第49話 幼馴染メイドが何をしたいのか教えてくれ

 予想通り幸奈からの攻撃と思えるような接し方は続いた。


 休み時間の度に『授業で分からないところはなかった? 教えてあげよっか?』と言ってきたり、移動教室の度に『祐介、一緒に行こ』と近づいてきたり。


 それらの行為は端から見れば特別なことなんて何もない。休み時間のほんの一幕に過ぎない。誰も気にしない……気にならないこと。


 ただ、相手が問題だ。幸奈だからこそ、どうしても視線を集めてしまう。目立ちたくない僕はそれがとても嫌だった。


 でも、逃げてはいけない。『覚悟してなさい』と言われたから、幸奈が何をするつもりなのか分からないけど、向き合わないといけない気がした。


 そして、迎えた昼休み。春は彼女とご飯を食べるということで教室を出ていった。一人になった僕は学食でも行こうと席を立った。


 すると、またも近づいてくる者が。


「祐介、どこ行くの?」


 幸奈だ。コンビニ袋を手にした幸奈が訊いてくる。


「……学食」


「そうなんだ。ねぇ、何か買ってきてここで一緒に食べよ」


「……なんで?」


「だって、学食だとまた周りがうるさいよ?」


「いや、そうじゃなくて……」


 場所の問題じゃなくてどうして一緒にご飯を食べないといけないのかを訊いたつもりだった。でも、どうやら幸奈の中では一緒に食べることは決定しているようで春の席に座った。


「ほら、私待ってるから。早くしないと昼休み終わっちゃうよ?」


 小首を傾げる幸奈。断れそうにない空気。


「……分かったよ」


「行ってらっしゃい」


 片手を振って見送る幸奈を背にして教室を出た。廊下を走ってはいけないから早足でいく。


 なんだ!? なんだ!? なんなんだ!?

 今日の幸奈は本当に何がしたいんだ!?


 まるで、僕と仲良しだってことを周りに見せつけるかのような幸奈の行動。どんな意図があるのか……幸奈のしたいことが本当に分からない。幼馴染の気持ちが本当に理解できない。


 僕は校舎を出ると駆け足で学食に向かった。


 学食に着くと購買の方へと行き、適当にパンを購入して教室に戻った。


 そして、中に入ろうとして話し声が聞こえてきた。


「ね、ねぇ、姫宮さん。今日はどうしたの?」


「なにがかしら?」


 扉の影からソッと中を見ると幸奈と三人の女子が話していた。


「尾山くんと随分仲良さそうに見えるんだけど付き合ってるの!?」


 うぐっ。やっぱり、そう見られることもあるのか……。キャーキャー騒ぐ女子を見ながら幸奈がなんて答えるのか怖くてたまらなかった。


「ううん、そんなことないわ」


 ほっ、良かった。首を横に振りながら言う幸奈を見て安心した。


「え、そうなんだ……。じゃあ、どうして今日はあんなに尾山くんに……」


「馬鹿。そんなの決まってるじゃない。ねぇ?」


 え、何が決まってるの?

 キャーキャー騒ぐ女子の言ってることが何も分からない。


 そのまま女子達は楽しそうにどこかへ行ってしまった。


 なんだったんだと思いつつ席へ行こうとしてまた幸奈に話しかけるやつがいた。今度は男子だ。さっきと同じで三人。包村達とは違うやつ。


「姫宮さんさ~誰かと一緒にご飯食べたいなら俺達と一緒に食べようよ」


「そうそう。尾山と一緒に食べても楽しくないはずだよ?」


「てかさ、誰かと一緒に食べたいなら言ってくれたら良かったのに~」


 ケラケラと笑う男子達。他人から何を言われても別にどうでも良いんだけど流石に少しはイラッとする。


 だいたい、名前も知らないやつらからどーしてそこまで言われないといけないのか。まぁ、僕と一緒にいても楽しくないってのはその通りだけど。


 つーか、アイツ等もここぞとばかりに幸奈を誘うな。見た目はチャラいくせに根は気弱か!


「ごめんなさい。約束してるから」


「いや~でもさ、姫宮さんも誰かと食べるなら楽しい方がいい――」


「約束してるから。――あ、祐介。何してるの? 早くこっちにきたら?」


 なんか話してるのを遮って、扉の影から覗いていた僕に気づいた幸奈は席を立って僕を呼ぶ。


 ここで、引き込むのも可笑しいと思い、嫌だと感じつつも席に向かう。


「えーっと……ここ、僕の席だから」


 そう言うとあからさまにウゼェといった表情を浮かべて男子達はどこかへ行った。……僕にだけ聞こえるように舌打ちをしながら。


「さ、早く食べよ。私、お腹すいちゃった」


「先に食べてて良かったんだぞ。その、お誘いもあったようだし……」


「嫌よ。私は祐介と一緒に食べたかったんだから。それ以外の人と食べるなら一人で食べる」


 ……つまり、幸奈はアイツ等よりも僕を選んでくれたってわけ、か……?


「いただきま――どうしたの?」


「え?」


「祐介、笑ってる」


「……っ!?」


 幸奈が僕を選んでくれたことが何故だか嬉しくて自然と笑っていたようだ。


「わ、笑ってねぇよ……」


 その事を幸奈に知られたくなくて買ってきたパンを取り出すと急いで口に入れた。


「えー絶対笑ってたのに~おかしな祐介」


 誰のせいだよと思いつつパンを食べるのを早めていく。辺りに視線を向ければ、異様な光景を見るような視線を感じとれる。学食でも教室でも居心地は変わらない。気分は悪いままだ。


 でも、僕が我慢して、僕と食べることで幸奈が満足するならそれで……って、違うな。幸奈が満足するかしないかじゃなく、僕がどう思ってるか、だよな。


 気分は悪くても心のどこかで嬉しいって感じてしまってる。なんなんだろう……この心をくすぐられるような気分は。


「あ、祐介」


「なに?」


「口にケチャップついてる」


 そう言いながらスカートからポケットティッシュを取り出す幸奈。こんな時、ハンカチじゃなくてポケットティッシュなのが幸奈らしいなと感じつつ一枚貰う。


「ありがと」


 拭き取ってみると確かにホットドッグのケチャップがついていたらしい。


「もう、そっちもだけどこっちも」


「なっ……!?」


 幸奈はもう片方についていたケチャップをティッシュで拭き取ってくれた。僕は一気に身体が熱くなっていくのを感じた。


「はい、綺麗になったよ」


「や、やめろよ……もう子どもじゃないんだぞ。それに……」


 みんなに見られていて恥ずかしい。そして、男子からの殺意が込められた視線がものすごく痛い。


「なに今更恥ずかしがってるの? 昔もいっぱい拭いてあげてたじゃない」


「そ、それとこれとは別だろ……」


 てゆーか、幸奈だって耳真っ赤じゃないか……。


 幸奈は顔にこそ出していないものの黒髪の間から見える耳を真っ赤に染めていた。


「そんなに恥ずかしいなら次からは気をつけて食べること」


 それだけを言い残すと幸奈は恥ずかしさを消すためかおにぎりを小さな口でとてつもない速さで食べ始めた。


 分からない。まるで、昔のように戻った幼馴染が何をしたいのか本当に分からない。誰か、この幼馴染のしたいことを教えてくれ。

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