第82話 3章終話 いつもの日常へ
幸奈を連れて出掛けたその日の内に母さんに連絡した。母さんはすぐに電話に出た。
「……祐介、怒ってる?」
事情は幸奈の母親から伝わってるはずだ。
そのため、一応、申し訳ないと思ってるのかいつもより元気がない。
「そりゃ、怒った」
当然だ。親が子どもの道を勝手に決めていいわけがない。親として正しいことを教えるのはいい。けど、それを強制させるのは間違ってる。
「ごめんね。反省してる」
もう二度とこんな勝手なことしないようにも反省はしてもらわないと困る。
「でも、幸奈ちゃんのためだったのよ」
「あのさ、母さんにとって僕ってなんなの? 僕のためより、幸奈のためってさ親としてどうかと思うよ」
「二人とも大事に決まってるじゃない」
「じゃあ、なんで僕を――」
言い方は悪いけど捨てるような真似したんだ。って、言いそうになってグッと堪えた。
多分、母さんの言ってることは本気だ。僕も幸奈も母さんにとっては大事なんだ。
でも、だからこそ、どうして一言もなしに勝手にことを進めるようなことされたのかが気に入らない。
高校も一人暮らしも最終的に決断したのは僕。だけど、今思い返してみてもこれといっての理由なんて聞かされることなく、ここがいいここがいいって言われ続けて根負けしたようなものだった。
本当は一人暮らしなんてしたくはなかったんだ。
「確かにさ、メインは幸奈ちゃんの気持ちを尊重することだった。でも、あの頃、気づいてるか知らないけどあんたずっと家で元気なかったのよ?」
「え……」
元気がなかった……? 僕が?
幸奈が離れていって悲しかった。それはもう確認した。でも、中三には少ないけど友達もいてそれなりに楽しい時間を過ごしていたんだ。元気がないわけない。
「あんたいっつも笑ってたけど無理してたでしょ。心配かけないように作り笑いで振る舞って……母親の私が気づかないわけないでしょ」
「そ、そんなこと……」
「親が子どもの恋愛……友好関係に口を挟むなって話だけどさ、子どもには幸せになってもらいたいって思うのが親っていう生き物なのよ」
そんなこと言われると何も言い返せなくなる。そもそも、もう怒ってないからこれ以上言うつもりもないけど。
「あのさ、今度からは助言程度にして。僕はまだ子どもだから母さんの助けが必要だしさ」
「そうね。そうするわ。それで、幸奈ちゃんとは仲直りしたの?」
「したよ。ちゃんと話してきた」
「で、どう? 祐介はどう思ったの?」
僕が思ったのは幸奈のことが好きってことだ。
「……母さんに言われた通り、あの頃のままずっと好きなんだと思った」
「ふふ、私の言った通りだったでしょ?」
顔を見なくても分かる。今の母さん絶対に天狗みたいに鼻を伸ばしていい気味だって笑ってるはずだ。
「で、付き合うようになったの?」
「……は?」
「だから、幼馴染から彼氏彼女になったのかって」
……そーいえば、そこら辺の話ちゃんとしてない!
幸奈は僕のことを好きって伝えてくれた。僕も幸奈のことを好きって言った。でも、それだけ。結局、僕と幸奈の関係って今どーいうやつなの!?
「よく分からない……」
「よく分からないってあんた……」
大きなため息が聞こえた。きっと、すごく呆れられている。
「好きってことは言った。でも、どうにもなってない」
「そんなの僕の女になれって言いながらキスでもしたらいいのよ。幸奈ちゃんもそうしてほしいって望んでるんじゃないの?」
キス……という単語に反射的にプリクラ内でのことを思い出す。頬に触れた幸奈の柔らかい唇。あれが、マウストゥマウスとなったら……想像しそうになったのを急いでかきけした。
「そ、そんなのちゃんと付き合ってからじゃないとダメだろ」
「あんた……臆病ね。ま、好きって気持ちを自覚しただけ成長かしらね。頑張んなさい」
そう言って母さんは電話を切ろうとした。それを、急いで呼び止めた。
「どうしたの?」
母さんは不思議そうにしていたけど伝えないといけないことがある。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
そして、母さんは電話を切った。
幸奈とのプリクラを見る。なんていうか、幸せそうな二人がいた。僕たち自身だから惚気てるだけの馬鹿みたいだけど。
でも、そのプリクラを見てるだけで自然と笑みが込み上げてきた。無くさないように机の中に大切にしまった。
次の朝、学校へ行くと幸奈は既に登校して着席していた。周りには三日休んだこともあってか心配する群れが出来ている。
その中へ僕も入りたい……そう思うも実際に行動へ移せる訳でもなく自席に着いた。
「幸奈ちゃん元気になってよかったな」
「うん。元気が一番だからな。治ってよかった」
春との会話中もちらほらと幸奈のことを目で追ってしまう。
「……祐介も話したいなら行ってくればいいじゃん」
「いや、いい。みんなが話してる中混ざるのは邪魔だと思うし」
「そんなんいちいち気にしても意味ないだろ。みんなもしたいようにしてるんだから祐介も自由にしたらいいんだよ。頑張るんだろ?」
横から手助けがないと行動できないのが情けない。それでも、春が言った通り。少しずつでも、頑張るって決めたんだ。
「……そうだな。ちょっと行ってくる」
席を立って幸奈の元へと向かった。
幸奈との関係を今すぐどうこうしたい訳じゃない。物事には順序ってのもある。タイミングも大事だ。それでも、いつかはちゃんと言葉にしないといけない。
でも、今じゃない。
だから、今は。
「幸奈」
呼びかけると幾つもの視線が突き刺さった。男子からの視線が特に痛くて刺々しい。
それでも、幸奈を含めて群がってたみんなが静かにするなか口を開いた。
「おはよう」
長話するつもりはない。でも、みんなより幸奈の記憶に深く刻んでおきたい。そんなことしなくても、幸奈の中では僕が一番大きな存在となってるとは思うけど。
――……ヤバい、僕の頭、完全に馬鹿だ。
男子からは『挨拶くらい後にして譲れよ』みたいなのを訴えるように睨まれてるけど逃げない。周りを気にして、たじろうのはもう止めだ。
「おはよう。ゆうくん」
幸奈はとても嬉しそうに笑ってくれた。僕のことをゆうくんと呼んだことで周りがざわざわ騒いでどよどよ動揺していたけど気にならなかった。その笑顔を見れただけで温かい気持ちになれたから。
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