第63話 オムライスにハート
「母さん、何も迷惑かけなかった?」
「うん。むしろ、感謝してる。祐介からもありがとうって言っといて」
貰ったご飯がおいしかったのかなと思い分かったと返事する。
今日は金曜日。相も変わらず僕はメイド喫茶『ぽぷらん』に来ていた。先週は朱里がご飯を作りに来てくれたため来なかった。そのせいで幸奈に心配をかけたからいつもより少し早い時間に。
いつもより早いとお客はまだそれほどいない状態でまた違った新鮮さを感じられる。
相手してくれているのも変わらず幸奈だ。
メイド喫茶はお客に対してランダムにメイドが相手をすることになる。なのに、ここ最近の僕の相手は幸奈ばかり。単なる偶然なのか、それともまた神様が腐れ縁効果を発揮させているのか……。
と、そんなことを考えていると深雪さんが話しかけてきた。片手を上げて『やっほー』と近づいてくる深雪さん。なんだか、深雪さんと話すのも久しぶりだなと自然と嬉しくなった。
「なんだかお久しぶりな気がしますね」
「そうだね。姿は見てるけど話してなかったからね。元気だった?」
「はい」
優しい笑みを浮かべてくれる深雪さん。やっぱり、癒されるなとほっこりしていると隣から冷たい空気が。
「深雪先輩。ご主人様の相手は私がしてるんであっちにいっててください」
「え~いいじゃん。今は暇なんだしー。私も祐介くんと久しぶりに話したいよ。幸奈ちゃん、独り占めはダメだよ?」
「ひ、独り占めとかそんな……こ、これは、たまたまです。たまたま、毎回ご主人様の相手になるだけなんですから」
焦って言い訳らしきものを並べる幸奈。そんな幸奈を変わらない優しさで見守る深雪さん。
「ふふ、そっかそっか~たまたまか~」
「うぅぅっ……」
深雪さんは幸奈の頭を撫でる撫でる。とても嬉しそうに撫でる。
分かる。分かりますよ、深雪さん。幸奈の頭を撫でるとなんかこっちまで気持ちよくなるんですよね!
この前、慰めるために撫でた幸奈の頭。本来なら幸奈のためなのに途中から楽しいって気持ちでいっぱいになったんだ。
「い、いつまで撫でてるんですか。止めてください」
「いいじゃんいいじゃん。もう少しだけ~」
ツン幸奈は敵意むき出しというように抵抗するが成す術なく深雪さんに撫で続けられていた。
何度見ても美少女が美少女の頭を撫でる光景は飽きがこない。幸奈でも深雪さんには勝てないんだなと思いながら白い世界を堪能した。
「よいしょっと」
しばらくして、満足した深雪さんが僕の隣に椅子を置いて座った。
なんだ、この状況……?
右に幸奈。左に深雪さん。二人のメイドに挟まれている。うん、なんだ、この状況?
「み、深雪先輩何してるんですか!?」
慌てて椅子から立ち上がる幸奈。声が大きかったせいで少ない客の視線が集まる。
「シー。大きいよ」
「あ……お、お騒がせしました」
幸奈はペコリと頭を下げて座り直す。そして、キッと鋭い視線を深雪さんに向けた。
「もう、怖いな~幸奈ちゃん怒らないでよ」
「お、怒ってなんかいません。ただ、どうして深雪先輩がご主人様の隣に座るのかなって」
「え~幸奈ちゃんも座ってるし問題ないよね? それとも、やっぱり祐介くんのことを独り占めしたいの?」
ニヤニヤと幸奈を試すような笑みを浮かべる深雪さん。幸奈は縮こまって『そんなことないもん……』と小さく言っていた。
「あの、僕の意見は……」
「祐介くんは嬉しくないのかな~? 可愛いメイドと可愛いお姉ちゃんメイドに挟まれてるんだよ?」
それが、ものすごく気まずいんですよ――と、言える訳でもなく、肩身を狭くして『う、嬉しいです』と答えた。
「よしよし、正直で偉いぞ~」
すると、深雪さんは僕の頭も撫で出した。
「「なっ!?」」
幸奈とハモりながら驚いた声を出す。
「み、深雪先輩。なに、ご主人様の頭を勝手に……」
「え~別に初めてじゃないから大丈夫だよ。ね、祐介くん」
「や、それは、そうですけど……」
深雪さんに頭を撫でられるのは正直に言うとものすごく気持ちよくて嬉しい。でも、恥ずかしい。この歳になってよしよしされるのが堪らなく恥ずかしい。
それに、今は幸奈にも見られてるし……恥ずかしさが何倍にも膨れ上がる。
「ズルい。ズルいズルいズルい」
「そんなに言うなら幸奈ちゃんも撫でればいいじゃない。ご主人様へのサービスってことにすれば大丈夫だよ。私が許可してあげる」
深雪さんの言葉を聞いて、ゆっくりと恐る恐る伸びてくる幸奈の腕。スペースを開けるためか深雪さんは僕の頭から手を離していた。
心臓がドクドクうるさい……。変な汗まで出てきた。
幸奈の指先が髪に触れた瞬間、我慢できなくなった。
「さ、幸奈――」
「――やっぱり、無理ぃぃぃ!」
やめてくれと言おうとした瞬間、サッと手を引く幸奈。えらい拒絶の仕方でちょっとだけ傷つきながらも、安堵のため息が出る。
「……はーあ、幸奈ちゃんの意気地無し。えいっ!」
突如、左腕に感じる柔らかい感触。ふよんふよんと擬音が簡単に想像できる程の柔らかさ。左側から一気に身体が熱を帯びる。
「み、深雪さん!」
「み、深雪先輩!」
またも、幸奈と同時に左腕に腕を絡めて胸を押しつけてきた深雪さんに驚きの声を上げる。
「えへへ、そう言えば祐介くんと出会った時もこうしたよね」
深雪さんが何か言ってるけど頭に入ってこない。左腕に感じるものが思考を一切許さなかった。
逃げようとしても逃がさないようにより絡めてくるので感触がさらに強くなり首を絞める行為だった。
「み、深雪先輩。止めてください。ご主人様が嫌がってます!」
「え~そうかなぁ~。私から見れば祐介くん喜んでるように見えるよ~?」
「い、嫌がってますよ!」
「え~そんなに言うなら幸奈ちゃんもやって証明してよ。あ、幸奈ちゃんには出来ないか。だって、ないもんね♪」
「~~~っ、わ、私だってそれくらい……」
「ん、動かなくなってどうしたの? あ、やっぱり、簡単には触れられない? 幸奈ちゃんっていっつもそうだもんね。誰にも触れてないのに祐介くんだけって皆に悪いもんね」
「ち、違います。だいたい、ここはいかがわしいお店じゃないのにそんなことする深雪先輩がおかしいんです……」
「祐介くん喜んでるしいいでしょ」
隣で繰り広げられる会話が一切耳に入ってこないほどボーッとしていると不意に痛みを感じた。
感じたのは右頬。見上げると幸奈が涙目になりながら僕の頬をつねっていた。
「喜ばないでよ……」
「あ、幸奈ちゃん。お料理出来たって。取りに行きなよ」
料理を取りに行く幸奈の背中を見ているとすごく小さく見えた。と、左腕から感触が消える。
「あ~幸奈ちゃんってほんと可愛い。ちょっとからかっただけでむきになっちゃって」
「深雪さん……今までの全部からかってたんですか?」
「うん」
クスクスと楽しそうに笑う深雪さん。その姿は幸奈で見えた小悪魔より、よっぽどギルティで誘惑的な悪魔に見えた。
「ま、これ以上からかって本気で嫌われたくないから止めるけどね」
椅子を元に戻し去っていく深雪さん。
その去り際、僕の方を振り返った。
「祐介くんと話せなくて寂しかったのは本当だよ?」
ペロッと舌を出してから去っていく深雪さん。意味を考えることも出来ず、ただただ今の仕草が可愛くて仕方がなかった。
「あれ、深雪先輩は?」
幸奈に声をかけられハッと我に返る。
「ど、どっか行った」
「あっそ……」
注文したオムライスを机に置き、幸奈はケチャップを手に取る。
そして――
「おいしくなーれ。おいしくなーれ。おいしくなーれ」
と、初めて王道台詞を口にしてくれた。
「なっ……!?」
そして、オムライスの上に描かれたのは大きな真っ赤なハートだった。目をぱちぱちさせて固まっていると幸奈が口を開く。
「は、恥ずかしいから早く食べてよ……」
「あ、ああ」
耳まで赤くしている幸奈に緊張しながら震える指でスプーンを動かす。ハートを出来るだけ崩すことなくすくい、口へと入れた。
……甘い。
オムライスが甘いはずないと分かっているのにそう感じた。
「ど、どう?」
「……甘い」
「甘い? 砂糖と塩間違えちゃったのかな?」
どうして甘いのかはそんな理由じゃないと分かる。でも、訂正しないまま、食べ進めた。量も変わらないのに食べ終えた頃には胃もたれしている気がした。
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