第99話 幼馴染メイドとお風呂プール
水着に着替えてくると言ったものの、ひとりになり冷静に考えるとやはり可笑しいと思った。
水着には着替えた。パーカーも羽織った。遊び道具の水鉄砲も持った。あとは、幸奈の元へ向かうだけ。
……なのだが、足が動かない。
いや。いやいや、冷静に考えろ。お風呂と考えると意味深になるかもしれないけど、今はプール。プールなんだ。あれは、お風呂じゃない。プールだ。だったら、水着も着てるし何ら問題ない。そういう怪しいお店じゃない。誰にも見られないから犯罪にもならない。
「……よし!」
頬を二回叩いてよく分からない気合いを注入した。そして、意を決して風呂場へと向かった。
「あ、ゆうくん。遅いよ。もう入っちゃってるよ」
風呂場に行くと既に浴槽に浸かっている幸奈が満足そうな顔をしていた。
……かつて、勝手にシャワーを浴びられたことがある。けど、今は普段自分が浸かっている浴槽に幼馴染が浸かっているのを見ている。なんていう状況なんだろうか。
「ゆうくんもおいでよ。あったかいよ?」
「う、うん……」
返事をしてみるもなかなか前に進めない。
水が飛び散らないように扉は閉めた。だけど、浴槽には浸かれない。
踏みとどまっているとバシャッとお湯をかけられる。
「な、なにするんだ!」
「えへへ~攻撃だよ~攻撃~」
手で作った仮の水鉄砲でぴゅんぴゅんお湯をとばしてくる。負けじと水鉄砲の中に水をいれて幸奈に向かって攻撃した。
「連続発射出来るこっちの方が強い!」
「きゃっ、ちょ、ちょっと、待って!」
ばしゃばしゃ水の掛け合いでびしょ濡れになってしまった。と、同時に、いつの間にかあまり気にならなくなっていた。
普通に楽しい。
「……なぁ、幸奈。僕もそっちいっていい?」
「いいよ。っていうか、ゆうくん家なんだし遠慮する必要ないよ」
それは、分かってる。
でも、一応、準備のためだ。心の準備の。
パーカーを脱いで浴槽へと浸かる。
幸奈とは少し離れた距離で。
「……なんか、温水プールの気分だな」
「私は温泉にも感じてるよ」
「どっちとも変わらないな」
「だねぇ~」
幸奈と一緒にはぁ~と呑気な息を吐く。
こうしているとただのいつもと変わらない風景だ。のんびりと過ごす。それが、浴槽の中だということだけ。それ以外は何も変わらない。安心できる。
「……あのさぁ、幸奈。そんなに、プール行きたかったのか?」
「どうして?」
「風呂をプールにする発想って許されるの小学生までだろ?」
昔こそ、家の風呂でプールだプールだってはしゃいだ記憶がある。 大きくなってからは当然していない。そもそも、大きくなるにつれてそんな発想すらしなくなるのだ。
「まぁ、プールは楽しみだったんだと思う。でも、どうしても入りたかったのってゆうくんに見てもらいたかったからかな」
僕の方へ静かに寄って、そんな言葉を囁く。思わず、幸奈のことをじっと見つめてしまった。
「せっかく買ったしさ、早く見てもらいたかったんだ」
上目遣いでそんなこと言ってくる。
水着と水の中と肌が触れたり触れなかったりする相乗効果が相まって心臓がうるさい。
「に、似合ってるもんな」
頑張って何もしないように少し目を逸らす。誘惑されているような気がしてままならない。
「そう言ってもらいたかったんだ。ありがとう」
「……っ!」
頭を腕にピタリとくっつけてくる。
だんだんだんだん身体の右側から熱くなっていく。
「……ゆうくん、ドキドキしてる?」
「あ、当たり前だろ……」
「そっか……」
それ以降、幸奈は何も言ってこなかった。
軽く体重をよりかけてきたまま目を閉じている。
幸奈もドキドキしているんだろうか?
自分の胸に手を当てると、幸奈にまで聞こえてしまっているんではないかと思えるほどうるさく跳ねていた。
今日は楽しみでいつもより早く起きた。
そのせいか、危険だって分かってるのにだんだんと眠たくなってくる。
同じように目を閉じると自然と意識が遠退いていく気がした。
しばらくして、ぴちゃんという水が落ちる音が聞こえハッと目を覚ました。どうやら、眠っていたようだ。
幸奈を見ると小さく『すうぅーすうぅー』と寝息が聞こえてくる。幸奈も眠っていたようだ。
「幸奈。幸奈」
優しく揺らすと眠たそうにしたままの幸奈が目を開けて見てくる。ボーッとしてるのか、ふらふらしている。
「のぼせても危ないからそろそろ出よう」
「……うん」
流石に一緒には着替えられないために先に出る。タオルで身体を拭いて、どうせ出掛けないからとジャージに着替えた。
「着替えたから出てきていいぞ」
声をかけると幸奈が出てくる。
未使用のタオルを渡してから出ていこうとすると呼び止められた。
「ごめん、ゆうくん。リュック持ってきて。持ってくるの忘れてた」
「分かった」
リビングに行き、幸奈のリュックを持って戻る。すると、幸奈は髪を丁寧に拭いていた。普段、そんな姿を見ることがないから思わず見とれてしまう。
「ん、どうしたの?」
「な、何でもない。ん、リュック」
「ありがとう」
耳が赤くなっていることを悟られないようにリュックを渡して、その場から消えた。
リビングに戻り、落ち着かせるためにソファに座る。
すると――
「あ、ない!」
と言う、大きな声が聞こえてきた。
何がないんだろう……そんな疑問が浮かぶ。
それから、しばらくして戻ってきた幸奈。
その頬は妙に赤く、もじもじとしている。
「どうした?」
問いかけるとびくりと大きく身体を跳ねさせる。
「あ、あのね、ゆうくん。……ううん、何でもない!」
やけに足を動かしたり胸元に視線をやったりと忙しない。と、ここで、ある考えが浮かんできた。
幸奈は始めから下に水着を着ていた。それで、さっき『あ、ない!』と言った。そこから、考えられることはひとつ。
「……幸奈。水着着てて、下着忘れたっていう……小学生低学年がするようなミス、してないよな?」
笑顔で聞く。
そんなミスしていないだろうと信じながら。
「あはははは」
「はははは」
気まずい笑いが続き、幸奈は振り返った。
そして――
「きょ、今日はもう帰るね。楽しかったよ。ありがと、ゆうくん。また明日ね!」
と、見送る暇もないほど素早く帰ってしまった。
結論がどうだったのかは分からないが。おそらくは、考え通りなのだろう。
案外、台風で中止になって良かったのかもしれない。だって、そうでないと色々と幸奈が危なかったはずだから。
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