第67話 風邪をひいたから幼馴染メイドが看病してくれるらしいんだが(不安しかない)③了
「ご馳走さま……」
「どういたしまして」
満足そうに笑う幸奈を見て、身体が熱くなる。熱いのはドキドキのせいなのか、それともお粥が甘過ぎて熱がぶり返してきたのかは分からない。考えたくない。
「デザートにゼリーでも食べる?」
「いや、今は甘いのは勘弁してくれ……」
「じゃ、これ置いてくるから祐介は横になってて」
幸奈はまた戻ってくるつもりなのだろう。まるで、母親になったつもりなのか知らないが、横になった上に布団をかけて胸の辺りをポンポンと叩いてきた。
「幸奈……どうしてここまでしてくれるんだ? 僕が風邪ひいたのは幸奈のせいなんかじゃないんだぞ」
「そんなの祐介だからだよ。言っとくけど、祐介以外にこんなことしたりしないから」
「それって……」
「と、とにかく。私がしたくてしてるの。私が将来のために祐介を利用して練習してるだけだから。祐介は気にしないで」
部屋を出ていった幸奈は扉を閉める。
僕だけ……僕以外にはしない。
幸奈の言葉が何度もフラッシュバックする。その言葉が嬉しくて堪らない。
ん? どうして、こんなにも嬉しいと?
嬉しいと感じてる意味が分からない。でも、右を向いて左を向いて気を紛らわせても、思い返されるのは幸奈の言葉ばかり。
その内、考えるのに疲れた僕は静かに目を閉じた。
そして、いつの間にか眠っていた僕は目を開けた。
また、寝てた……。
と、右手に冷たい感触が。見ると幸奈が僕の手を握りながら、自分の腕を枕にして寝ていた。
ずっと、居てくれたのか……?
どうして手を握られているのか分からない。でも、ひんやりとした感触が気持ちいいことは確か。
ったく、幸奈まで風邪ひいたらどうするんだ。
幸奈はスゥースゥーと小さな寝息をたてて起きる気配がない。
「……祐、介」
いきなり名前を呼ばれ、ビクッとした。
起きてるのか……?
静かに幸奈を見るが起きていない。完全に寝ているようだ。
夢でまで僕を看病してるのか?
お人好しなのかそれとも看病が好きなのか……それとも、僕のことを……。
「……って、馬鹿らしい」
最後のは完全にない……こともないのか?
ダメだ。変な気持ちになってる。これも全部、幸奈のせいだ。幸奈が悪いんだ。幸奈がいきなりあの頃のように戻ったりしたのが悪いんだ。
だから、こんな気分にさせられる。幸奈が僕のことを好きなんじゃないかって勘違いさせられる。そのせいで、幸奈のことを意識させられる。僕もあの頃のように幸奈のことを……ってなりかけてしまう。
「……祐介、早く……よくなってね」
「……っ」
風邪なのに大袈裟だろ……。
ただの寝言だって分かってる。なのに、どうしてこんなにも愛らしく思えてしまうのか。
右手は幸奈に握られているので使えない。だから、左手を伸ばして幸奈の髪に触れた。
サラッサラだな……。
平日だから、ちゃんと手入れされている艶やかな黒髪。サラサラで上に持ち上げるとふわふわと落ちていく。
こんなこと起きてる時は出来ないよな。
髪を触ってるだけなのに、幸奈が寝てるから悪いことをしてるみたいだ。ゾワゾワと出てくる背徳感。それにさいなまれながら幸奈の頭に手を置く。
どうしてか幸奈の頭を無性に撫でたくなったのだ。
起きないように。バレないように。知られないように。気づかれないように。注意をはらって撫でる。
撫でていると不思議な魔法にかけられたように幸せな気分になる。
この手触りがやみつきになるんだよな……ずっと、触ってたいような……。
「……祐介、やめて……?」
小さな声が響いて咄嗟に手を引っ込めた。
むくりと顔を上げる幸奈。ぷるぷると身体を震わせている。
ヤバい、怒られる……!
本能でそう思った。いくら優しくても勝手に髪を触られたり頭を撫でられたとなると怒るに決まってる。調子に乗りすぎたのだ。目を閉じて怒号を待った。
しかし、いつまで経っても幸奈は何も言ってこない。ゆっくりと目を開けて見ると幸奈と目が合った。
「ご、ごめん」
「何を謝ってるの?」
「か、勝手に頭を撫でたこと……嫌だったんだろ?」
「嫌じゃないよ。ただ……寝てるところを撫でられるのが恥ずかしかったから」
幸奈はそう言ってくれてるけど、どっちにしろ悪いのは僕だ。謝っておこう。何より、幼馴染の分際で勝手に色々触ったことを謝っておかないと僕自身で許せない。
「この度は誠に勝手ながら触ってしまい申し訳ありません」
深々と頭を下げる。と、ここでようやく気がついた。今もまだ、幸奈に手を握られたままだと。ずっと、握られたままのせいで感覚が麻痺していたのか気づかなかった。
「もう、怒ってないのに。それよりも私が聞きたいのはもっと別のことだよ」
そう言うと幸奈は握っている僕の手を頬の部分までもっていきスリスリしてきた。
「さ、幸奈!?」
「ねぇ、祐介。どうしていきなり撫でたりしたの?」
言えない……幸奈を愛らしく感じたからなんて、口が裂けても言えない。
黙っていると今度は頬をぎゅっと押しつけたままじっと見つめて訊いてくる。
「ねぇ、教えて?」
その姿に思わず本音を漏らしそうになるが固く口を閉ざした。
「黙ったままなら私も色々と自由にするよ?」
「な、なにを……」
「ん~そうだね、このまま祐介のこと食べちゃおっかな」
「は……っ!?」
幸奈は握っている僕の右手を動かして人差し指を口に入れた。そして、血が出ない程度に甘噛みをする。その瞬間、身体に電流が走ったかのようにビリっとした。
「な、なにをやって……」
混乱していると幸奈は僕の指を口から出してペロッと舐めた。
「このまま祐介が黙ってるならもっとスゴいことしちゃうよ? それでも、いいの?」
もっとスゴいこと……その単語にごくっと唾を飲み込む。
「さ、幸奈の方こそいいのかよ……そ、そんなことして、変態扱いされるの嫌がってたろ」
「だって、祐介が黙ってるからじゃん。言ってくれたらいいんだよ。それとも、祐介はもっとスゴいことされたいの? 私を変態にしたいの?」
いつもなら、こんな会話しているとあの自分の身体を守るポーズをとっていたはずなのに今はしない。僕を試すように魅惑的な笑みを浮かべている。
スゴいことってのがどんなことか……ちょっとだけ期待してる僕がいるのも事実。でも、付き合ってもない男女がそーいう関係になるのはよろしくない。僕は諦めて観念した。
「分かった……言うよ。言うからもうやめてくれ」
「よろしい」
はい、どうぞと言わんばかりに幸奈は正座する。そんな幸奈にそのままを伝えた。
「看病してくれてる幸奈が……とても、愛らしく思ったから撫でてしまいました……」
頬が熱くなっていくのを感じながら幸奈を見ると同じように赤くなっていた。目をあちこちに動かしてオロオロしている。
「そ、そうなんだ……」
「うん……」
その後、二人してソワソワするだけでしばらく話せなかったのは言うまでもない。
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