第35話 幼馴染メイドは鈍感幼馴染を重く愛してる―幸奈side―
『ねぇ、ゆうくん。大きくなったら結婚してね。わたしをお嫁さんにしてね』
――その約束を私はいつまでも覚えてる。
「せめて今日だけはあんまゴミ出すなよ」
「分かってるわよ」
ピザを食べ終わった後、ゆうくんは私を一応見送るという形で外にまで出てくれた。
そのことに内心凄く喜んでいる私だけど、ゆうくんからはゴミを出すなと釘を刺された。
よっぽど、片付けが堪えているのだろう。
「それよりも、祐介こそさっき言ったこと忘れるんじゃないわよ!」
「分かってるよ……明日からでいいんだろ?」
「ええ。言っておくけど、やらなかったら祐介に裸を見られたって学校で言うから。覚えておきなさいよ!」
「はいはい……分かったからさっさと入れ」
偉そうに言う私にゆうくんは呆れながら片手でしっしと払うように部屋に入ることを促してきた。
「ふん、おやすみ!」
「はい、おやすみ」
私は力強く扉を閉めた。
…………。
…………………。
…………………………ああ、もう!
どーして、私はあんなこと言っちゃったの!?
頭を抱えて悩んだ。
あんなこと言えばゆうくんに嫌われる可能性が高いって分かってる。でも、言わずにはいれなかった。
だって、ゆうくんが鈍感すぎなのが悪いから。
私が言っている私の身体に触れていい一人ってのはゆうくんだ。さっきは特別枠とか言っちゃったけど、特別枠なんて存在しない。……ううん、正確にはゆうくんにだけ触れてほしいから特別枠ってのは案外正しいのかもしれない。
でも、ゆうくんはその事に気づかない。
私が変に遠回しで言っているのも悪いけど明らかに悪いのはゆうくんの頭がポンコツのせい。
身体に触れていい話なんて、触れてほしいって思ってる人にしか出来ないと思う。のに、ゆうくんは私が春くんを好きと勘違いするし、それを否定したら今度は誰か別の人を好きだと思い込んでる。馬鹿だ。鈍感にもほどがある。私が好きで触れてほしいって思ってるのはいい加減ゆうくんなんだと自覚してほしい。
その事に気づかないから言ってやろうと思った。でも、タイミング悪くピザの宅配が届いた。ゆうくんは全然気にもしないで取りにいってたし……。
それにムッとして強く言ってしまった。
「どう思ったんだろう?」
私はゆうくんが大好きだ。愛してる。
本当は四六時中一緒にいたいし、計画の中では今頃同棲していたのに……未だに何一つ上手くいってない。ようやく、疎遠状態から話す仲にまで戻っただけだ。
「もっと大胆にいかないとダメなのかな?」
昨日の夜、ゆうくんに一緒に寝よって誘ったのも本当はそのままの意味だった。ゆうくんとあんなことやこんなことをしたくて誘った。途中まではゆうくんもノリノリで迫ってきてくれたのに……途中で止められた。嬉しくなって泣いてしまった涙を返してほしい。
ゆうくんはヘタレだ。
今朝だって、裸を見られたのが突然すぎて情けない声を出しちゃったけどそのまま襲ってくれてよかった。受け入れる覚悟はいつでも出来てるし、何をされても怒らない。どこにも通報しない。それどころか、嬉しくてますますゆうくんを愛しちゃう。
「ダメ……ゆうくんに襲われてるところを想像したら濡れてきちゃった」
大事な部分が疼く。
今すぐすっきりしたいところだけど玄関ではしたくない。
一先ず部屋に戻ろう。
「ただいま、ゆうくん」
私は机に置いてある写真たてを片手に取った。その写真は私とゆうくんの大きくなってからのツーショット写真。勿論、そんな写真は存在しないから私が作った。他に写ってた子を黒く塗り潰して強制的にツーショット写真にした。
そこにいるゆうくんを片手にもう片方の手が自然と下半身に伸びていく……。
「ダメダメ。今日はまだしたらダメ。このために新しいおかずを手に入れたんだから今は我慢しないと」
はっとして手を止めた。
「ゆうくん……」
私はゆうくんと話す時、大抵嘘を言っている。本音を言いたくても離れていた時間が長かったせいで言うことが出来ない。
本当はゆうくんに嫌われたくないのにいっつもツンツンしちゃって言いたくないことを言ってしまう。意味はほとんど真逆のことを伝えたいのに。
でも、ゆうくんはそんな私の気持ちに気づいてくれない。幼馴染なんだからそれくらい理解してほしいのに。
それなのに!
私の気持ちには気づいてくれないくせに私が変態だってことには気づきかけた。だったら、もっとちゃんと気づいてほしい。
私がどれだけゆうくんを愛してるのかを。ゆうくんのことを想って毎晩毎晩寂しい身体を一人で慰めているのかを。いい加減、一人で慰めるのはつまらないからゆうくんに慰めてほしいって思っていることを。
「昨日は気づいてくれるかもって思ったのにな」
昨日はゆうくんが隣で寝てたから出来るだけ声を抑えたけど少しは出てたと思う。だって、ゆうくんの布団の中でゆうくんに包まれてると思うといつもより敏感だったから。
「寝てたから仕方ないけど……少しは意識してちゃんと聞いててよ。だいたい、私がこんなにも変態になったのはゆうくんが愛してくれないからなんだから。ゆうくん愛が足りないせいなんだから。馬鹿」
本当は早くゆうくんと一線を越えたい。
でも、それは追々でも大丈夫。
一番大事なのはゆうくんと結ばれること。性欲なんて想像して一人で楽しんでいれば我慢できる。でも、ゆうくんと結ばれなかったら私は我慢できずに何をしでかすか分からない。
ゆうくんはモテない。
だから、安心なのは安心。
でも、不安要素が二つある。
それは、深雪先輩とゆうくんに馴れ馴れしくベタベタしてたにっくき後輩の存在。
今のところ二人がゆうくんを好きな素振りはない。ゆうくんだって二人を恋愛対象としては見ていないと思う。……まぁ、私も見られてないけど。
でも、二人には私にはない凶器がある。
大きな大きな胸器を武器にしてゆうくんに迫られたら太刀打ちできない。
ゆうくんは大きい方が好きなんだと思う。
深雪先輩と話す時は胸の方に視線をやっていたし、後輩に腕を掴まれた時はだらしない顔をしていた。
「……私と話す時は顔ばっか見てるくせに」
それに、ゆうくんが持っていたメイド関連の本。私が知らなかったその本にだって大きな女の子ばっかりだった。その時点では私は負けている。
でも、幼馴染なのは私だけ。
幼馴染は世間では負けヒロインだって言われてるけど私はそうは思わない。だって、小さい頃からずっと一緒に生きてきたんだから。ステータスカンストでも間違いない。勝ちヒロインだ。
「私は絶対にゆうくんと結ばれる。そのためにもそろそろ次のステップに移りたい。情報も得たことだし……一旦、家には帰らないといけないかな」
しっかり考えるのは明日でいいや。
もう我慢できないしお風呂に入ろう。
ゆうくんと長い間一緒にいれたせいで別れた今すごく寂しくて大事な部分がもう大変なことになっていた。
私は立ち上がってクローゼットを開けてお風呂に入る用意を取り出した。そして、ゆうくんに見られた黒いパンツを見つめた。
「見られたのがこれで良かった」
これは、ママから貰った唯一持ってる勝負下着。ゆうくんと交える時はこれを着けなさいって言われて一人暮らしのお祝いに貰った。
私は必要ないって言ったけど、ママ曰く、私が普段着けている動物柄の下着だと興奮してもらえないとのことだった。
「ゆうくんは大人っぽいのと子供っぽいの……どっちが好きなんだろ?」
それを確認するためにも早くゆうくんに愛してもらわないと。そのためにもいつかは告白しないと。
一回、ゆうくんのバイト終わりに一緒に帰った時、それらしいことを言った。
あの時、ゆうくんはどう思ったんだろう?
本当に告白されると思ったのかな?
ドキドキしてくれたのかな?
多分、ドキドキはしてくれたんだよね。赤くなってくれたし……。
でも、すぐに私が余計なこと言っちゃったせいでこの気持ちに嘘ついちゃった……。
「でも、仕方ないんだよね……」
だって、ゆうくんが私を好きになる要素がないんだもん。断られるくらいなら自分で誤魔化して、いつか本当に好きになってもらった時にもう一度言うしかないって思ったんだもん。
全然、意識してくれてる素振りもないし……。
だから、これからは愛してもらえるように……相思相愛になれるように――
「もっともっと頑張らないと!」
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