最終章 僕と幼馴染メイドの終わらない腐れ縁

第83話 僕と幼馴染メイドは幼馴染以上恋人未満

 改めて考えると僕と幸奈さなの関係はなんなのか?


 幼馴染? 恋人? どれも違うと思う。


 幼馴染というにはお互いの気持ちを言い合ってるし、恋人というには恋人同士になったと確認できることをお互いに言っていない。


 お互い好きだけど恋人じゃない……これすなわち、幼馴染以上恋人未満――これが、今の僕たちだろう。


 ――うん、どんな関係なのかいまいち分からないな。


 正直に言うと、今の関係はすごく楽なものである。幸奈からの重い愛を受け止めていくにはそれ相応の覚悟が必要だ。

 でも、まだ恋人同士となっていないからこそ、幸奈と付き合っていくのに必要な覚悟を備えることが出来る。多分、幸奈と付き合いだしたらそんな暇ないと思うから。……想像だけど。



 幸奈とのケンカらしきものを終えてから結構な時間が経った。七月に入り、益々日中の暑さが増し、じめじめとした汗がウザったく感じるようになってきた。


「ねぇ、ゆうくん。聞いてる?」


 身体に空気を送るために服をパタパタさせていると幸奈が不服そうに言ってくる。幸奈の話を聞かないで上の空だったのがいけないのかジト目である。


「あーごめん。暑くて聞いてなかった」


「もう。ちゃんと聞いててよ。ゆうくんのいけず」


「いけずって……」


 何歳だよ……と思いつつ、プクーっと頬を膨らませる幸奈が可笑しくて思わず顔が緩んでしまう。


「なに笑ってるの? 私は本気なんだよ?」


 どうして笑われたのか分かってないのか幸奈はぷんぷんだ。そんな幸奈をなだめるために頭を撫でようと伸びた腕を急いで引っ込めた。


 ――いかんいかん。ここ、学校だった。


 そう、まだ学校なのだ。僕一人だと誰も気にもしないだろうけど、幸奈はアイドルみたいに羨望の眼差しを向けられることもあるから簡単にそんなことしてはいけないのだ。


 僕と幸奈が幼馴染だということは知るところまで知れ渡っているだろう。幸いにも、お互いそれ以上の気持ちを抱いていることは誰にもバレてない……はずだから、教室で頭ポンポンなんてしたら新しく噂が立ってしまう。

 幸奈と恋人になったとして、知っていいのは僕が知っている人だけがいい。むやみやたらと知らない人に知られるのは嫌だ。そーいうのは大切にしたいんだ。


「ごめんごめん。今度はちゃんと聞くから」


「ゆうくん。なんだか、子ども扱いしてない?」


「そんなことないけど……」


「本当に? 私は子ども扱いしてくれても嬉しいけど……そーなったらすることしてもらわないと気が済まないんだよ?」


 なにを言ってるんだろう……。幼馴染の言いたいことが理解出来ない。


「……今度、駄菓子屋でも行くか?」


「そうじゃないよ!」


 幸奈はそっぽを向いてしまった。


「どうもすいませんでした。で、幸奈の話って……?」


 申し訳なさそーおに聞くと幸奈はこっちを向いてくれた。どうやら、そこまで本気ではなかったらしい。


「あのね、もうすぐ期末試験でしょ?」


「期末試験……」


 ――そうだよ。期末試験だよ!


 幸奈に言われてハッとした。ここ最近、色々ありすぎて忘れてたけど、ピンチじゃん。多少は中間試験で得点を稼いでおいたけど不安はまだまだ残ってるんだよ。


 僕は出来ればギリギリまで勉強したくないタイプの人間だ。だから、中間試験以降勉強なんて学校以外で一切していなかった。一気に怖くなってきた。


「ど、どうしよう……」


 頭を抱えて悩んでいるとツンツンと肩を叩かれた。


「ゆうくんゆうくん」


 見れば幸奈はニコーッと満足そうな笑みを浮かべている。なにが楽しいんだろう……僕はこんなにも焦ってるのに。


「また私が教えてあげるよ!」


「……勉強会ってことか?」


「うん!」


 幸奈との勉強会なんて一部の男子からすれば喉から手が出るほど羨ましいシチュエーションだろう。でも、僕は知っている。勉強会という本当の意味を。


「今度はなにが欲しいんだ?」


 この前は勉強を教えてもらう報酬にラーメンを奢らされた。別に嫌だった訳じゃない。ただ、事前に言われてないと幸奈の素の優しさなのか企みのある優しさなのかが分からないんだ。


「しいて言うならゆうくんとの時間、かな。ほら、勉強会してるとゆうくんと一緒にいれる時間が増えるでしょ?」


「確かにそうだけど……」


「ゆうくんとの時間が欲しいから勉強会しよ」


 そもそも、僕との時間なんて勉強会がなくても欲しいって言うならあげるつもりだ。でも、そんなんでいいのならここは潔く頼もう。


「じゃあ、お願いするよ」


「うん。あ、でも、結局教えられるのは暗記とゆうくんがどうしても分からない部分だけだから暗記は自分でもやっといてね」


「分かってるよ。一から十まで幸奈を頼ったりしない」


「よろし」


 幸奈は元気である。なにが楽しいのかよく笑うし……こう暑いのによくやるよ。


「幸奈はどうしてそんなに元気なんだ? 暑くてダルくなっちゃうだろ?」


「確かに、暑いよ? でもね、ゆうくんと一緒だと楽しくて自然と元気になっちゃうの。ゆうくんは私といて元気……でない?」


 くっ……これだ。これだよ、これ。


 幸奈は首を傾げて聞いてくる。アザといって分かってるのにいつ覚えたのか分からない可愛い攻撃が心臓に悪くて仕方ない。

 なんだよ……僕といるから元気って……。


「……今、とてつもない速さで元気出てきた」


「そっか。よかった。午後からの授業も頑張ろうね。じゃあ、チャイム鳴りそうだから席に戻るね」


 急に早口となり、いそいそと食べ終えたゴミだけが入ったコンビニ袋を持って自席へ戻っていく幸奈。その頬が赤く染まっていたのを僕は見逃さなかった。


「ん、どうした、祐介ゆうすけ。頬、赤いぞ?」


 戻ってきたはるに指摘されて急いでそっぽを向いた。


「なんでもない。暑いから」


 ぶっきらぼうに答えると春はふーんと前を向いた。きっと、僕と幸奈の頬が赤くなっているのは暑さからではない。

 それでも、誤魔化すように暑さのせいにした。

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