第31話 幼馴染メイドと朝の騒動
『ゆうくん!』
『なに、さなちゃん』
『ゆうくんは私のことが好きだよね!?』
『うん!』
『じゃあ、他の女の子を好きになったらダメだからね!』
『え、でも僕、お母さんと
『家族はいいの。ゆうくんが好きになっていい女の子は私と家族だけ。それ以外の女の子は好きになっちゃダメ!』
……あー、嫌な夢を見た。
目を開けるとそこにはいつもとは少し違う見慣れた天井があった。
今、何時だ?
側においてあったスマホで時間を確認する。画面には九時と表示されていた。
ちょっと寝過ぎたな。
眠りに入ってからもちょくちょく目を覚ましていた。隣の部屋で幸奈が寝ていると思うと無駄に緊張して意識が冴えてしまったのだ。……自分で馬鹿なこともしてしまったし。
幸奈はまだ寝てるのか。
辺りを見回してもどこに幸奈の姿がない。
こーいうのは、寝てる間にヒロインが朝ご飯を作ってくれていてその匂いで目が覚めるっていうドキドキパターンじゃないの?
まぁ、そんなこと幸奈に求めるだけ無駄だけどさ。
「腰イテェ……」
ソファから身体を起こして伸びをする。
その度に腰辺りからゴキゴキという音がした。
まだ眠いけど片付けもあるし起きないと。
僕はハッキリとしない意識を覚ますため洗面所へ向かった。
顔を洗ったら朝ご飯の用意だな。
メニューは……食パンにハムとスクランブルエッグでいっか。
そんなことを考えながら閉まっていた洗面所の扉を開けた。
「えっ!?」
そして、その瞬間誰かと目がバッチリと合った。
もちろん、今この部屋にいるのは僕と幸奈しかいない。だから、相手は幸奈であるが……その姿があまりにも見てはいけないものだった。
幸奈は素っ裸だった。どうやら、勝手にシャワーを浴びていたようで、僕が普段使っているタオルで濡れた髪を拭いていた。
僕と生まれたての赤子のように一糸纏わない幸奈はお互い目を合わせたまま硬直していた。
どっちも信じられない……ということからか、あまりにも衝撃的過ぎてからなのかは分からないが頭が働いていなかったことは事実だ。
「ご、ゴメ――」
「キャァァァァ!!!」
僕が謝るより先に幸奈は悲鳴をあげてタオルを前に抱えて隠すようにペタンと尻餅をついた。足をしっかりとくっつけて全てを隠すようにする。
「ご、ゴメン!」
こーいうドキドキは求めてないんだよ、神様!
頭を下げて謝る僕に幸奈は顔を真っ赤にして涙目になりながら睨んできた。
「い、いつまでいるつもりなのよ! さっさと出ていきなさい!」
「は、はい!」
僕はこれまで生きていてこんな速度出したかと思うほど素早く洗面所を出ると力強く扉を閉めた。
「す、すいませんでした……」
僕は床にこれでもかというくらい額をつけて土下座していた。
幸奈は元着ていたジャージ姿で腕を組みながら椅子に座り、僕を見下ろしていた。
うぅ、口をきいてくれない……。
悪かったのは全面的に見て僕だ。こうなっても仕方がない。でも、本当に僕だけが悪いのか?
そもそも、なんで幸奈は勝手にシャワーを浴びてたんだ?
そりゃ、女の子だし気持ち悪くなったからってのは分かる。でも、昨日近づいた時はいい香りがしてきたし……少しくらい我慢できなかったのか?
お風呂について、口にすれば妙な空気になると思ったから言わなかった。それに、幸奈だって気にしてる素振りもなかったからいいやって思ってた。
のに、こんなことになるならちゃんと話しておいて絶対に見ないようにすれば良かった……。
って、今更後悔したって遅い。起こったことは起こったことだし、僕が全面的に悪くないとしても悪いのは僕だからこうやって土下座し続けよう。
「……み、見たの?」
幸奈は聞こえるか聞こえないかが微妙なほどの小さい声で呟いた。
「え?」
「だ、だから、見たのかって言ってるの!」
顔を上げると幸奈は真っ赤になって涙をためていた。それは、羞恥からなのか怒りからなのかは分からない。
でも、そんな幸奈も可愛いと思ってしまった。
「だ、大丈夫だ。ボーッとしてたし眠くて目もそんなに開けてなかったから」
「こ、答えになってないわよ! 見たの!?」
ク……せっかく、答えを濁したってのに。
正直に言えば、ハッキリとこの目で幸奈の姿をとらえていた。だから、実は脱いだらちょっとはましなんじゃ……とかそういうのは一切なく現実を目の当たりにしていた。
ゆっくりと首を縦に振って答えた。
その途端、幸奈の顔がみるみるうちにひきつっていく。
そして――
「うわぁぁぁぁん!」
小さな子どものように泣き出した。
猫のような手を作って目を擦っても涙は止まらないようだった。
「もうお嫁にいけないぃぃぃ!」
わんわん泣きじゃくる幸奈にどうしたらいいのか頭を悩ませる。
こんな時、頭でも撫でてやればいいんだろうけど……幸奈には好きなやつがいてそいつ以外には触らせないってことだし……。
「あ、あのさ、見ちゃった僕が言うのもなんだけど大丈夫だと思うぞ? その、き、綺麗だったからさ……」
「へ……?」
そう言うと幸奈の涙がピタリと止まった。
きょとんと驚いた様子で口をポカンと開けている。
「ね、ねぇ……綺麗ってどういうこと?」
「……そのまんまの意味だよ」
恥ずかしいけど答えた。
だって、本当のことだから。
幸奈は可愛い。
けど、裸の幸奈は可愛いというより綺麗という言葉が似合うほど美しいと感じた。水も滴っていて色っぽかったし……正直に言って惚れそうになるかと思ったくらいだった。
「そ、そうなんだ……私、綺麗だと思われたんだ」
「あ、ああ。だから、そう落ち込むことないぞ。幸奈の好きな人も綺麗だと思ってくれるよ」
「……は? なによそれ……」
「そ、それに、出来るだけ早く記憶から消すからさ。安心してくれ!」
多分、一生消すことなんて出来ないだろうけど……こうやって、少しでも安心させることが出来るなら嘘でもなんでもつく。
「ば、ばっかじゃないの! そんなんで許せっていうの!?」
すっかり泣き止んだ幸奈だったが今度は激しく怒り出した。何に対してかは分からないけど鋭い瞳で睨んできた。
「ご、ゴメン。幸奈の気が済むまでなんでも言うこと聞くから……だから――」
……なんで、こんなにも必死になって謝ってるんだ?
これで、幸奈に嫌われて離れていってくれるなら本望じゃないか?
もう無茶苦茶に巻き込まれないで済むんだし、これでいい――。
「なんでも? 今、なんでも私の言うこと聞くって言った?」
「え、いや……今のは言葉のあやだ。なんでもは……」
「もう遅いわ。私、ちゃんとこの耳で聞いたもの」
グ……余計なことなんて言わなきゃ良かった。
「そうねぇ。本当に私の言うことなんでもずっと聞くってんなら許してあげないこともないわ」
「おい、ずっとなんて……」
「黙りなさい。私に許してほしいんじゃないの!?」
「いや、別に。どっちでも……」
「許してもらいたいんでしょ! はっきりさせなさい!」
「許してほしいです!」
「じゃあ、私の言うことを聞きなさい!」
「はい、聞かせていただきます!」
言ってしまった……いや、言わされてしまった。幸奈の凄い剣幕にビビったせいで……。
「よろしい。じゃあ、早速だけど――」
いきなり何か言われるのかよ!
僕は幸奈から何を言われるのか恐ろしくて唾液を呑み込んだ。
メイド喫茶に二度と通うな……とか言われたらどうしよう……。
背中を冷や汗が伝った。
「祐介は今後一切裸の女の人が出てくるえっちでアダルティな動画なんか見たらダメだから!」
「……は? いや、なんで?」
なんで、そんな命令?
「なんでって……祐介は私の裸を見たのよ? この私の裸を! だったら、他の女の人の裸なんて見なくても充分なほど幸せになれたでしょ!」
「いや、そんな幸せには……」
「そ、それに! 他の女の人の裸で興奮されたら私が負けたみたいで悔しくなっちゃうでしょ! だから、今後一切禁止にして! 分かったわね!?」
なにも分からない!
頭が素直に追いついてくれない!
そもそも、幸奈には負けてる部分が沢山あるだろ! 身体以外にも!
「祐介は私以外の女の人の裸なんて見たらダメなんだから! いいわね!」
「わ、分かったよ……」
「ならいいわ。じゃあ、お腹すいたから朝ご飯用意して!」
「はいはい……」
泣いたり怒ったりしていた幸奈だったが、今ではすっかり気分をよくしていた。鼻唄まで歌ってるし……謎だ……。
これからどうなるんだろう……。
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