第53話 幼馴染メイドを救うのは幼馴染の僕しかいないらしい②

 ホームルームが終わり、いよいよ幸奈が告白される時が近づいてくる。でも、断ると聞いていた僕はどこか安心していた。だから、気にすることなく帰ろうとカバンを手にした。


「帰るのか?」


 春が言ってくる。


「今日バイトあるし早く帰ってゆっくりしたい」


 答えると春は呆れたようにため息を吐く。そして、僕の腕を掴んでどこかへ連れて行こうとする。


「ど、どこ行くんだよ」


「いいから、来い」


 そうして、連れてこられたのは校舎裏だった。そこには既に沢山の生徒がいて、何か始まりそうな空気だった。


 すぐに何が始まるのかは察することが出来た。生徒達の中心に長身で栗色の髪を整えているイケメンが立っていたからだ。


 ああ、あいつがこれから幸奈に告白するやつか……。


 見た感じ好青年だった。幸奈と隣になって歩いたらきっとお似合いのカップルだとか言われるんだろうな……って、誰目線で見てるんだか。


「な、なぁ、帰らないか? 見世物じゃないんだぞ?」


 正直、ここにいるのは居心地が悪い。他人の告白を映画のように楽しんでいる空気が嫌だ。


「分かってる……でも、気になるだろ?」


「そ、れは、まぁ……」


 断るって分かっていても気になるものは気になってしまう。結局、僕も空気に溶け込む内の一人だった。


 と、そうこうしていると幸奈がやってきたようで謎の歓声が上がる。目立つのが嫌いな幸奈にとって、それはものすごく嫌なものだろうと思いながら静かに口を閉じた。


「きてくれてありがとう」


「いえ」


「その、早速なんだけど。好きだ、俺と付き合ってほしい!」


 うわぁ……人の告白ってなんか凄いな。これだけの生徒に見られてるのに堂々としてるし……流石、イケメンは肝が座ってる。


「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」


 幸奈も幸奈で堂々と断って……少しも揺らがないんだな。それだけ、好きなやつへの想いが強いんだな。

 ……ん? また、痛いような……?


 そんなことを考えていると何故だかまた胸辺りがちくっとした気がした。


「少しは考えてくれないかな? 今週末の試合を見に来てよ。返事はそれからでもかまわないから!」


 あれ? なんか、しつこくないか? 断られたんだぞ? それとも、すぐに諦める方がおかしいのか?


「結構です。ごめんなさい」


「頼む。見に来てくれるだけでいいんだ。それで、俺は頑張れるから」


「何度言われても無理です。それに、私あなたのことを好きにはなりません」


 幸奈は少し後退りしながら断っていた。


「な、なぁ、春。よく分かんないんだけど……雰囲気、大丈夫なやつ?」


「いや、ちょっと危ないかも。まぁ、さすがにこんだけの生徒がいる前で暴力とかはないはずだから……」


 暴力って……。仮に、幸奈に手をあげたとして僕はどうする? 逆に殴りにかかるか?


 いや、そんな勇気ない。黙って見てて、なんで助けてやれなかったんだと後悔するしかない。だから、そんなことにならないためにも試合くらい見に行ってやれ。なんなら、僕だって付き添ってやるから。


「そもそも、どうして私のことを好きになったんですか? 一言も話したことありませんよね?」


「知らねぇよ。気づいたら目で追うようになってたんだ。だから、頼む」


「あっ」


 すがるように幸奈の腕を掴んだ吉野。

 肩にかけていた幸奈のカバンがドサッと音を立てた。


 幸奈は離してもらおうと腕を振っているが力で敵わないようで離してもらえそうになかった。


『私の身体に触れていいのは一人しかいないんだから』


 不意に甦る幸奈の言葉。

 沸々と怒りが沸いてくるような気がした。


 と、そんな時、別の声が聞こえてきた。


「やめろよ! 姫宮さん、嫌がってるだろ!」


 声の正体は包村だった。この告白の噂を聞きつけて見に来ていたのかは分からないけど、まるでどっかの主人公みたいな登場だった。


 あいているもう片方の幸奈の腕を掴んで助けようとしているようだった。


「お前誰だよ! 関係ないやつは引っ込んでろよ!」


「関係ないことない。嫌がってるクラスメイトがいたら助けるに決まってるだろ!」


 幸奈を挟んで自分の言い分だけを惨めに言い合う二人。周囲にいた生徒達もザワザワと騒がしくなってくる。


「お、おい、祐介。止めに行った方がいいんじゃないか? あれ、まずい雰囲気だぞ」


 重い口調で小さく言ってくる春。


 そんなのは分かってる。春に言われなくてもどうにかしてやりたい気持ちはある。


 ……でも、足が動かない。ここで、出ていったら明日からまた色々と囁かれたり何かされたりするかもしれない。そんなの嫌だ。僕は包村みたいな主人公じゃないんだ。


「春が行ってくれ。春ならあいつ等をどうにか出来るだろ?」


「……っ、俺じゃなくてお前がいけ」


「いや、無理だ。僕は主人公じゃない。ヒーローみたいな存在じゃな――」


「いい加減にしろよ! お前はそう思ってても幸奈ちゃんは違うかもしれないだろ!」


 今まで春と長い間いて、こんなにも大きな声を出すのは初めてだった。だからこそ、真っ直ぐ見られてそれを見つめ返すことが出来なかった。


「祐介が幸奈ちゃんのせいで嫌な目にあってるのは知ってる。でもさ、今の幸奈ちゃんを助けてやれるのは幼馴染の祐介しかいないんだよ!」


「……っ!」


 そうだ。幸奈は人気者だけど、それはアイドルみたいな人気でいつもひとりぼっちなんだ。周りにいてくれたら自分の評価や価値が上がる……そんな、飾りみたいな存在なんだ。だから、誰も本気になって幸奈に近づかない。だから、今だって誰も止めに入らない。


 幸奈の方を見ると今にも泣きそうな表情を浮かべていた。それを見て、僕の足は勝手に動いていた。


 人混みを掻き分けて進む。そして、気づけば幸奈の肩を引っ張って僕の方にやっていた。


「お前らやめろ。幸奈が嫌がってる」

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