第26話 休日に訪ねてくるのは幼馴染メイドだった①

「さてと、ここら辺にしてご飯でも作るか」


 僕はライトノベル『メイド喫茶へいらっしゃい』をキリのいいページまで読んで机の上に置いた。

 時間は夕方を過ぎてちょうど晩ご飯時。


 今日はなにを作ろうか……。

 そんなに難しいものは作れないけど簡単なものなら作ることが出来る。一人暮らしを初めてからずっとコンビニ飯や外食ばかりだといけないと思って料理を始めたのだ。


 明日も休みだしカレーにでもするか。

 カレーは便利だ。手軽な作業で何食分かをまとめて作ることが出来る。ライスに飽きたらうどんをゆがけばいいだけだし。


 ちょうど材料も残ってたはずだ。

 椅子から立ちあがりキッチンへ向かおうとした。

 その時だった。


 ピンポーンという誰かが訪ねてきたことを知らせる音が鳴り響いた。

 誰だ?

 自慢じゃないけど僕の部屋を訪ねてくる人なんてほとんどいない。マンション内で特別な付き合いがある訳じゃないし、友達という友達にも知らせていない。友達で知っているのは春くらいだ。


 家族の誰からも今日行くなんて連絡もないし……。

 そんなことを考えているともう一度音が鳴り響いた。


 しつこい系の人か……。

 嫌だなぁ……と思いながら玄関へ向かう。その際にも何度も音がなった。間隔を段々と短くしながら。


 そして、玄関へ着く前には音が鳴るのではなく、ドンドンドンドンと扉を強く叩く音が発生していた。


 誰か知らないけど怖いんですけど……。

 そう思いながら扉を半分開けた。


「はいはい。どちらさ――」


 僕は急いで開けかけた扉を力強く閉めた。

 すると、また何度も扉を叩かれた。


「ちょっと! どうして閉めるのよ!」


 扉の向こうにいた正体から声が聞こえてくる。


 はぁ……なんで居留守使わなかったんだろ。このまま騒がれ続けて右隣の人に迷惑かけるのもあれだし……。

 僕は迷惑そうにしながら扉を開けた。


「お、遅いわよ! さっさと開けなさいよ!」


 扉の前にはジャージ姿の幸奈が顔を青ざめた状態で立っていた。髪はボサボサのままで眼鏡をかけている――初めて隣に住んでいるのが幸奈だと知った日と同じような格好だった。


「え……な、なに?」


 どこか焦っているようにも見える幸奈におそるおそる訊いた。

 すると、幸奈は――


「は、入らせてもらうわよ!」


「あ、ちょ、おい」


 僕の許可もとらず、勝手に部屋にあがりだした。


 不法侵入で訴えるぞ!

 扉を閉めて急いで幸奈のあとを追った。



「おい。急にやって来てなんの用だ!」


 僕はリビングで立っていた幸奈に怒りながら言った。

 だいたい許可なしにいきなり部屋に入るとか……幸奈には常識がないのか?


「で、出たのよ……」


 そう答える幸奈の身体は小刻みに震えていた。


「出たって……なにが?」


 すると、幸奈はそんなにも口にしたくないのかと思えるほど苦い表情を浮かべた。


「黒くて光るキモいやつ……カサカサ音を立てる人類の敵」


 黒くて光るキモいやつ……カサカサ音を立てる人類の敵――


「ああ、ゴキブ――」


「そ、その名前を口にしないで!」


 ゴキブリという単語を口にしようとした途端、幸奈は急いで大きな声を出して否定した。


「その名前を口にしたら重罪だから。分かったわね!?」


「わ、分かったよ……。で、だからって、どうして僕の部屋にあがってるんだ?」


 そもそも、不法侵入してる幸奈の方が重罪だからな。その事、ちゃんと理解しとけよ?


「そ、そんなの行く宛がないからに決まってるでしょ!」


「いや、普通に実家に帰れよ。そんなに遠くないだろ」


「だ、ダメよ。今日はママもパパもおばあちゃんの家に行ってて帰ってこないって連絡があったのよ」


「でも、鍵は持ってるだろ? 家に入って一人でいればいいじゃんか」


「ひ、一人だと怖いじゃない。実家でも敵が出るかもって考えると無理よ」


「じゃあ、友達の家にでも――」


 って、幸奈に家に行き来する友達なんていないんだった。危ない危ない。ぼっちにそんなこと言うのは流石に可哀想だもんな。


「ね、ネットカフェにでも行けばいいだろ」


「こ、こんな時間にネットカフェなんて危ないじゃない!」


「だからって、どうして僕の所に来るんだよ……」


「ゆ、祐介しか頼りになる人がいないからよ……」


「……っ!」


 男としてそう言われて嫌な気分にはならない。上手いようにのせられているだけかもしれないけど悪い気がしない。……単純だな。


「それで、僕になにをしてほしいんだよ」


「う、うん……」


 幸奈はもじもじとなにか照れているいる様子だった。

 しかし、決意したように顔をあげると僕をキッと見つめてきた。


「きょ、今日、泊めてほしいのよ!」


「はぁ?」


 幸奈を泊める? この部屋に?


「無理に決まっ――」


「こ、断るのはなしだから。これは決定だから!」


 どうやら、幸奈の中では決定事項らしい。

 幸奈は真っ赤になりながら言ってきた。


「ゆ、祐介に断られたら私どこに行けばいいのよ? 安全で安心できる場所があるなら教えなさい。そしたら、そこへ行くから!」


 考えてみてもそんな良い場所が思いつかない。だいたい、何か言っても屁理屈を言われて粉砕されそうだし……。

 いや、だからって僕の部屋が安全なんて誰が決めた?


「……この部屋、僕がいるんだけど僕には出ていけと?」


「そ、そんなこと言わないわよ。私をなんだと思ってるのよ!」


 ワガママで女王様タイプのツンデレの迷惑な幼馴染。


「む、むしろ、一人になる方が嫌だから祐介もいなさい」


 僕がこの部屋にいてはいいようだ。

 いや、だからって、いきなり年頃の男女がひとつ屋根の下で過ごすなんて……なしだろ。

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