第34話 幼馴染メイドの汚部屋片付け③了
少し遅めの昼ご飯を食べるため、僕と幸奈は一旦僕の部屋まで戻った。
僕は簡単に済ませるためにインスタントラーメンを二人分作り、二人してそれを素早くたいらげた。
そして、十五時過ぎに幸奈の部屋に戻ってきて片付けを再開した。
と言っても、リビングはほとんど見違えるようになるまで綺麗になっていた。もともと、残すか捨てるかだけで部屋の中を衣替えするとかじゃないから時間は必然的にかからなかったのだ。
「次からはせめて服は服、雑誌は雑誌、ゴミはゴミって纏めて散らかせよ。そしたら、片付けるのももっと楽になるんだから」
「それって、また祐介が手伝ってくれるってこと?」
「違う。おばさんの苦労が目に浮かぶから言ってるんだ」
「どうしてママに気を遣うのよ。私に遣いなさいよ」
……コイツ、部屋の片付けをしてくれる優しい自分の母親になんて言いようなんだ。僕の母さんみたいにほとんど放ったらかしならいいものの、あの汚部屋を片付けてくれてるんだぞ? もっと、敬いなさいよ!
「……まぁ、いいや。で、リビングは綺麗になったけど、洗面所とかはどうなんだ? 汚いのか?」
「洗面所は大丈夫よ」
「となれば、残りは幸奈の部屋だけだけど――」
流石に入るのはなしだよな。
幸奈は既に僕の部屋に入ってるけど、僕が入るのはなしだな。緊張もするし。
「わ、私の部屋はいいわ。綺麗に使ってるから!」
「そうか。なら、これで終わりだな」
案外時間がかかったけど、まだ日曜日は終わってない。帰って少しでもゆっくりしよう。
「じゃあ、僕は帰――」
僕がリビングから出ようとすると幸奈が悲鳴をあげて僕の背中にくっついてきた。
「キャァァァァ!」
「お、おい。いきなりなにを」
突然のことで焦った僕は一気に鼓動が早くなっていた。
さ、幸奈のやつ誰にも簡単に触れさせないって言ってたのに自分から近づいてきて……。
「で、でで、出たのよ!」
「な、なにが!?」
「敵!」
幸奈が指差す方を見ると黒光る物体がカサカサ音を立てながら綺麗になったリビングの床を這いずりまわっていた。
うわっ、キモい!
どこかに隠れていたけど、綺麗になったから出てきたってところだと思われるゴキブリに素直にそう思った。
「は、早くなんとかして!」
僕の後ろでぶるぶる震える幸奈。
こーいう時、弱々しいヒロインを守るため立ち向かう主人公がカッコいいんだろうけど僕はそこまで肝がすわってるわけじゃない。
「ま、まま、任せろ!」
意気込んで返事するも逃がすためにはどうしたらいいのか分からなかった。
玄関まで追い込んで扉から外に出すことが出来れば一番だけど……それは、難しい。絶対、玄関にたどり着くまでにどっかに潜り込まれる!
僕がとれる行動はひとつしかなかった。
それは、片付けの前にこんなこともあろうかと買っておいたゴキブリ用の殺虫剤を使うこと。スプレータイプになってるそれをゴキブリに向けて勢いよく発射した。
「ちょ、ちょっと! ここでヤル気なの?」
「うるさい。潰さないだけましだと思え!」
僕も正常な考えが出来てなかったんだと思う。無我夢中でスプレーを浴びせ続け、ゴキブリはピクピクと力弱く床の上に横たわっていた。
「そ、それ……どうするつもりなのよ?」
正直、何も考えていなかった。
ここから、どうしよう……?
「祐介がどうにかしてよ。私、触りたくなんてないわよ」
「分かってるよ……」
僕はゴミ袋を上手く使ってゴキブリを中に入れて幸奈の部屋を出た。そして、そのままゴキブリをマンション近くの草むらに捨てて戻った。
「綺麗にしてよ」
戻るとスプレーで濡れてしまった床を綺麗にしろとの命令が下った。
「分かってるよ……やったの僕だし」
僕は僕の部屋まで戻って使っていないタオルを濡らして持っていき、床を綺麗に拭いた。スプレーの効果もあってかその面積だけやたらとピカピカに輝いていた。
ようやく全ての一段落が終わったのは十九時を過ぎていた。
「やっと、終わったな……」
「お疲れ様。よくやってくれたわ。ありがとう」
ゴキブリが出た時の弱々しい幸奈はどこに消えたのか?
部屋も綺麗にゴキブリもいなくなり幸奈はすっかり上機嫌だった。
「もう帰るからな。そろそろゆっくりさせてくれ」
僕が帰ろうとした時だった。
グゥゥゥゥっていう音が聞こえてきた。
後ろを向くと幸奈は困ったような笑顔を浮かべていた。
「……はぁ。ピザでも頼むつもりだけど……一緒に食うか?」
そう言うと幸奈の表情はみるみるうちに明るくなっていった。元気よく『食べる!』と答えて首を何度も縦に振っている。
「じゃあ、早速電話を――」
「ちょっと待て」
僕と幸奈は僕の部屋にいる。
幸奈の部屋で食べても良かったけど、せっかく綺麗になったその日の内からまたゴミが増えていくのがどうにも嫌で僕の部屋に招いたのだ。
「ドリンクはコーラよ!」
「分かってるよ」
宅配ピザに住所と注文を伝えて届くのを待つ。
その間、僕と幸奈は椅子に座りながら黙ってスマホを弄っていた。
「なぁ」
「なに?」
「さっき僕に触れてたけど良かったのか?」
僕はふと背中に幸奈がくっついてきたことをあくまで話題のひとつとして開始した。
けど、幸奈にとってはまずかったことなのか急いで顔を上げて身体を震わせていた。
「い、いいのよ!」
「でも、幸奈に触れていいのは一人だけなんだろ? それに、一昨日は深雪さんに頭撫でられてただろ。それは、どうなんだ?」
「み、深雪先輩もいいの。てか、家族と同性ならいいの」
それって、結構許容範囲広いんじゃ……。
それに、僕もいいって……もしかして、あれか? 僕、女だと思われてるのか?
でも、それなら色々と納得がいく。いや、女だと思われてるのは納得してないけど、僕を女だと扱っているなら触れることも部屋に上がり込んでも上げても大丈夫ってことか。
「……僕、男だぞ?」
「分かってるわよ!」
良かった……ちゃんと男としては思われてるらしい。それはそれで、幸奈の行動は色々と問題があると思うけど。
「じゃあ、僕に触れたらダメだろ」
「ゆ、祐介はいいの。祐介は特別枠だから!」
特別枠……?
特別枠ってどういうことだ?
幼馴染枠だからいいってことか?
「特別枠ってどういう……」
「いい加減気づきなさいよ……本当に鈍感なんだから」
幸奈はどこか悲しそうな表情を浮かべて俯いた。
そう言われても僕には分からない……。
鈍感って……何についてだ?
「わ、私が言ってるその一人ってのは――」
幸奈は意を決したようにキリッとした顔つきで何かを言おうとした。
だが、その瞬間、チャイムの音が鳴り響いた。
「あ、ピザきたな。出てくる」
「と、とっとと行ってきなさいよ!」
幸奈は逆ギレしながら言っていた。
その後、ピザを食べて幸せそうな表情を作ってはすぐにツンとする……という謎行動を永遠に繰り返していた。
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