第48話 表向きで動き出す幼馴染メイド

 ゆうくんが挨拶をしてくれなかった。


 その理由は私の隣の席にいる包村って男の子と勝負して負けたかららしい。


 消さなきゃ……呪わなきゃいけないって思っちゃった。私とゆうくんの幸せを壊すやつはそれ相応の罰を受けてもらわないと。


 でも、人の不幸を願うと自分に返ってくるかもしれない。その結果、私とゆうくんが結ばれない結果なんて迎えたら誰を憎んだらいいのか分からなくなる。


 だから、決めた。


 ゆうくんは私がゆうくんから離れていくんだと思い込んでる。でも、そんなことあるはずない。どれだけゆうくんが離れていっても、私が近づく。


 私にはそれが出来る。それが出来るだけの協力者がいる。ゆうくんは私が世間を知らないとか言っていたけど、ゆうくんは世間よりももっと身近なことを何も知らない。ゆうくんの周りで何が起こってるのか全然気にする素振りもない。


 まぬけで鈍感……。

 鈍感すぎて嫌になることもあるけど、そんなところも可愛くて好き。私を大事に思ってくれてるところなんて心臓の動きが激しくなる。


 そんなゆうくんが少しだけ悲しそうな声で『最後』って言った。


 最後になんてするはずない――最後になんてしてあげない。


 その時、そう言えば良かったけどそれはゆうくんが私を好きでいてくれてるのか分からなかったから無理だった。


 だから、思い込ませる。私はゆうくんから離れないって。多分、無茶なことをするからまたゆうくんに迷惑をかける。ゆうくんが嫌な気分になるかもしれない。


 でも、ちょっとくらいは我慢してね?

 私はゆうくんから愛してもらえないことをずっと我慢してるんだからね?


 私は制服に袖を通すと眼鏡をかけて家を出た。


 ◆◆◆◆


 翌日、教室を前にして足が止まる。


 昨日、幸奈から言われた『覚悟してなさいよ』という言葉。それに、どういう意味があるのかが分からない。


 既に机が廃棄されて居場所がないのかな? とか、黒板に『尾山祐介は姫宮幸奈の裸を見た変態』とでも書かれてるのかな? とか不安がよぎる。

 ……まぁ、後者は幸奈自身が言ってたけど、流石にないだろうと信じたい。むしろ、そうであったなら幸奈のことがまた心配になる。


 考えていても仕方がない。なるようになっているだろうと思いながら後ろの扉を開けた。


 ……うん、なんっも起こってない!


 僕が無駄に想像していたのは言葉の通り全て無駄だった。机も無事だし、黒板も綺麗さっぱりの状態。と言うか、誰も僕になんて興味がないように視線すら集まらない。


 それどころか、教室の前に人が集まってなにやら騒いでいる。なんだろうと気になりつつ席に座った。


 幸奈がなにかしてるのか?

 幸奈を囲むようにして出来ている人集り。興味が出てきた僕は春に訊いた。


「なぁ、春。あれ、なに?」


「ああ、幸奈ちゃんだけど……見た方が早いと思うぞ」


 そう言われ幸奈を見る。ちょうど、隙間から幸奈のことをうかがえた。その幸奈は眼鏡をかけていた。


「……イメチェンか?」


「さぁ。知らないけどさっきからずっとあのまんま。幸奈ちゃんも大変だよな」


 耳をすませば眼鏡をかけている幸奈に群がる人集りの声が聞こえてくる。『どうしたの?』『似合ってる!』『可愛いね!』など……男女問わずの質問に幸奈は作り笑いで適当に相づちをうっていた。


 たかが眼鏡をかけてきただけであの騒ぎよう……可愛いって特権だけじゃなく、しんどい目にもあうんだなと思いながら見ていると幸奈と目が合った。


 急いで下を向いて幸奈を避ける。そんな必要ないのに自然とそうしてしまった。


 また幸奈を嫌な気持ちにさせたかなと不安になりつつ口を固く閉じる。


 すると、春が震える声で名前を呼んだ。


「お、おい、祐介……」


 なんだろうと思い、顔を上げようとして別の声が頭の上から聞こえてきた。


「おはよう、


 聞こえてきたのは幸奈の声。

 僕の隣に幸奈が立っていたのだ。


 驚く春とクラスメイト達。

 当然、僕だって驚いている。口が塞がらないくせに上手く言葉を返せない。口をパクパクさせている状態だ。


 そんな僕の姿を見て、幸奈は頬をうっすらと赤く染めながらクスリと笑った。


「ふふ、なに池の鯉みたいにしてるの? 馬鹿みたい」


 恐らく、その笑顔は本物の笑顔だったのだろう。いつもの、みんなに振り撒いてるような作り笑いではない。楽しそうに笑う幸奈。

 その姿を周りがどうとらえたのかは分からない。ただ、幸奈から僕に挨拶をしたという驚きでざわめいた教室が静かになったのは確かだった。


「さ、幸奈ちゃんどうしたの……?」


 ナイスだ、春! と、思いながらようやく口を閉じてもう一度下を向いた。


 別に、クラスの大半が僕が幸奈を賭けたような勝負をして負けたことを知らない。知っているのはせいぜい三人で幸奈をいれて四人になるだけのこと。すぐに約束を破って幸奈に挨拶を返せばいい。だって、挨拶なんて世界中で誰でもやっていることなのだから。


 でも、出来なかった。本当に情けない。


「おはよう、春くん。祐介が挨拶してくれないから私からしにきたの」


 幸奈の言葉はあくまで冷静だ。怒りがこもってる気配もない。……と言うことは、怒ってはいないのか?


 淡々と告げる幸奈に胸を痛めながらどうしようか考えた。『おはよう』のたった四文字を口にするだけで済むこと……なのに、それすら出来ないとなれば流石に人としてダメじゃないか?


 それに、今回は幸奈からのパターン。僕からじゃない。ってことは、約束なんてそもそも意味がない。そうだ。そうだよ。


 僕は顔を上げて口を開いた。


「おはよう」


 その瞬間、一瞬幸奈が幸せにしたのは気のせいだろうか?


「誰に言ってるの?」


 はぁ?

 少し頬を膨らませてムッとした幸奈。


「ひ、姫宮さんにだよ」


「姫宮さん? いつもみたいに幸奈って呼べば?」


「ゲホッゲホッ! なっ!?」


 小首を傾げて言う幸奈に思わずむせてしまった。そして、クラスメイト達からは再び息を吹き返したようにざわめきが起こる。


 きっと、頭の中じゃ『あの二人の関係は本当になんなんだ?』という疑問でいっぱいなんだろうと思った。そして、そう思われても仕方のないことに納得がいく。


 だって、幸奈のことを幸奈と呼ぶやつがいないからだ。影で呼んでいるやつがいるかは知らない。


 春は幸奈のことを名前で呼ぶけどそれは、周りからはお似合いだと思われているからだ。本当は昔からの知り合いだからだけど。でも、それを知る人はほとんどいない。だから、スクールカーストトップとかリア充って名前同士で呼び合う……みたいな風潮で納得がいく。


 けど、僕はどう見たってどこにも当てはまっていない。だからこそ、名前で呼んでいるなんて誰も納得しないだろう。


「ねぇ、祐介。今日の私、いつもと違うんだけど分かる?」


「……そりゃ、眼鏡だろ?」


「うん。祐介が前に良いって言ってたから少しだけ変えてみたの。どう? 似合ってる……?」


 また小首を傾げて少しだけ不安そうにする幸奈。わざとやってるのかと思わせるようなあざとい仕草に不覚にもドキッとしてしまう。


 幸奈の眼鏡姿を何度か見てきたけど一度も似合ってないと思ったことはない。……要するに可愛い女の子にとって眼鏡って武器だというわけだ。


 僕はみんなの前で口にするのが恥ずかしくて頷いて答えた。だけど、幸奈は逃がしてくれなかった。


「ちゃんと口にして言って」


「……っ、よく似合ってて可愛いよ」


 ようやく紡ぎ出せたそれだけの言葉。けど、幸奈は満足してくれたように笑った。


「ふふ、良かった。じゃあね」


 席へと戻っていく幸奈。


 途端にいくつもの視線が僕に突き刺さった。嫉妬、興味……種類は様々なもの。それから逃げたくてまた下を向いた。


『覚悟』ってこのことなのか? これから、どんどんクラスの晒し者にしてあげるから覚悟してなさいってことなのか?


 それなら、よっぽどの『覚悟』が必要だなと思った。

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