第100話 幼馴染メイドとメイド同好会で合宿……という名のお泊まり会①

 ある日、唐突に田所からメッセージが届いた。

 内容は――


 この前のプールは残念でしたので合宿しましょう。合宿。先輩の家で!


 とのことだった。


 とりあえず、嫌だと返事を送ったが、手足をバタバタさせて駄々をこねていそうな姿を連想出来る返事が返ってきた。


 嫌っす。嫌っす。嫌っす~!

 合宿しましょう。ね、楽しい思い出作りましょう?


 まぁ、合宿したいってのは百歩譲って良いとして、僕の家ってのが納得いかない。だいたい、四人も寝る場所なんてない。


 ……それに、この前のお礼に料理作ろうと思ったんす。

 だから、合宿しましょう!


 そういえば、ストーカーの件で報酬なんてことを言っていたなと思い出した。


「……はぁ」


 あれは、元気づけるためのほんの冗談のつもりだった。それに、僕はあまり役に立ってない。蔵野を捕まえたのは春。田所が殴られそうになり、守ったのは秋葉。蔵野を謝らせたのは幸奈。

 だから、報酬なんてもういらない。


 でも、田所は本気にして、もしかすると夏休み中もずっと気にしていたのかもしれない。


 だったら、場所くらいは提供するか……。


 分かったと返事すると今度はスマホを抱えて喜んでいる姿を連想するような返事がきた。


 やったっす!

 頑張るんで期待しててくださいっす!


 はいはいと返事してやり取りを終えた。


 しかし、合宿か……。


 立ち上がって食器の確認をした。

 一人暮らしを始める時、母さんから沢山の食器を余分に持たされた。って、ことで四人分あるから問題なし。


 となると、やっぱり、寝る時が一番考えないとなぁ……。


 寝れる場所はベッドに二人、ソファに一人、床一人の配分。ベッドは幸奈と田所になるだろうけど……田所は気にしないだろうか。幸奈に関しては問題ないけど、田所は嫌だと思うかもしれない。と言うか、嫌だと思うのが正しい反応だと思うから……まぁ、当日決めてもらえばいいか。


 最悪、僕と秋葉が床で寝ればいいしな。


 次の日、幸奈に合宿することになったと言えば目を輝かせていた。



 そして、田所と連絡を取り合い、いつがいいかを決めた。


 そして、その日はあっという間にやってきた。


「ゆうくん。足りないものはない?」


「この前の買い物で大丈夫」


 お菓子とジュースと遊び道具を幸奈と買いに行ったのだ。

 その時で揃ってる……はずだ。


「そっか。じゃ、あとは待つだけだね」


 今日の幸奈は朝からテンションがお高い。

 今も、椅子に座りながら身体を揺らして鼻歌まで歌ってる。

 それだけ、今日が楽しみなんだということが分かる。


「朝からそんなにテンション高いと後々疲れるぞ」


「大丈夫!」


 握り拳を作ってそう宣言する幸奈。

 そんな姿を見てため息が出た。


 何が大丈夫なんだか……。

 この前から度々眠気に負けて寝てるのはどこの誰なんだ、と。あと、鼻歌なのに音痴!


「にしても、遅いね」


「夕方から来るって言ってたしな。もう少し先だぞ」


「じゃ、それまでは二人きりだね。何しよっか?」


「何もしないでダラダラ」


「え~何かしてようよ」


 と、言われても、いつもダラダラしてるだけ。特別なことは何もしていない。何かしてようと言われても……。


「買ってきたトランプで神経衰弱でもするか?」


 多分、くっそつまらないだろうけど。


「あ、料理教えてよ」


「料理?」


「うん。一緒にお昼ごはん作ろ」


「それは、いいけど……なんでまた」


「女子力磨きたくて!」


 そんなことしなくても……いや、そもそも女子力ってなに?


「料理作るのが女子力なのか?」


「よく分からないけど……料理出来る女の子って女の子っぽくない?」


「まぁ、女の子っぽいわな」


「でしょ。だから、ちょっとは料理作れるようになりたくて」


 風邪ひいた時に作ってくれたお粥を思い出す。あれは、絶望的に甘かった。その場の空気の甘さとかじゃなくて、味が甘過ぎた。


「そんなに上手くなりたいなら朱里にでも頼んどくぞ」


「ゆうくんと一緒がいいんだよ。それに、朱里ちゃんには上手くなってからじゃないとボロ負けする」


 朱里の料理の腕は一流だからな。

 年上として、昔からのお姉ちゃんとして、それは嫌なんだろう。


「じゃあ、作るか。っても、僕も出来る訳じゃないからな。せいぜい、食べれる程度、だからな」


 変な期待をされても困るからの保険だ。


「私、ゆうくんの作ってくれるご飯大好きだよ?」


「……素直に受け取っとくよ。で、なに作りたいんだ? あ、スマホで調理法見れるやつな」


「ゆうくんのチャーハン大好きだからチャーハンで」


「なら、簡単だしそれでいっか」


 そして、作り出すのにいい時間となり幸奈とキッチンへ。


 玉ねぎとニンジン、ハムだけの簡単なチャーハンを作る。


「米洗うのは流石に出来るよな?」


「うん」


 米を洗ってタイマーにセット。

 その間に野菜とハムを切ることに。


「いいか。包丁を持つ反対の手は猫の手だぞ」


「こう?」


 猫の手の形をとってにゃんにゃんと真似する幸奈。


 何だろう……あざといって分かってるのに脳が、可愛いなおい、しか考えてない。


「そ、それで合ってる」


「じゃあ、切り出すね」


「ゆっくりだぞ。時間はあるからゆっくりでいいからな。絶対、ケガするなよ」


 普段、料理をしない幸奈が包丁を使うところを見るのはハラハラしてままならない。


「ゆうくん、うるさい。集中出来ないでしょ」


「あ、はい……すいません」


 幸奈も緊張してるのか、ニンジンを切るのに恐る恐る包丁を動かしている。そして、カタンとニンジンを切った。


「切れた! 切れたよ、ゆうくん!」


 切ったニンジンを手に乗せて嬉しそうに見せてくる。

 それは、そんなに凄いことではない。

 でも、喜んでいる幸奈を見たら褒めてあげたい母性のようなものが無性に身体を支配した。


「偉い偉い」


「えへへ」


 頭を撫でると無邪気な笑顔をみせてくる。


「よし、続きも頑張る」


 そう口にすると幸奈はゆっくりと包丁を動かし始めた。

 ……のだが――。


「うぅ、どうして……どうして、涙が出るの?」


「そりゃ、相手が玉ねぎさんだからな」


 玉ねぎを切り始めるとお約束というか……ポロポロ泣いていた。


「一回止めて涙拭いた方がいいぞ。そのままだと危ない」


「……ゆうくんが拭って。お願い」


 目を閉じてこちらに顔を向けてくる。

 口も閉じられていて……まるで、キスを待っているような――って、何考えてるんだ!


 変な気持ちに気づかれないように雑念を消して涙を拭った。


「ありがとう……っ!」


 再開しようとした瞬間、よそ見をしていたせいで幸奈は指を切ってしまった。真っ白な指からじわっと赤い血が出てくる。


「ま、待ってろ。今すぐ絆創膏持ってくるから水で洗って――」


「――ゆうくん」


「!?」


 絆創膏を取りに行こうとして呼び止められ、振り返った瞬間に口の中に何かが突っ込まれた。


「ゆうくんが舐めて」


 口の中に広がる嫌な鉄の味。

 突然のこと過ぎて、思わず飲み込んでしまった。


「ふぁ、ふぁな……」


「……っん、喋らないで……」


 びくんと身体を跳ねさせる幸奈。


 これは、不味い。これは、不味い。これは、不味い!!!


 血を吸うのもどうかと思ったが、このままでいる方が何倍も心臓に悪かったため、急いで血を吸った。

 そして、口から指を出して、絆創膏を取ってくると幸奈の指に巻きつけた。


「今日はもう料理禁止」


「え、どうして……?」


「どうしても!」


 少しでも心を落ち着かせるために一人でチャーハンを完成させた。


 食べながら幸奈は『二人で作ったチャーハン美味しいね』とか言っていたが味なんて分からなかった。


 幸奈の血の味。

 それだけが、口の中に残っていた。

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