第65話 風邪をひいたから幼馴染メイドが看病してくれるらしいんだが(不安しかない)①

 翌日、僕は馬鹿のくせに風邪をひいた。

 馬鹿は風邪をひかないとか自分で言っておきながら馬鹿すぎる。


「ゲホッゲホッ!」


 咳き込みながらずずっと鼻をすすっていると心配した春が振り返る。


「大丈夫かよ」


「微妙……」


「なんで、風邪なんてひいたんだ? 昨日は傘も持ってたし元気だっただろ?」


 昨日、下駄箱を出る時、幸奈といると彼女を連れていた春と出会ったのだ。二人もちょうど相合い傘をして帰るようだった。


 その時に、幸奈がやたらと嬉しそうに春に説明しているのをいたたまれない気持ちで聞いていた。


「色々あったんだよ……」


 濡れながら帰った後、温かい風呂にでも入ってしっかり身体を拭けば風邪なんてひかなかっただろう。

 でも僕はこの後バイトもあるし、そんなに時間がないという理由で適当に髪を拭いただけだった。


 そして、いつも通りバイト先へ行き、働いて帰り、朝起きたら体温が上昇していた。


 幸奈に傘を無理やり押しつけた挙げ句、学校を休んだとなれば幸奈が気にするかもと思い、ふらふらしながら登校した訳だ。


「幸奈ちゃんはぴんぴんしてるのに可笑しな話だな」


「幸奈は関係ない……」


「ふーん」


 怪しむような視線を送ってくるが無視。言い訳するのもしんどい。


「で、相合い傘はどうだった?」


「ヤバかった……それだけ……」


 そう言い残して僕は机に突っ伏した。

 そして、そのまま静かに目を閉じた。



 春の身長のおかげで先生にばれずに突っ伏し続けられた。そのため、少しばかりは回復したと思うけどいまいち物事がはっきりとしない。完全に身体が犯されている。


「祐介、大丈夫!?」


 ずっと、突っ伏していたため今日初めて幸奈と言葉を交わす。昨日のことを思い出して視線は合わせられないまま、『大丈夫だから……』と答えた。


「でも……」


「幸奈のせいじゃないから気にするな……」


 そう。これは、完全に僕のせいだ。僕が意識さえしなければ良かった。でも、それは無理だ。意識しない訳がない。だからこそ、この結果を受け入れる。


「今日は帰ってゆっくりしとけよ」


 春に言われて頷いた。


「分かってる。帰ったら寝とく。じゃあ……」


 カバンを持っておぼつかない足で教室を出る。そのまま、マンションに帰った。



「失礼します……」


 よし、バイト先にも休むって連絡いれたしすることもなくなった。寝よう。


 ジャージに着替えてバイト先へ連絡を済ませた僕はリビングから自室へ向かおうとした。と、ちょうどその時、チャイムが鳴った。


 こんな時に誰だと思いながら無視しようと考えたが、気になって快眠できないのも嫌で玄関へと向かう。


 扉を開けて確認すると手に袋を持った幸奈が。


「ゆ、祐介、大丈夫? これ、桃のゼリーとかドリンクとかコンビニで買って来たんだけど……」


 少し息が荒く、汗をかいているから走って来てくれたのだろう。ありがたいと思いつつ手を伸ばそうとして咳が出てきた。

 幸奈にうつしちゃダメだと咄嗟に手で口を塞ぐ。


「し、心配だから、側にいるよ。看病もしてあげる。だから、祐介の部屋……入っていい?」


 僕と一緒にいたら幸奈も風邪をひくかもしれないからダメだ。頭ではそう思ってる。でも、口がそう動いてくれない。勝手に扉を広く開けて受け入れていた。



「祐介はちゃんと横になってて」


 幸奈はベッドで横になる僕に言い残してリビングの方へと消えていった。


 静かに目を閉じて、今の状況をよく考えると色々と不味いような気もするが正常な考えなのかさえ分からない。


「祐介、汗はちゃんと拭いた?」


 部屋の外から顔だけを覗かせる幸奈にボーっとしていると幸奈は顔を引っ込めた。そして、しばらくしてから濡れたタオルを持って戻ってきた。


「はい、これで拭いて。よく分からないなら拭いちゃえばいいんだよ」


 そうだなと思いつつ身体を起こして服を脱ごうとした。


「ちょ、ちょっと、私が出てってからにしてよ」


「え、あ、ああ、ごめん」


 目を隠しながら赤くなる幸奈に謝る。

 しかし、どういう訳か幸奈は部屋を出ていこうとしない。それどころから、指の間からチラチラと見てくるような……。


「あの、出ていかないの?」


「や、やっぱり、私が拭いてあげる。それに、よく考えたら祐介に裸見られたんだし私も見ていいよね」


 何を言ってるのか考えるのもメンドクサク素直にタオルを渡す。


「じゃ、じゃあ、背中からね」


「お願い」


 ぴとっと幸奈の冷たい手が背中に触れる。

 その瞬間、身体がびくんと反応する。


「んっ……!」


 男が出してもただ気持ち悪いだけの声が自然と漏れる。


「ちょ、ちょっと……変な声出さないでよ」


「仕方ないだろ……幸奈の手、冷たくて気持ちいいんだ……」


「だからって……」


「んっ……んっ……」


 後で思い出せば死ぬほど後悔するんだろう。でも、今は声を出すのを我慢できなかった。


 火照った身体に幸奈の冷たい手は気持ちよくて仕方ないんだ。幸奈に触れられているだけで熱が下がっていくようにも思えてしまう。


 だからだろう、もっと触ってほしいと思うのは。


「幸奈……もっと触って」


「にゃ!? な、なな、何言ってるの!?」


「お願い……嫌ならいい」


「わ、私はいいよ……ゆ、祐介の方こそいいの……?」


「うん。早く、楽になりたい……」


「わ、分かった……いくね」


 ペタッペタッと幸奈の手が身体に触れていく――それが、堪らなく良い。


 端から見れば、上半身裸の男の肌を触る美少女……といういかがわしい関係に見えるかもしれない空間。


 ツン幸奈には絶対に言えなかった。甘えられなかった。でも、デレ幸奈になら言えるし甘えられる。


 だから、今だけは甘えよう。だって、今の幸奈はデレデレ状態が続いているのだから。

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