第29話 休日に訪ねてくるのは幼馴染メイドだった④

 僕が作ったカレーライスを前にした幸奈は目を輝かせていた。


「言っとくけど味は保証できないぞ。誰にも食べてもらったことないからな」


「そ、それって、私が初めてってこと?」


「まぁ、そうなるな。だから、不味くても文句は言うなよ」


 そもそも、自分で作って満足のいく味だから不味くはないと思うけど一応保険のためにな。


「だ、大丈夫よ。祐介が作ってくれたんだし残さず食べるわよ」


 幸奈はそう言うとスプーンをもってカレーライスを一口、口に運んだ。

 その味が幸奈にとってはどうだったのかは分からないけど頬がほころんだように見えた。


「お、おいしい。スッゴクおいしい!」


 どうやら満足いったようだった。

 僕はホッと安心して、カレーライスを食べ始めた。


 幸奈はカレーライスを口にいれる度においしいおいしいと口にしている。

 目の前でこうもおいしいと言われて悪い気がしない。自然と嬉しくなってくる。


「そんなにおいしいか?」


「おいしいわよ」


 幸奈は幸せそうに答えてくる。

 自分で口にしてみて、不味くはないけど幸奈が言うほど特別おいしいとも感じない。母さんが作ってくれる方がおいしいと思うからだ。

 なのに、幸奈はおいしいおいしいと……普段、冷凍食品とかコンビニ飯ばっかりで味覚がちょっと変わってるんだな。うん、きっとそうだ。僕が作ったから、とかではない。


「おかわりもあるぞ」


「するわ。おかわり」


 幸奈は遠慮なくからになった皿を突きだしてきた。

 僕は幸奈におかわり分を盛りつけて渡す。

 幸奈はもう一度幸せそうにしながら食べていた。



 食いすぎだろ……。

 結局、あれから幸奈はカレーがなくなるまでおかわりを続けた。おかげで数日分のためを思って作ったカレーは存在せず今はからになった鍋を洗っている。


「あーおいしかった。満足満足」


 当の本人は満足そうにしながら椅子に座っている。

 普段の食生活があまりにも可哀想だから今日は腹一杯食べさせてやろうと思ったのが間違いだった。少しは遠慮しろよ。


「ねぇ、コーラないの? 喉渇いたんだけど」


 僕が洗い物をしている横で幸奈は勝手に冷蔵庫を開けて漁り出していた。

 自由勝手過ぎるだろ!


「ない」


「気が利かないわねぇ」


 その言葉に僕は無言で怒りを覚えた。


「飲みたかったら自分で買ってこい」


「いいわよ。あ、サイダーがある。こっちで我慢してあげるわ」


 幸奈は冷蔵庫から未開封のサイダーを取り出し、キャップを開けておいしいそうにゴクゴクと飲んでいた。


「ぷはー、おいしい!」


 ここって、僕の部屋であってるよね?

 あまりにも自分の部屋のように過ごす幸奈にそんな疑問が浮かんできた。


「なぁ、もうちょっと学校みたいに出来ないのか?」


「なに?」


「だから、学校での静かで大人しい風にだよ」


 幸奈はモテる。可愛くて静かで誰に対しても分け隔てなく笑顔で接する。運動も勉強もそれなりに出来て……まさに、どっかの物語に出てくるようなヒロインだ。だからこそ、モテるのだ。

 しかし、その幸奈は幻想だと知っている。

 本当は口が悪くて、静かでも大人しくもない。ワガママだし態度も悪い。それが、今の幸奈なのだ。


 昔こそは僕にも学校で魅せているような態度をしてくれていた。僕はそんな幸奈が好きだった。

 なのに、今となっては僕にだけ違う態度をとっている。それが、どういう理由でかは知らないけどできれば僕にももう少しみんなと同じようにしてもらいたい。


「嫌よ。メンドクサイ。だいたい、学校での私なんて本当の私じゃないもの」


「じゃあ、学校でも自由にすればいいだろ」


「それも、ダメ」


「なんでだよ?」


「なんでって……い、いるからよ」


「いるから?」


「な、なんでもない」


 ああ、そっか。幸奈の好きなやつがいるからか。そりゃ、好きな相手からはちょっとでも可愛いって思われたいのが女の子だよな。


「それに、今さら祐介の前で着飾っても意味ないでしょ。この姿、見られてるんだし」


「そうだな。でも、その格好で外をうろつくのは危ないと思うぞ。いつどこで誰が見てるか分からないんだしな」


「他人の視線なんてどうでもいいわよ。私がどんな格好でいようと自由でしょ。どうして、休みの日まで無理しないといけないのよ」


 幸奈の言ってることは一理ある。人はどーしても他人に自分の理想を無意識に重ねてしまうからだ。可愛くていてほしい、優しくいてほしい、強くいてほしい、好きになってほしい……。

 それが、相手の負担になるとも気づかずに。


「でも、いるんだろ? 幸奈の好きなやつ。ソイツにまで見られてもいいのか?」


「いなっ……いこともないけど、もう見られてるから……」


 それは、残念だったな。僕の知らない間にいつの間にかそんなことになってたのか。お気の毒にだ。


「ね、ねぇ。確認……あくまで確認だから、変な意味はないんだけど祐介的にはどの私が一番いいの……? 学校での私? メイド喫茶での私? それとも、この私?」


 幸奈は急にしおらしくなりながら意味の分からない質問をぶつけてきた。


 どの私って聞かれても……。

 僕がいいと思っていたのは昔の幸奈で今の幸奈じゃない。でも、あえて選ぶとしたら――。


「そうだな。その幸奈」


 今さら学校みたいな状態で接されても変な気持ちになるだろうし。


「そ、そう。この私なんだ。ふーん」


「ただ、もうちょっと僕にも優しくしてくれとは思うけどな」


 最後のはほんの少しの希望だ。

 もう少し、僕も他のみんなと同じように優しくしてもらいたい。


「そ、そうね。考えといてあげるわ。期待はしてほしくないけど!」


「へいへい、さようでございますか」


 知ってた。こうなることくらい。

 再び満足そうにサイダーを飲む幸奈を横目に僕は洗い物を終えた。

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