第115話 幼馴染メイドと温泉旅行②
朱里から送り出され、幸奈と温泉街を散策する。車の通りも少なく、カランコロンという石畳を歩く下駄の音がどこからともなく聞こえてくる。
「こういう雰囲気っていいな。のんりび癒されるっていうか……心が安らぐ」
のどかな街並み。すれ違う人のほとんどが朗らかな笑顔を浮かべている。その光景は自然と気分を高揚させてくれる。
「そ、そうだね……」
幸奈は照れているのか小さく頷きながらついてくる。
「……幸奈。そんなに恥ずかしいなら手、放そうか? 朱里も見てないし無理しないでいいんだぞ」
「そ、それは、嫌。ゆうくんと繋いでたい」
素直にそう言ってくれるのは嬉しいこと。
だが、誠に勝手ながらそうならもっと楽しそうにしてほしいとも思ってしまう。
「私、変だよね。付き合う前はゆうくんと色々なことしたいって思ってたのにこんなんで……ほんと、どうしちゃったのか自分で自分が分からないよ」
しゅん、と落ち込む幸奈。
確かに、付き合う前の幸奈は受けか攻めかでいうと攻めの方だっただろう。いや、そもそも一緒の高校に通うや隣同士で一人暮らしを始める時点で攻撃にステータス全フリしていると言っても過言ではない。僕のせいでほとんど空うちだったが。
そんな、ずっと攻めだった幸奈が手を繋ぐという比較的難易度が低い行為でこうもドギマギするのは変であり、その上できゅんとさせてくるよく分からない感じだ。
本人でない僕がよく分からないと思うのだから幸奈が自分の変化に戸惑うのも無理のないことだ。
でも、幸奈が感じている変化は当然のことだと思う。今までは好きな相手に振り向いてほしくて頑張って攻めてたのだろう。それが、幼馴染からいきなり恋人になったのだ。心の中が落ち着かなくて仕方ないのだ。
だから、僕が言えることは――。
「幸奈は変じゃない。多分、幸奈の感じてることって誰でも通る道なんだ」
「そう、なのかな?」
「僕もそうだし世の中のカップル達も付き合いたては思ってるはずだ。色々してみたいけど、嫌われたくないしなんとなく怖くて恥ずかしいって」
「ゆうくんもなの?」
「この前も言っただろ。ドキドキしてるって。そうなる相手とは色々してみたいって思うだろ……」
いきなり段階をすっ飛ばしてとかじゃないけど食べさせ合いとか腕を組んで歩くとか肩を抱くとか……色々と。
「そっか……そうだよね。ゆうくんもなんだよね」
幸奈は何を想像しているのか知らないがだらしない笑顔を浮かべて頷いている。その頬は赤くなっているのでまた一人で変な想像でもしているのだろう。
「ゆうくん!」
「な、なに……!?」
何故だろう……これから、何を言われるのか分からないのに少しだけ恐ろしさらしきものを感じている。
「私、頑張るね! ゆうくんと色々なこと出来るようになるために!」
「う、うん。嬉しいけど、ゆっくりでいいから。まだまだ時間はいっぱいあるんだし焦らずゆっくりで」
「ゆっくりじゃ嫌だよ。だからね――」
すると、幸奈は僕の手をしっかりと握ってきた。さっきまでの弱々しくではなく、強く放さないようにと。
「先ずは、手を繋ぐことから慣れていこうと思うの」
決意らしきものが満ちた目で口にする。
「だって、考えてみたらもう何回も繋いでるもんね。なのに、照れてるのは可笑しいもんね。うん、手くらい余裕で繋げるよ」
――などと、やっぱり、恥ずかしくてそれに打ち勝つためなのか一人で早口で語っている。
そんな幸奈に少しだけほっとした。
また、幸奈が変な暴走でもしないかと不安だったのだ。だが、この様子を見る限りは大丈夫そうだ。
「ん、どうしてそんなに安心してるの?」
「いや、幸奈が前みたいにならなくてよかったなって」
「前みたいって?」
「ケンカした時みたいなこと」
「んなっ……ゆ、ゆゆ、ゆうくんのえっち!」
「な、なんでだよ!」
「だって……だって……と、とにかくまだ無理だもん。あんなこと今したら自殺行為だもん!」
「わ、分かった分かった。僕が悪かったから」
まともな考えが出来ていないからなのか、幸奈は無意識に『まだ』だの『今』だの言ってくれている。しかし、無意識とは本心。心の奥底でいつも思っているということだ。
つまり、これからも僕がよっぽどなことをしない限り見捨てられることはなく、いつかは……ということらしい。
「ほ、ほら、早くどこか行こうよ」
「そうだな」
居たたまれなくなったのか、催促するように手をぐいぐい引っ張ってくるのでこの話は終えた。多分、ゆっくりと少しずつで大丈夫だと幸奈も分かってくれたのだろう。
その後は旅館に戻るまで幸奈と温泉街を見て回った。温泉まんじゅうが売ってあるお店に二人で入り試食させてもらったり、華やかな着物美人の人達を眺めて感想を言いながらして過ごした。
「ふぅ……」
泊まる旅館の温泉に身体を沈めながら息を吐く。温泉なんて久し振りで身体がすごく気持ちいい。
色々な種類の温泉があるが温泉が特別好きだという訳ではない。それでも、それを目の当たりにすると入りたくなってしまうのが人間の性だというもの。
はしごしながら温まっていると幸奈のお父さんが隣にやってきた。何気に二人きりになるのはお初だ。
「祐介くん……幸奈が随分と無茶したようでごめんね。案が出た時、止めるべきだったんだろうけど止められなかった」
「その話はもう済んでるので気にしないでください。全然、気にしてないってのは嘘になりますけど嫌だった訳じゃないですから」
同じ高校に通って隣同士で住んでいないと今の幸奈との関係はとっくに終わっていた。だから、今はあの全てに感謝しないといけないんだ。
「ありがとう。幸奈の笑顔を見たのも久し振りだから嬉しいよ」
幸奈は姫宮家ではそれはそれは可愛がられていたのだ。特におじさんの方が。それもそのはず。一人娘で特にこれといった反抗期もなく、いつまでも好きでいてくれたのだから可愛くてしょうがないのだろう。
大切な一人娘が仲良くしている男の子。普通、そういえば嫉妬して風当たりが悪くなるのだろうがおじさんは僕に対しても優しくしてくれた。立派な大人なのだ。
「だからね、祐介くん」
あれ? 気のせいかな? なんか、急に湯が熱くなったような気が……。
「幸奈のこと泣かせると許さないからね。理解しておいてね」
おじさんは笑顔だ。なのに、怖い。圧がすごくて怖い。肩に置かれた手からすごい重圧がのし掛かってくる。
「わ、分かってます。ちゃんと一生かけて大切にしますから!」
「ん、それでこそ安心できるよ。ま、祐介くんのことだから心配はしてないけどね」
ほっ……ようやく離れてくれた。おじさんってこんなに怖かったっけ……?
「彼女として至らないところも多いと思うけど大事にしてあげてね」
「分かってます。幸奈のことは――」
ん、彼女として……?
「……えっと、もしかして僕と幸奈の関係――」
「知ってるよ。昨日、幸奈が嬉しそうに興奮しながら話してくれたからね。さっきもずっとお酒のつまみに思い出を語ってたんだよ」
え、何その事実。知らない。そんなこと知らない。てか、さっきの言葉なんて幸奈のこと嫁にくださいって言ってるようなもんだし……。
「も、もう出ます」
このままいるとのぼせてしまいそうな気がして急いで温泉を出た。とりあえず、幸奈が上がったら聞かないといけないことが出来た。
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