第30話 休日に訪ねてくるのは幼馴染メイドだった⑤了

「なぁ、ゴキ……じゃなかった。Gのやつどうするつもりなんだ?」


「分かんないわよ」


 分かんないって……即答かよ。

 そもそも、ゴキブリをどうにかしないと幸奈がいつまでここに居座るのか分からない。いや、いつまでも居座せる気なんてないんだけど。


「一番有効そうなのはGホイホイ置いとくのだけどあの惨状だとそれも難しそうだよな」


 先ずは部屋を片付けるのが先決だな。


「言っとくけど一人で部屋を片付けるなんて無理よ」


「なんでだよ!?」


「いつどこから出てくるか分からないのに一人で片付けなんて怖くて出来ないじゃない!」


「おばさんかおじさんに手伝ってもらったらいいだろ?」


「そうだけど……。祐介は手伝ってくれないの?」


「はぁ!?」


 なに言ってるんだ?

 僕があの汚部屋を片付けるのを手伝う?

 そんな面倒なことするはずないだろ。給料も出ないのに。


「ゆ、祐介が一緒だと大丈夫な気がするから……」


 ……なんだよ、その理屈。

 チラッと見ると幸奈は上目遣いをしていた。

 ビショウジョノ、ウワメヅカイ、ズルイ……。


「……分かったよ」


「あ、ありがとう。それじゃ、早速明日にでも始めるわよ」


「はいはい……」


「あ、わ、私の部屋に入るからって変なことはしないでよ!」


「しないって……それに、片付けさえ終わったらすぐ帰るし幸奈も実家に一旦帰るんだろ?」


「え、なんで?」


「なんでって……Gホイホイ置いたからってすぐに捕まえられるわけじゃないしその間どうやって生活するんだよ」


「ここに居させてくれないの?」


「当たり前だろ」


 数日も幸奈と一緒にいるのは心臓に悪すぎる。そもそも、付き合ってもない男女が数日だったとしても同棲なんてあり得ない。


「じゃ、じゃあ、私の部屋なら……?」


「は?」


「だ、だから、その……捕まるまで私の部屋に祐介が泊まるってのは……なし?」


「なし」


「なんでよ!」


 僕の部屋に幸奈を居座せるのもなしだけど、幸奈の部屋に僕が泊まるなんてもっとなしだ。


「逆に、なんでそんなに実家に帰ろうとしないんだよ?」


「学校まで遠くなっちゃうでしょ。そのくらい察しなさいよ!」


「それくらい歩けよ!」


 ここと自宅からだと当然ここからの方が学校まで近くてその分自分の時間が出来る。でも、ぼっちの幸奈が早く学校に行ってもどうせ一人でいるだけなんだから普段より少し遅れてもなにも困らないだろ。


「ゆ、祐介こそどうしてよ。どうして頑なに私といないようにしようとするのよ?」


「いや、それこそ察しろよ。ど、同棲っぽくなるからに決まってるだろ……」


「……っ、同棲じゃないわ。お泊まりよ。お泊まり。子どもの頃何度もやったでしょ。ね?」


 頬を赤くした幸奈の言う通り子どもの頃は週末になればどっちかの家に行ってお泊まり会を開催していた。

 でも、それは子どもの頃の話。成長した今、お泊まり会なんてたまったもんじゃない。


「子どもの頃とはお互い違うだろ。それに、幸奈も言ってただろ。子どもの頃みたいに仲良くしたいなんて思ってないって。それなのに、お泊まり会なんて……あり得ないだろ」


「……っ、だけど!」


「とにかく! 明日、部屋を片付けたら一旦実家に帰ること。綺麗になれば三日くらいで捕まってるはずだから少しだけ我慢しろ。こうなったのもあんな部屋にした幸奈が悪いんだから。分かったな?」


 幸奈はおそらく納得いっていない。

 だけど、僕の言うことが的を射ぬいているということは納得したらしく残念そうに「分かったわよ……」と答えた。

 ……いや、なんで残念そうなんだよ!?


「よし、じゃあ明日に備えて早速寝るぞ」


「え、もう!?」


 時間で言えば今は二十二時過ぎだ。高校三年が寝るには随分と早い時間。僕も一人なら自由時間としてまだまだ夜更かししている。それこそ、夜はまだまだこれからだぜ! っていう深夜テンションで。

 でも、幸奈と二人で特にすることもないから起きていても仕方がない。あの汚部屋を片付けるのにどれくらい時間がかかるかも分からないし休める時に休んでいた方がいいからな。


「当たり前だろ。早く寝るぞ」


 さて、ここで問題がひとつ。

 僕の家に客用の布団なんてものはない。ベッドがひとつあるだけだ。

 幸奈を僕のベッドに寝かせるのも感じるものがあるけど、ソファで寝かせるっていうのも……。


「……ベッドかソファ、どっちがいい?」


「……ベッド」


「じゃあ、ベッドを使ってくれ。僕はソファで寝るから」


 腰が痛くなりそうだけど……一緒に寝るわけにもいかないしな。


「わ、悪いわよ」


「いや、一応客なんだし……ソファで寝させるのも悪いだろ」


「ち、違うわよ。……その、一緒にベッドに入ればいいじゃない……」


 モジモジとしながら恥ずかしそうに口にした幸奈。

 身体が石のように固まった。

 コイツは変態なのか変態じゃないのかどっちなんだ……!?


「ばばば、馬鹿なこと言うな!」


 危ない危ない。一瞬、煩悩に負けそうになりそうだった。

 僕が幸奈に感じるものなんて……。


「ぷっ、あははは。なに焦ってるのよ。嘘に決まってるでしょ!」


 嘘……。

 幸奈は楽しそうに笑っている。

 そして、ベッドまでいくと眼鏡を外して仰向けの体勢になった。

 そのまま、僕を誘うように甘ったるい声を出す。


「ほら、一瞬でも本気にしちゃった変態祐介くん。こっちにきてもいいわよ。泊めてくれるお礼に本当に一緒に寝てあげるわよ?」


 僕は黙って幸奈に向かっていった。


「なーんて、ヘタレな祐介なんかには――な、なに?」


 幸奈を黙ったまま睨むように見下ろした。

 幸奈は少しだけ不安そうにしながら見上げてくる。


「きゃっ!」


 そんな幸奈に向かって僕は両手で幸奈の両頬近くに勢いよくついた。

 そして、無言のまま顔を近づけていく。


「ちょ、ちょっと……」


 幸奈に何を言われても答えない。

 たまには少し反撃して懲らしめるのも必要だろう。誘ったらどうなるか……教えてやる。


「ね、ねぇ、どうしたの? 怖いよ、祐介……」


 幸奈の表情に段々と焦りが生じてきた気がする。そんな幸奈も可愛いと思ってしまう僕がいる。


 本当にこのまま何かやらかしてやろうか……別に僕はファーストキスの相手なんて誰でもいいんだから。

 幸奈から溢れでる女の子特有の香りがさらに惹きつける。


「ねぇ、なにか答えてよ……」


「黙れ。幸奈が誘ったんだろ」


「そ、そうだけど……」


「だったら、黙って受け入れる覚悟でもしとけよ」


 幸奈が誰を『好き』とか関係ない。

 自分の発言にどれだけの破壊力があって、意味を成してるのか考えろ。


「ごめ、ごめんなさいぃぃぃ……」


 幸奈は泣き出していた。

 瞳から溢れた涙が頬を伝っている。


「今さら謝っても遅い」


 それでも止まらない僕に受け入れる覚悟をしたのか静かに目を閉じた。身体は寒さに震える小動物のように小刻みに震えている。


 ……これくらいだな。

 僕は幸奈に覆い被さるような体勢をやめて直立した。


「ばーか」


「え……?」


 僕の声にきょとんとした幸奈がうっすらと目を開けて見上げてくる。なにもしてないのに泣いていて息が少々荒い幸奈はそれだけで色っぽかった。


「いつものお返しだよ」


 ふるふると身体を震わせる幸奈。

 この後にとんでくる言葉なんて分かってる。だから、さっさと部屋を出ようとした。


「ば、バカァァァ! 変態! ヘタレ!」


「これに懲りたら二度と好きでもないやつにあんなこと言うんじゃないぞ」


「とっとと出ていきなさいよ!」


「はいはい」


 幸奈に言われた通り部屋を出て扉を閉めた。


 ……ハァハァ。あ、危ねぇぇぇ!

 途中まで本気でキスしようとしてた。


 僕は本気で幸奈の柔らかそうな唇に自分の唇を重ねようとしていた。でも、途中で幸奈が泣いてくれたお陰でなんとか我に返ることが出来た。


 つーか、なに受け入れようとしてんだよ。本気で好きなやつがいるなら僕を蹴りとばしてでも抵抗しろよ……馬鹿。


 まだ鮮明に焼きついている幸奈の姿。

 思い出すだけで熱くなる。


 てゆーか、僕もなに馬鹿なことしてんだよ。あんなの僕のキャラじゃないだろ……。


 色々と思い返すと恥ずかしくなり、心臓がうるさく騒いでいた。


「やっぱ、慣れないことはするもんじゃないな」


 僕はソファの上で横になると眠りについた。

 どっと疲れた一日だった。

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