第64話 幼馴染メイドと相合い傘

 その日は朝から雨が降っていた。季節は六月、梅雨の季節。なんら、可笑しなことはない。


 そう。午後になるに連れて、雨の強さが尋常じゃないほどになっても可笑しさなんてない。


 ただひとつ、可笑しなことがあるとすれば――


「ねぇ、祐介」


「……なに?」


「もうちょっとこっちに寄っていいよ。祐介の肩、傘からはみ出て濡れてる。風邪ひいちゃうよ」


「……馬鹿は風邪ひかないから」


 僕と幸奈が一本の傘に入りながら……相合い傘をしながら帰ってることくらいだ。



 事の発端はホームルーム終わり。帰る準備を終えた幸奈が真っ先に僕の元へ来た。


「祐介。今日、傘持ってきてる?」


「持ってきてるよ。こんなに日に持ってこないほど馬鹿じゃない」


「はぁ~良かった~」


 まさか、幸奈は僕が雨の日に傘を持ってこないほど馬鹿だと思ってたのか? 幼馴染を舐めすぎだ。


「祐介、入れてっ」


「……は? 傘持ってきてないの?」


 こくんと頷く幸奈。こんな雨の日に傘を持ってこないとかアホなんじゃなかろうか。僕よりよっぽど馬鹿だ。


「言っとくけど私が出るときは降ってなかったの。だから、持ってこなかった」


「いや、それでも天気予報とかでだな」


「見てないから仕方ないでしょ? ねぇ、入れてよ。一緒に帰ろ?」


 小首を傾げて、おねだりするように猫なで声で頼んでくる。こんな甘えられて断るほど勇気があるわけではない。

 でも、今帰れば確実に誰かに見られる。噂は噂だからとか言っても、それは僕がどうでもいいってだけで、もし幸奈の悪い噂でも流れたらと思うと中々返事できない。


 渋っているのを迷っていると勘違いしたのか幸奈は顔を近づけながら耳元で小さくとんでもないことを言ってきた。


「私ね、今日この前祐介が見た下着つけてるの」


「……は?」


 一瞬、幸奈が何を言ってるのか分からなかった。でも、すぐに理解した。つまり、幸奈のスカートの下は今黒いパンツ……っ!?


「ば、ばば、何言って……そ、それに、それ下の話だろ。いちいち言う必要――」


 焦って自分でもよく分からないことを口にしていると幸奈はクスリと笑いながらもう一度顔を近づける。


「あのね、女の子の下着ってねセットになってることが多いの。もう、意味分かるよね? 祐介は私に濡れ透けプレイさせたい鬼畜なの?」


 カアァァァッと耳が熱くなっていく。


 これは反則だ。反則過ぎる。幸奈のことを直視出来ない。


 と、そんな時、放送が入った。内容は雨が酷いので全校生徒すぐに帰るとのことだった。


「一斉に帰るなら人が多いし私達だって気づきにくいね。ね、祐介。一緒に帰ろ?」


 甘えながらの上目遣い。もう、頷くしか選択肢には残っていなかった。


 頷くと幸奈は目を輝かせながら『やった』と口にしていた。気疲れした僕とは違い、とても嬉しそうにしていた。



 と、まぁ、そういうことで幸奈と帰ってる訳だけど――


「私達みたいなの多いね」


 そうなのである。周りを見れば、相合い傘相合い傘相合い傘。ピッタリとくっつきながら帰る男女のペアの姿ばかりなのだ。


 おっと、僕と幸奈はピッタリなんてしてないから。そうならないためにも僕は傘のほとんどを幸奈に使って肩を濡らしてるんだ。


「みんなカップルなのかな?」


「知らん」


「もう、ちゃんと聞いてる?」


「聞いてるよ」


 嘘だけど。

 幸奈の話よりも僕は今の状況を誰かに見られるのではないかという心配の方が大きかった。


 幸奈は気にすることなく、勘違いかもしれないけど嬉しそうにしている。でも、僕は顔を俯かせてなるべく僕だと知られないように努めていた。


「私達も周りからはカップルに見られてるのかな?」


 そんな恥ずかしいこといちいち訊くな……。

 答えないでいると幸奈から『無視しないでよ』と言われた。当の本人も恥ずかしいようで赤くなっていた。


「……ねぇ、さっきから返事してくれないけど、祐介は私と相合い傘するの嫌?」


 不安そうな声が聞こえ、ハッとして横を見る。すると、やはり、不安そうにしていた幸奈が見つめてきていた。


 嫌とか嫌じゃないとかそういうんじゃない。ただ、恥ずかしいから見られたくないんだ。

 でも、そのせいで幸奈を傷つけてしまった。不安がらせてしまった。


 幸奈を守るとか思ってたのは昔の僕だ。でも、今だって幸奈を不安がらせたいとかそんなことは思ってない。出来ることがあるなら、幼馴染として幸奈のためにしてあげたいと思ってるんだから。


「い、嫌とかそういうんじゃなくて……ど、ドキドキするから緊張してるって言うか……」


 恥ずかしいのも見られたくないのもある。

 でも、一番なのは、幸奈とこんな至近距離でいることに緊張しているんだ。


 これまでも近い距離はあった。でも、こんなに近いのは初めてだ。それに、傘の下っていう世界に二人だけしか存在してないような気がしてドキドキして仕方ないんだ。


 それが、正直な気持ちなんだ。


 それを言うと幸奈は安心したような笑みを浮かべた。そして、僕の右腕に自分の腕を絡めてきた。


「さ、幸奈っ!?」


 田所が言っていた。女の子の二の腕は胸の感触と同じなのだと……。


「ゆ、祐介に風邪ひかれると嫌だから……。だから、もっと近づこうよ……」


 幸奈はぎゅうっと絡める力を強めてこれでもかというくらいくっついてくる。


「み、深雪先輩みたいに大きくないから嬉しくないかもしれないけど……私だってこのくらい出来るんだから……」


 そうなのだ。深雪さんみたいにハッキリと分かればまだ良かったのかもしれない。……何が良いのかは自分でも分かってない。


 でも、幸奈は正直に言うと傷つけてしまうから絶対に言わないけど、ハッキリとは分からない。多分、そうなんだろうとは思うけど。

 ただ、その分からないってのが問題だ。

 強い力で幸奈の二の腕が僕の腕に当たることで想像してしまうのだ。柔らかい感触が幸奈の小さな胸と同じ感触なのかな……と。


「さ、幸奈!」


「な、何!?」


 もう我慢できなかった。驚いている幸奈に持っていた傘を押しつけ、拒絶するように離れた。


「ゆ、祐介!? 濡れちゃうよ!?」


 心配してくれる幸奈の言葉なんてもう耳には届いていなかった。頭にあったのは拒絶したって勘違いさせないために弁解することと逃げることだけだった。


「い、嫌とかそういうのじゃないから。う、嬉しいのも嬉しかったから。じゃ、じゃあ!」


 僕は豪雨の中をマンションに向かって走り出した。


 おかしい。おかしい。おかしい。つい、一ヶ月前まで全く話さなかったんだぞ? 話してもツン度高めだったんだぞ?


 なのに、今は甘えてくるはあんなに接近してくるは……デレ度高すぎだ!


 僕の知ってるツンデレメイドはあんなにデレデレじゃないんだ!

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