第46話 何故か、幼馴染メイドをかけて勝負することになった
相変わらず運動も出来るのな……くそ、完璧人間か!
短距離走をそこらの部活をやっている人達となんら変わらない速さで駆け抜けていく春を見てため息をついた。神様って不公平だよな。勉強も運動もルックスも良いって……前世で何してたんだよ。
僕は
屈伸などをしていると上から名前を呼ばれた。
いよいよか……と、そう思いながら顔を上げると呼んだのは先生ではなかった。僕を呼んだのは幸奈の隣に座っている男子だった。その両隣にも男子が一人ずついる。
「えっと……なに?」
こんな白昼堂々とヤンキーに絡まれたような気分にさせるなよ……と思いつつ一先ずどういう用かを問う。
すると、僕を呼んだ男子が睨むようにして言ってきた。
「お前、もう姫宮さんにちょっかいだすのやめろよ!」
…………は!?
声が出なかった。いや、出せなかった。
どうして僕が幸奈にちょっかい?
その疑問が頭を巡ったが一瞬で解決できた。
ああ、なるほど。他所から見れば、僕が幸奈にちょっかいをだしてるように見えるのか。
思い返せば、食堂での件も朝の挨拶の件も視点を変えたら全て僕から幸奈に関わりをもっていこうとしてることになるのかと理解した。本当は全て幸奈から僕にってことなのに真実を知らないやつからすれば僕はただの邪魔者なんだ。
えっと……コイツ、名前なんていうんだっけ?
目を動かし、体操服に入っている刺繍の名前を読み取る。その結果、
「あのさ、勘違いしてるよ。別に僕、姫宮さんにちょっかいだそうなんてしてない」
「じゃあ、金曜日のはなんなんだよ!?」
み、見られてたのか!? どこを!?
冷たい汗が背中を流れ落ちていく気がした。妙に鼓動が早くなる。喉が枯れて声が出しづらい。
「な、なんのこと?」
無駄だと分かっていてもとぼけてみる。
「とぼけんなよ。金曜日、姫宮さんと一緒に楽しそうに教室を出てっただろ? 見てたんだよ!」
「ストーカーかよ……」
包村が見ていたらしくそれに呟いた言葉が火に油を注いだというか……余計に興奮させてしまったらしい。
「教室に財布を忘れたから取りに戻ったらたまたま見つけたんだよ」
「たまたまね……」
どこまでが本当なのか分からない。
だって、コイツは幸奈を遊びに誘って断られた男。変に気分を悪くして幸奈を無理にでも連れて行こうとしたのかもしれない。ああ、ダメだ。考え出したらきりがない。流石に、ちょっとムカついてるからって決めつけはダメだよな。
「それを言うなら、お前の方が姫宮さんのストーカーしてるだろ!」
「はぁ?」
「毎朝、挨拶だけしてって気持ち悪いんだよ。だいたい、ちょっと噂されたからってワンチャンあるとでも思ってるのか? 釣り合うわけないだろ!」
女子同士って表面上は褒め称え合って影では悪口ばっかり言うって噂で怖いって思ってたけど男子も一緒だな。幸奈にはいかにも優しいですよ? みたいな雰囲気を醸し出してる癖に僕には随分な言い様だ。
それに、そんなことわざわざ言われなくても分かってる。僕と幸奈が釣り合ってないことくらい。自分が一番理解してるわ!
「で、僕にどうしてほしいわけ?」
謝罪でもしてほしいのかと思った。それこそ、問題を大きくしてまた変に悪目立ちするのは避けたいから、謝って済むなら理不尽でも頭を下げる。
すると、意外な言葉が投げつけられた。
「俺と短距離走で勝負しろ。俺が勝ったらもう姫宮さんにちょっかいをだすな」
コイツは自分が王子様とでも思ってるんだろうか? それとも、ヒーローとでも勘違いしてるんだろうか? どっちにしろ、評判は悪いな。モテないタイプだ。
「僕が勝ったら?」
「これまで通りにしたらいい」
なんだそれ。僕にメリットなんてひとつもない。受けてやる義理もなけりゃ必要もない。断るべきだ。
でも、断れなかった。きっと、ここで断ってもまたことある毎に因縁をつけてきそうな気がしたから。そして、やがて事が大きくなって後々困るなら今受けておいて、静かに決着をつけておくのが一番だと思ったのだ。
「分かった」
「よし、なら行くぞ」
こーして、よくアニメとかである誰か一人をかけて戦う……みたいな展開が幕を開けた。
スタート位置について、合図を待つ。包村はやけに入念に足を動かしていたりした。
僕は小さく息を吸って呼吸を整える。
落ち着け……春ほど速くなくても僕もそれなりに出来るだろ? 昔、幸奈とよく暗くなるまで駆け回っていたんだから。その時に身についた力で走れば勝てるんだよ。
そして、両者位置についてスタートの合図で笛がなった。と、同時に一斉に駆け出した。
なんで、僕がこんなことしないといけないんだよ……。
愚痴たれたくても誰にも言えない。それが、なんとも苛立たせる。
誰に苛立ってるんだ? 包村にか? それとも、こんな状況にさせた幸奈にか?
分からない。分からないからモヤモヤする。
……つーか、速いなコイツ!
包村は意外にも足が速く、僕は負けた。一応、頑張ってみたものの数メートルの差で負けた。
息を荒げながら両ひざに手をついていると、僕よりも激しく息を荒げた包村がやって来る。
「お、俺の勝ちだから姫宮さんにもうちょっかいだすなよ……!」
……コイツはどうして幸奈のためにそこまで息を切らすことが出来るんだろう? 好きなんだろうか? 好きな女の子のためならなんでも出来るっていう補正があったのだろうか?
僕は黙ってその場を立ち去った。
「お、おい。聞いてるのか……」
後ろで包村がもう一度言っているがそれにも答えない。どうしてか答えたくない。
「ゆ、祐介……? どこ行くんだよ?」
僕の様子が普段と違ったのか心配したように春が訊いてくる。それに、無愛想に『水』とだけ答えてその場を後にした。
乾いた喉を潤すように水を勢いよく飲み、重たい息を上の空に向かって吐いた。そして、静かに空気を吸うと誰に苛ついてるのかやっと分かった。
「ああ、そっか。僕は僕自身に苛ついてるんだ」
幸奈とはやましい関係じゃない。友達でも恋人でもない。ただの、隣人で腐れ縁な幼馴染なだけ。
でも、僕はその『幼馴染』という一言さえ言えなかった。
言えば解決できたかもしれない……言ってたら、そうなんだってなってたかもしれない。それなのに、言わないで嫌々勝負して負けて――
「……はは、ダッセー」
明日から幸奈に挨拶をしない。そのおかげで男子は満足するのかもしれない。でも、幸奈はきっと満足しないだろう。また、理不尽な目に遭わされるんだろうな……。
やっぱり、幸奈と関わるとろくなことにならないんだと思うと自然と笑みが溢れた。嫌な笑いだと思った。
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