第70話 幼馴染メイドが風邪をひいて看病することになったんだが……②了
状況が分からない。幸奈をベッドまで連れていく……ただ、それだけだったはずなのに目の前の異様な光景に目を奪われて身体が動かない。動かせない。
どうして、幸奈の部屋に僕の写真が……!?
壁一面に貼り付けられた僕の写真。その写真は見覚えがある。全部、学校行事で撮られた写真ばかり。
「あ……」
ビクッとした。隣で幸奈が声を漏らしただけなのに隣を見ることが出来ない。
「さ、幸奈……」
目を釘付けにさせられているから枯れそうになる喉から声だけ出す。すると、幸奈は大きく息を吐いた。
「はぁ……バレちゃった」
そして、幸奈は無理に僕の手から逃れ風邪をひいているとは思えない早さで僕の後ろに回った。
そのまま、精一杯の力で僕の背中を押す。
普段なら、不意打ちでもされない限り押されて動いてしまうことはない。ましてや、転けるなんてもっての他だ。
でも、今は状況が違う。驚きすぎて身体に力が入っていなかった。だから、幸奈の弱い力でも僕は幸奈の部屋に簡単に押し込まれ、挙げ句足がもつれて転けてしまった。
「な、なにを……」
急いで体勢を戻そうとするも幸奈と向かい合った瞬間、幸奈が倒れるようにして覆い被さってくる。身体に乗られた僕は身動きがとれない。
「ハァハァ……ゆうくん……」
幸奈はそのまま僕を見下ろす。目をとろけさせたまま口は不気味に笑っている。幸奈の髪が頬をかすめてくすぐったい。
「ど、どいてくれ……」
「どかないよ。どくわけないよ」
幸奈は不気味に笑っているばかり。怖い。
「どかしたいなら力ずくでやればいいよ」
僕が出来るはずないと分かっているのか挑発するように言ってくる。でも、その通り。これが、知らない人なら力ずくでも抵抗してる。でも、相手が幸奈だから。幸奈だから出来ない。
「ふふ、どうしたの? やらないの?」
「出来るわけないだろ……」
「やっぱり、ゆうくんはゆうくんのままだね」
クスクスと笑う幸奈だが、どういう気持ちで笑っているのか分からない。少なくとも笑えることなんてないはずだ。
「じゃあ、キスしよっか」
「は……?」
幸奈はグッと顔を近づける。それを、条件反射で身体を動かして阻止した。
「もう、じっとしてよ。上手く出来ないでしょ?」
「な、なんで、いきなり……」
「なんでって……もう私の気持ち気づいているでしょ? それとも、口に出さないといけない?」
幸奈はまたグッと近づいて口にする。
一瞬……ううん、この部屋を見てから、僕の脳裏をよぎった幸奈が僕のことを好き……なんじゃないかっていう考えがずっと頭にある。
でも、分からないんだ。口にしてはっきりと言われた訳じゃない。僕の写真を狂喜的に貼ってあるという光景を見せられただけ。
「幸奈……僕のこと――」
幸奈はニッコリと笑った。
そして、目を閉じて静かに迫ってくる。
やっぱり……そう直感した。
逃げ出した方がいいのは確実。頭では分かってる。なのに、受け入れようとしている僕がいる。
ずっと、うるさいままの心臓がよりいっそううるささを増す。
幸奈の唇……柔らかくて気持ち良さそう。
そんな、不純なことを考えているとある記憶が鮮明に甦ってきた。
『ゆうくん。初めてのチューはロマンチックが良いね』
『そうだね』
『だから、どれだけ仲良くてもチューだけはしないようにしないとね!』
それは、黒歴史の約束をした後での会話だった。
幸奈は望んでいるんだ。ロマンのあるキスを。
「さ、幸奈、やめっ……」
こんな無理矢理みたいなキスのどこにロマンがあるのか……そう思って止めるように言おうとした。
しかし、その前に幸奈は力尽きたのかふらふらと倒れていった。
「さ、幸奈!」
解放された僕は急いで起き上がって幸奈の様子を見るが目を回しているようだった。
静かな空間でたたずむ僕は一先ず幸奈を俗に言うお姫様抱っこでベッドに運んだ。
「どうしたらいいんだ……」
こんな部屋から今すぐ逃げ出せと言う僕もいる。でも、幸奈を放っておけないと言う僕もいる。
とりあえず、さっきみたいなことをされないように距離をとろうと思った。しかし、寝ているはずの幸奈に腕を掴まれた。
無言で離そうとすると小さく『やっ!』と言われた。
寝てるんだよな……?
不安になりつつ幸奈を見るが起きている気配はない。仕方なく、その場に腰を下ろした。
「しかし、改めて見るとこの部屋怖い……」
数え切れない程の自分の写真にじっと見つめられているようで気が落ち着かない。
「あ、あれ、僕のパンツじゃないか」
いつか、無くしたと思ったパンツが幸奈のベッド近くに落ちている。
僕が幸奈にパンツをプレゼントする変態行為なんてしていない。と言うことは、幸奈が盗んだってことだ。
幼馴染が幼馴染のパンツを盗んでいる事実にゾッとした。血の気が引くとはこのことなんだと思った。
どうやら、僕の幼馴染はとんでもない方向に成長しているようだった。
「……ん」
数時間、これからどう幸奈と接していけばいいのかを考えていると声がした。
「起きたのか?」
立って確認すると幸奈が見上げてくる。
「……夢、じゃないんだよね」
「ああ、残念ながら現実だ」
「そっか……」
すると、幸奈は腕を掴む力を強めてきた。まるで、離さないようにとするように。
「幸奈……喉渇いたろ? なんかとってくるよ」
「いらない。離せば祐介逃げちゃう」
絶対に離さないとさらに力を増してくる。
「祐介幻滅したもん。気味悪いって思ってるもん。怖いって思ってるもん。絶対、逃げるよ……」
幸奈はもう泣きそうだった。
幸奈が言ったのは全部思ったことだ。でも、まだ何も分かってない。分かってないのに逃げたくはない。
「逃げないから。だから、ちゃんと離してくれ」
「……本当?」
「ああ」
頭を撫でることはしなかった。怖いと思っているのも事実だから。
堪忍したように腕を離され、僕は一旦部屋を出る。せっかく、買ってきたものも全てぬるくなっていた。
冷蔵庫にを開けて買ったものを中に入れ、中からペットボトルのお茶を取り出した。
それを持って部屋に戻る。
幸奈がお茶を飲む姿を見送り、すぅと息を吸った。
「幸奈……なんで、こんなことになってるのか話してくれるか?」
「……うん」
こくんと頷く幸奈。出来るだけ距離をとって座ると幸奈は少しだけ悲しそうな顔を浮かべた。
それを見て、胸を痛めるが仕方ない。僕だって自分を守りたいんだ。
そして、幸奈はこうなったことを語りだした。
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