第55話 幼馴染メイドを救うのは幼馴染の僕しかいないらしい④了
「落ち着いたか?」
「うん」
すっかり泣き止んだ幸奈。頭を撫でられたことが恥ずかしいのか、泣いてしまったのが恥ずかしいのか分からないけど、顔を両手で隠しながら恥ずかしそうにしていた。
そんな姿を見て、こんな可愛い一面もあるんだなと思ったのは内緒だ。
「……言わないで」
「なにを?」
「泣いたこと」
「ん、分かった」
もとから、誰にも言い触らすようなことはしない。僕の中だけに留めておくつもりだ。
「ね、ねぇ……」
「なんだ?」
「ありがと……助けてくれて」
「どういたしまして」
幸奈は素直にお礼を言ってきた。珍しいこともあるもんだと思いながらデレ期なんだと確信を得る。
「よかったの?」
「なにが?」
「私と幼馴染とか言っちゃって……また、変な噂されるかもしれないよ?」
「あーー……そのことな」
幸奈と幼馴染だって言ったことがよかったかどうかは明日にならないと分からない。なんせ、掲示板とかまである学校だから。
「ま、噂は噂だからどうでもいいよ。それに、幸奈を嫌な目にあわす奴らにいちいち黙ってるのも馬鹿らしくなったし。噂してるんなら勝手にしてろってことで」
笑いながら言うと、幸奈は顔を上げて小さく笑ってくれた。
「なにそれ」
「まぁ、ちっぽけなプライド? ってやつ?」
「意味分かんない」
「分かんなくていーよ」
僕自身、言ってて意味分かってないし。ちっぽけなプライドってなんだ? ってなってるし。でも自然と出てきたんだけど……なんでだ?
「てゆーか、あれだな。今更だけど、スッゴい恥ずかしいな。ダサい助け方でごめんな」
もっと、まともな助け方があったんではないだろうかって考える。言いたいことだけ言って、とっとと逃げるように帰るなんてダサすぎる。
どっかの主人公ならもっとカッコよく助けて、気の利いた言葉を言って、ヒロインを一瞬で笑顔にするんだろう。まぁ、僕と幸奈は主人公でもヒロインでもない、ただの幼馴染だからそんなの無理だけど。
「そんなことないよ!」
「幸奈?」
「あ……えっと、えっと……ゆ、祐介はカッコいいよ……!」
「……っ!」
そんなこと言われたのは初めてだ。身体が熱い。
でも、何よりも身体を熱くさせたのは幸奈が照れながらも真剣に言ってくれたからだ。
「お、お世辞はいらないぞ?」
「お、お世辞なんかじゃないよ」
幸奈は小さく息を吸って、呼吸を整える。
「ねぇ、祐介は覚えてる? 昔、私がいじめられてた時のこと」
「あ、ああ」
幸奈は昔、よくいじめられていた。綺麗で長い真っ黒な髪が不気味とかいうしょうもない理由で。
「あの時も祐介は私を守ってくれた。今日みたいに、手を引いて泣いてる私の頭を撫でてくれた。安心させるように、もう泣かないでいいぞって言ってくれた」
さっき思い返した記憶は正しかった。
幸奈がいじめられる度に守らなきゃって思ったんだ。泣いてたら泣き止むようにしなきゃって思ったんだ。あの頃の僕は好きな女の子を守るヒーローにでもなったつもりだったんだ。
「あの時からずっと私は祐介のことカッコいいって思ってるよ……」
「そ、そっか……」
「うん!」
なんだこれなんだこれなんだこれ!?
なんか、ものすごい勢いで熱くなっていくんですけど。って言うか、絶対今真っ赤だし見られたくない。
「祐介はやっぱりヒーローだね」
「や、やめてくれ……人から言われるとめっちゃ恥ずかしい……」
「そんなことないよ。祐介はヒーローだよ」
その後、幸奈から無駄にヒーローヒーロー言われ続けた僕はとにかく穴があったら入りたい気持ちになった。むしろ、自分で掘って埋まりたい気分だった。
「んじゃ、ま、そろそろ帰るか。なんか、僕の方が無駄に疲れたし」
主にヒーロー連呼で体力削られたせいで。
日が落ち始めていることと、幸奈が少しは元気になっただろうと思い腰を上げた。
「祐介……バイト大丈夫? 今日だよね」
よく覚えてたなと感心しつつ、不安そうな表情を向けてくる幸奈に答える。
「後で休むって連絡入れるから」
「で、でも、私のせいでクビになったりしない……?」
オロオロとする幸奈。なんだか、今の幸奈は本当の意味で昔の――仲が良かった頃の幸奈に戻った気がする。
「ま、もしクビになったら他のバイト先探すから心配ないぞ。なんなら、『ぽぷらん』で雇ってもらうか。厨房なら男でも大丈夫だろ?」
「で、でも……」
「あのな、幸奈――」
安心させるように結構本気のことを言った。それでも、まだ不安そうにする幸奈に少しだけ真剣な表情を作った。
「鈍感な僕でもな、幸奈とバイトのどっちを選ぶかって言われたら幼馴染を選ぶに決まってるだろ?」
「……っ!」
「それにな、あんな状態だった幸奈をほって帰るほど僕は腐ってない」
眼鏡の奥の瞳がまた揺らいだ気がした。
僕は泣きそうになる幸奈の手を掴んで立ち上がらせた。
「全部、僕が勝手にしたこと。だから、幸奈が気負う必要ないんだよ。分かったか?」
ぽんぽんと手を頭の上に置くと嫌がるように両手で掴んでくる。でも、幸奈の口角は上がっているのを見逃さなかった。
本気じゃない……って、ことは俄然続行欲が出てくる。僕はさっきの仕返しとばかりに、幸奈の頭をぽんぽんし続けた。
「や、止めてよ……」
ぽんぽんぽんぽんぽんぽん。
「ね、ねぇ、止めてってば……」
ぽんぽんぽんぽぽん。ぽんぽんぽんぽぽん。
「もう、止めてって言ってるでしょ!」
「あはは、やっと元気になったか?」
どうやら、もう泣きはしないらしい。楽しかった反面、終わってしまって悲しい反面、元気になって良かったと思う心。忙しない。
「もう。これで馬鹿になったら責任とってもらうわよ!?」
「いいけど?」
「えっ……ど、どういう意味か分かってるの?」
急にモジモジとし出す幸奈。その頬は僅かに赤くなっていて、焦っているようにも見える。
「幸奈が馬鹿になったら僕が責任とるってことだろ?」
「そ、そうだけど……本当に?」
「ああ」
すると、幸奈はいきなり意味の分からないことを言ってきた。
「あ、あー、私、なんだか急に1+1が分からなくなったわ。馬鹿になっちゃった!」
チラチラとこっちを見てくる幸奈。なるほど、いきなり確かめられてるってことか。
でもな、幸奈。甘い。甘いぞ。舐めすぎだぞ!
「幸奈」
「は、はい!」
「1+1の答えは2だ!」
ふふーんとどや顔で答える。こんな問題、楽勝よ!
「えっと……なんの話?」
「いや、だから、幸奈が馬鹿になったら僕がちゃんと勉強教えるぞって話だろ? それ以外にあるの?」
幸奈が馬鹿になったら、幸奈から勉強を教えてもらった僕が責任をもって勉強を教える……そーいうことだと思ったけど、違うの?
「~~~っ、祐介の馬鹿! いいわよ、どうせ、こんなことだろうと思ってたわよ!」
ふんっとツンデレ化した幸奈。
突然の変化に驚いたけど、深く追及はしない方が良さそうだ。帰ろう。
僕は幸奈のカバンを勝手に持って歩き出そうとした。すると、幸奈に呼び止められた。くるっと振り返るとそこには真っ赤になった幸奈が手を伸ばしていた。
「て……手、繋いで」
思考が一瞬停止する。えーっと、なんて言った? 手、繋いで? 僕と幸奈が?
さっきまでのはあくまでも空気的な流れでのこと。それが終わって改めてとなると感じるものがある。恥ずかしいんだ。
固まっている僕に幸奈は不安そうにしながら言ってくる。
「ねぇ、ダメ……?」
そこにはもう、ツンデレ幸奈はいなかった。一瞬で消えていた。
そして、そんな幸奈の頼みを断れるはずがなかった。
「きょ、今日だけだぞ……」
逆に、僕がツンデレみたいになりながら手を差し出すと幸奈が満面の笑みを浮かべながら握ってきた。
僕はさっきと同じように幸奈を連れるようにして歩き出した。
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