって、大成功だった。それもこれも、全部ゆうくんのおかげ。ゆうくんが私のためを思って言ってくれたことが全てのことを上手く運ばせた。


 もし、私がお姫様役だったらと考えると今でもゾッとする。きっと、大失敗していたと思う。


 やりたいって言ってた子が頑張ったから素晴らしい劇になったんだ。


 ……でも。

 そのせいで、私とゆうくんの関係は変わった。ううん、正確には変えられたってことが正解。


 その劇でお姫様役をやりたいって言ってた子……今でも名前を忘れた日はない西口にしぐちさん。ううん、さんってつけて呼ぶのも吐き気がするくらい大嫌いなその子はいわゆるクラスのリーダー格的存在の女子だった。


 クラス委員長とかをしている訳じゃない。

 でも、自他共に認める家がお金持ちで可愛いからという理由で勝手にクラスのリーダーは西口……みたいな空気になっていた。本人も自分に自信があるからか嫌な気分にもならず何かとクラスを仕切っていた。


 私はそんな西口を心底どうでもいいと思っていた。ずっと、ゆうくんの側にいてほぼ関わることがなかったから。

 それに、それは違うと思って突っかかっても絶対にこっちが負ける。西口と対立するってことはクラスの大半を敵に回すことと一緒だから。


 西口も西口で私と関わらないようにしていたんだと思う。自分で言うのはかなり馬鹿げているけど、私もよく可愛いと周りから言われていた。ゆうくん以外から言われてもなにも嬉しくないけど、それが西口は気にいらなかったんだろう。彼女は人気を独り占めしたいような人間だったから。


 だから、何かの行事で彼女と関わることになった日は少しだけ気分が憂鬱だった。彼女は決して口にはしないけど、その作り笑いが私を嫌いと言っているようなものだったから。


 そんな彼女とお姫様役の取り合いなんて絶対にごめんだった。ゆうくんのおかげで彼女が無事お姫様役に決まって良かったと本当にホッとした。



 お楽しみ会が無事に終わって数日が経った頃だった。ゆうくんを幼馴染から一人の男の子として意識して、改めて好きだと強く感じた私はその気持ちを言えないでいた。


 言わなくても、ずっとゆうくんと一緒にいられる……なんの確信もないのにそう思い込んでいたから。


 だって、ゆうくんとは幼馴染でこれまでもこれからも変わらない……結婚の約束までしてるんだから当然。小さい私の頭の中はお花畑だった。


 ゆうくんとはずっと一緒。離れる時はトイレの時と体育前の着替える時くらい。だから、その瞬間を狙われた。


 トイレから出ると西口とその取り巻きのような子数人に囲まれた。こんなことされるのは初めてで何事かと怖がっていると言われた。


 私と友達になってよ――と。


 一瞬、何を言われたか分かっていなかった私はすぐに返事出来なかった。ボケッとしていると『嫌なの?』と言われた。


 嫌だ。友達になりたくない。

 それが、本音だった。だけど、取り巻き達の圧と何より西口の目付きが怖くて断れなかった。断ったら絶対にいじめられる……そう思った私は答えてしまった。いいよって。


 その日から私の生活は激的に変わった。

 ゆうくんの側にいると西口までやって来るようになった。毎回毎回、何かと理由をつけて私とゆうくんの時間を邪魔する。


 その頃の私にはそうしてくる意味が分かっていなかった。


 ゆうくんは私が西口と友達になったと言うと嬉しそうにしていた。そして、大切にしなよと言ってきた。


 私がゆうくん以外の子といることがないからゆうくんは心配してくれたんだと思う。


 でも……でもね。そんなの必要ないの。ゆうくんだけがいてくれたらいいの。


 心では思っていても、誰かに聞かれてまたいじめられるようになるのが怖くて言えなかった。


 そんなモヤモヤを抱えたまま過ごすようになって随分と経った。三人でいることが当たり前のようになりかけていて、そこにたまに西口の取り巻きの子達がやって来てゆうくんのハーレム状態……みたいなのが続いていたある日のことだった。

 西口から一人で教室に残っていてと言われた私はゆうくんに先に帰ってもらって放課後一人で椅子に座っていた。


 そこへ、やって来た西口。私は緩まっていた警戒心から何も警戒せずにどうしたのかを訊ねた。


『幸奈ちゃんって祐介くんの幼馴染……なんだよね』


『そうだよ』


『祐介くんのこと好き?』


 ここで、ようやく私は気づいた。

 どうして、彼女は嫌いなはずの私と友達になったのか……それは、ゆうくんに近づくためだったんだ。


 頬を赤くしながらもじもじする彼女を見て確信した。

 そして、そんな彼女に本当の気持ちを言うことが出来なかった。


『お、幼馴染としてね』


『そっか。ならさ、私に協力してよ』


『協力?』


『うん。祐介くんと二人きりにして』


『どうしてそんなこと……』


『私ね祐介くんのこと好きなの』


 嫌だ……そんなの聞きたくない。

 ズキッと心臓にひびが入ったかのように痛い。


『そ、そうなんだ』


『みんなが幸奈ちゃんがお姫様役が良いって中で祐介くんだけがちゃんと決めた方がいいって言ってくれた。あの日から、祐介くんのことが気になって仕方ないの』


 もうやめて……それ以上言わないで。

 今にも泣きそうになるのを堪える。苦しい表情を見せずに作り笑いを浮かべる。


『だから、私に協力して』


『い、いいよ』


 今から思えばどうしてあの時、断らなかったのか後悔しかしない。でも、出来なかった。本当の気持ちを知られるのが怖くて恥ずかしくて……なにより、ゆうくんに一番に知ってほしかったから。


 次の日から、私はゆうくんとの距離を置き始めた。

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