第69話 幼馴染メイドが風邪をひいて看病することになったんだが……①

 幸奈の献身的?な看病のおかげか、翌日にはすっかり良くなっていた。


 学校では春がニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべながら元気になって良かったなと言ってくる。


「幸奈ちゃんとの愛の力だな」


「はぁ?」


「昨日、祐介が帰った後さ幸奈ちゃんに訊かれたんだよ。風邪の時って何が欲しいのかって。だから、適当に答えたら幸奈ちゃん急いで帰っちゃってさ」


 春は追いつかれたろ?と言いながら笑っている。本当は、つきっきりで看病してもらったけど、それを言うと色々と説明しないといけないことが増える。だから、『追いつかれた』と答えた。


 実際、昨日は熱のせいで歩くのも遅かったし幸奈は運動が得意の方だ。不審がられることは少ないだろう。


 しかし、そんなことしてくれてたんだな。


 本当に昨日は世話になりっぱなしだ。と、改めて看病してくれた幸奈のことを思い出すと胸が温かくなった。


「で、その幸奈ちゃんだけど今日は遅いな。もうチャイム鳴るぞ」


 そうなのだ。春の言う通り、もうすぐチャイムが鳴るというのに当の本人はまだ来ていない。幸奈が僕よりも遅れて来るなんてほぼないことだし、遅刻なんてあり得ない。幸奈は今まで無遅刻を貫いてきているのだから。


 だから、道中で何かあったのかなとすごく不安になるし心配になる。こんなこと、ほんの少し前までは思いもしなかったのに。


「今度は幸奈ちゃんの方が風邪ひいたりしてな」


 冗談っぽく笑う春だが、昨日一日側にいたせいで充分にあり得る話で笑えない。


 そして、それは現実だった。

 結局、チャイムが鳴っても幸奈が来ることはなく、やって来た先生の出席確認で『風邪でお休み』と呟いているのを聞いた。


 こんなことになるからとっとと帰れって言ったのに……いや、違うな。看病するって言われた時に断らなかった僕が悪いんだ。いくらボーッとしてたからって素直に受け入れた僕のせいだ。学校が終われば何か差し入れを持っていこう。



 幸奈がいない一日はなんだか変な感じだった。普段と何も変わらない時間の進みなのにやたらと遅く感じた。


 それでも、気づけば一日の行程が全て終わり下校時刻。カバンに荷物を詰め込み、急いで帰ろうとする。


「祐介」


 急いでるのに何だよと少し忙しない声で春に応える。


「なに?」


「今度は祐介の番だぞ」


 見舞品を持っていけと遠回しに言っているのだろう。直接言わないで気づかせようとしてくるのが春のいやらしいところだ。


「分かってる。ちゃんと持っていくよ」


「お、普段は鈍感なくせに珍しい。鈍感返上か?」


「うるさい。僕だって、それくらいはちゃんと分かってるさ」


「はは、また雨降らないといいけどな」


 余計なお世話だと恨めしそうに春を見てから教室を出た。


 学校を出て、マンションの近くにあるコンビニまで急いで行く。そこで、事前に田所から聞いておいた情報を元に購入し帰宅。


 幸奈の部屋の前までやって来てチャイムを鳴らした。しかし、少し待っても音沙汰はない。まるで、留守のようだ。


 寝てるか病院にでも行ってる可能性があるな。メッセージ送るか。こーいう時、幸奈と連絡先を交換しておいて良かったと思った。


 スマホを取り出し、LEINのアイコンをタップする。幸奈とのトーク画面を開き文字を打つ。


 今、チャイム鳴らしたんだけど留守か寝てる? 昨日のお返しに色々と買ってきたから、五分経っても返事なかったら取っ手にかけとくな。気づいた時にでも持ってってくれ。無理はするなよ。


 スマホを閉まって待つ。ボーッと扉の前で突っ立っているのは不審者がられてしまう可能性もあるけど、幸いにもこの時間はこの階の人達はみんな出掛けている。だから、気にすることなく待てる。


 と、扉の向こうでドタドタと聞こえ幸奈がいることが確認できた。


 ガチャッと扉が開いて顔を覗かせる幸奈。熱のせいなのか息が荒く、顔も赤い。


「ゆ、祐介……」


「よ、生きてたか?」


 幸奈は僕を見て、目をパチパチさせていたがすぐに何かに気づいたように扉を目だけ覗かせるまでに閉めた。


「……どうした?」


「祐介に汗臭い女って思われたくない」


 それだけで、察した。風呂には入っていないんだということが。でも、別に気にしない。そもそも、幸奈を臭いとか思わない。


「大丈夫だぞ」


「私が嫌なの」


 頑なに出てこようとしないので尊重する。


「じゃ、これここにかけておこうか?」


 買ってきた物が入っている袋を掲げてみせると扉が少しだけ大きく開いた。そこから、幸奈は腕を伸ばして受け取ろうとする。


 渡そうとすると扉が大きく開いて幸奈が前のめりに倒れてきた。咄嗟に腕を伸ばして幸奈を受け止めた。


 軽い。

 幸奈の身体には無駄と必要な脂肪がついていない。だから、当然ではあるが軽い。


「大丈夫か?」


「う、うん……」


 口ではそう言うも意識ははっきりしていないのかふらふらしている。息づかいもさっきより雑になっている。


「……戻れそうか?」


「だ、大丈夫……それよりも、離して」


 言われて幸奈を離す。でも、やっぱり、ふらふらで心配だ。幸奈はふらふらで壁に向かって歩いてるし。


「幸奈……ベッドまで連れてったらダメか?」


 言い方が悪かったのか、警戒してなのか、それともボーッとしてなのか、幸奈は答えずにいる。


「何もしないし手を引いていくだけだから。ダメ?」


「……いいよ。でも、私の部屋は絶対に見ないで。約束して」


「分かった」


 昨日みたいに変な気分には絶対にならないと自分に言い聞かせ、扉を開けた。幸奈の手を引いて中に入っていく。


 てっきり、汚部屋状態かと思ったけどそこまで汚くなかった。頑張ってるんだなと苦しそうにしている幸奈を見た。


「ほら、幸奈。もう――」


 部屋は見たらダメって言われてるし目を閉じて扉を開けよう。それで、僕の役割は終わりだ。


 と、そう思っていたのに僕の身体は動けなくなった。てっきり、幸奈の部屋の扉は閉められているものだと思っていた。でも、開いていた。僕が来て焦っていたのか全開だった。


 そして、見てしまった。


「なっ……!?」


 部屋の壁一面に僕の写真が貼られているのを。

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