第47話 バイト終わり、帰りを待ちながら座っていたのは幼馴染メイドだった

「ぜ、全科目五十点近くだと……!?」


「先輩……ヤったんすか? ヤったんすか?」


 翌日の放課後、メイド同好会にて返された試験を見せ合おうということになった。僕は幸奈のおかげで高校に入学して初めて全科目四十点以上の結果を残せた。それは、上位者から見ればカスみたいな点数だろうけど僕的には満足のいく結果だった。


 その事を幸奈に伝えて礼を言いたかった。

 でも、学校では話さないようにしていたし、昨日の約束のせいで今日は挨拶もしていない。そのせいで、急に挨拶を止めたとまたクラスメイトから不審な目で見られ気分が悪く、結果当然のように声をかけられていない。


 春も挨拶しなかったことに驚きながら『どうしたんだよ?』と訊いてきたから『気分がなくなっただけ』と答えた。


 本当はそんな気分じゃないけど口にしたことで本当にそんな気分になってしまった。


「先輩~先輩ぃ~」


「なんだよ、うるさいな」


 肩を掴んでグイグイ引っ張ってくる田所に相変わらずのウザさが今日は倍以上に感じながらぶっきらぼうに返事した。


「ヤったんすか?」


「なにをだよ?」


「カンニングっすよ!」


 僕が勉強したということを考えていないのか決めつけたように言ってくる。憎たらしい。


「勉強しただけだ」


「えぇぇーーっ! 嘘っすよ! 全科目、秋葉先輩より上なんて勉強してる全国のメガネキャラに謝ってほしいっす。秋葉先輩、呆然と立ち尽くしてるんすよ?」


「……なぁ」


「なんすか?」


「殴っていい?」


 本音だった。ただでさえ、色々なことに腹が立ってるのにこのウザ後輩ときたら益々腹立たせてくる。


「乙女に向かってなに言うんすか? バイオレンスな先輩は似合わないっす!」


 ダメだ。ここにいたら、ますますイライラしてくる。主に田所コイツのせいで!


 僕は答案用紙をカバンに詰め込むと席を立った。そして、そのまま教室を出ていこうとする。


「どこに行くんすか?」


「バイトあるから帰る」


 それだけを言い残すと教室を出た。秋葉は『じゃ、じゃあな』と小さく言っていた。


 お前はいつまで驚いてんだよ……。



 はぁ、どっと疲れた……。


 夜、マンションの階段を登りながら大きなため息が出てしまう。今日はバイト中もどこか集中出来なくてミスが多かった。迷惑かけちゃったな……。


 と、階段を登った所で息が詰まりそうになった。幸奈がいたのだ。僕の部屋の扉の前で体育座りをし、両腕の中に顔を埋めるようにしている幸奈が。


 そして、幸奈は足音が聞こえたのか顔をあげるとこっちを見てきた。その表情はどこか悲しそうでどうしてか胸が痛んだ。


「遅かったじゃない……」


「いや、まぁ……」


 答えにくい。つい先日まで普通に話せていたのに疎遠状態だった時のことを思い出してしまう。


 とりあえず、どうしてここにいるのかを訊こう。

 会話のひとつとして選んだ。


「さ、幸奈はなにしてたんだ?」


「待ってたの」


「なにを?」


「祐介を」


 淡々と答える幸奈。

 何か困ったことでもあったのか?


「なんで?」


「なんでって……それは、こっちのセリフよ。どうして、挨拶してくれなかったのよ!」


 まぁ……だいたいは予想してた。幸奈から何か言われるとしたらそのことだってことを。


「約束したから……」


「約束? 誰と?」


「幸奈の隣の席のやつ……短距離走で僕が負けたら幸奈に二度とちょっかい出すなって言われて負けた……」


 本当に情けない。幸奈の知らない所で勝手に勝負して負けて、その事を知らない幸奈に話すなんて僕はアホか?


 すると、幸奈はおもむろに勢いよく立ち上がった。


「なによそれ! 祐介は私よりも初めて話した子との約束をとるの?」


「なんで初めて話したって知ってんだよ……」


「祐介があの子と話してる所なんて見たことない。で、どうなのよ! 私よりもあの子をとるの?」


 ぐいっと近づいてくる幸奈。僕はそんな幸奈を見れなくて目を逸らした。


「男同士の約束だから……」


 なんて、馬鹿げたことだと思いながらも口にした。男同士の約束なんて言いながら、勝負のことを話してる時点でなんの意味もない。


「なにが男同士の約束よ! 馬鹿なんだから!」


「お、おい。あんまりうるさいと近所迷惑に……」


「楽しみにしてたのに……」


「えっ……」


「私は祐介から挨拶されるのを楽しみにしてたの! なのに、今日はしてくれなくて……寂しかったんだから!」


 幸奈への挨拶は幸奈から強要されたものだ。弱味を握られているし断ることは出来ない。

 でも、なんだかんだで僕も幸奈への挨拶を楽しみしていた。学校で話すことは出来ない。でも、あいさつすることで前みたいに一切関わらないという状況は生まれない。それだけで、なんとなく良いと思っていた。


 けど、小さい意地を張って勝負に負けて話すなと言われて……そんな約束、幸奈が望むなら破棄すればいい。でも、その事で今度は幸奈に何か迷惑がかかるかもしれないと思うと出来ない。


「ごめん……」


 謝ることしか出来ない。


「もういいわ。私、決めたから」


 幸奈は僕に呆れたのかくるっと後ろを振り返ってそう言った。


「なにを?」


「教えない」


 そう言って自分の部屋へと向かっていく。


 ああ、情けないからもう二度と話しかけないってことでも決めたのか。関わらないで済むなら一番だけど……嫌だな。


「祐介。明日から覚悟してなさいよ」


 学校にいれなくしてやる……とでも言いたげな強い言い方。元々、挨拶をしなかったら幸奈の裸を見てしまったことを公表すると言われていたため、そうなっても仕方がない。覚悟するしかない。


「幸奈」


「なに?」


 幸奈は振り返りもしないまま返事する。

 こんな時、何を言えばいいのかなんて分からない。ただ、最後に言おうとしたのは注意だ。


「最後だから言っとく。もう二度と部屋の前で待つなんてするなよ。こんな時間だし変質者でも出たら危ないからな」


 さっきの行動についてだ。夜遅くに幸奈みたいな可愛い女の子が扉の前であんな格好で待っていると間違いなく餌にされる。マンションは比較的安全でも危険はどこに転がっているか分からない。幼馴染としてそんな目にあわせたくない。


「大丈夫よ。ここ彼氏の部屋って言うから」


「……は?」


 心底間抜けな声が出た。でも、仕方がない。だって、いきなり彼氏でもないのに彼氏とか言われると驚くだろ?


「それじゃ、おやすみ」


 呆然と立ち尽くす僕を残して幸奈は部屋に入っていった。

 僕はしばらくその場を動くことが出来なかった。

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