第105話 言われて言ってようやく二人は……②

「で、さっきの風ちゃん? って誰なんだ?」


 幸奈と秋葉はまだ来ないのでもう少し田所と待つ。

 可能な限り、何も考えずに出来る会話を探し、風ちゃんとの関係を聞いてみることにした。


「中学の頃の友達っす。高校に入ってから連絡はしてなかったんすけど、一番仲が良かったっす」


「ふーん、中学の頃の友達か」


「なんすか? 興味ないんすか?」


「いや、あの子と僕達の前とで随分と違うんだなって。なぁ、咲夜ちゃん?」


「なっ……!」


 いつもの仕返しとばかりにニヤニヤしながら言うと面白いように顔を真っ赤に染めていく。


「べ、別にいいじゃないっすか。なんなんすか? ダメなんすか?」


「ダメなんて言ってないだろ。咲夜ちゃん」


「な、名前で呼ばないでほしいっす!」


「なんでだよ。風ちゃんには呼ばれてたじゃないか」


「先輩はダメなんす! 絶対に!」


 ぽかぽか叩きながら睨んでくる。


 あ、これ以上からかったら本気で怒るやつだ。せっかく、楽しい反応なのに残念だけど仕方ない。もう止めよう。


 降参の意味も込めて両手をあげると田所も叩くのを止めた。ただ、まだ恥ずかしいのか、怒っているのか。赤いままだった。


「思ったんだけどさ、風ちゃんにしてたようにすれば友達出来るんじゃないか?」


 余計なお世話かもしれないが、半年もすれば僕達は卒業してしまう。そうなると、田所はどうなるか。きっと、普段話せるような人達はいる。けど、また学校にいく楽しみを見失うかもしれない。

 別に学校が楽しい場所だと思う必要はない。

 そもそも、学校なんて一種の牢獄みたいなものだとも思っている。


 それでも、どうせ行くのなら楽しい方がいいはずだ。その方が断然いいに決まってる。


 卒業した瞬間、田所と縁を切るわけじゃない。でも、どうしても必然的に田所とは会わなくなる。


 だから、もし田所にとっての風ちゃんまではいかなくても、せいぜい友達と呼べるくらいの人がいればいいなと思った。


「別に友達がほしい訳じゃないんすよ?」


「ま、田所が決めることだからさ、無茶にとは言わないけど」


「……心配してくれてるんすか?」


「一応な。先輩だし」


「先輩はほんとよく先輩面するっすね。ま、嬉しいっすけど」


 にししと笑いながら口にする田所。

 何が楽しいのかは分からないが、まぁいいかと後頭部をかいた。


「そういや風ちゃんとは何話してたんだ?」


「えっ……な、なんでもないっすよ?」


 そう言うが目が泳いでいて嘘だと分かる。

 さっきまで収まってた紅潮もぶり返している。


「なんでもないことはないだろ。焦ってたし」


「お、女の子には色々と女の子の事情があるんすよ。先輩はもう少し女心を理解するべきっす。そうするべきっすよ!」


 ずずっと迫られ、凄い気迫で言われる。


 え、どうして、怒られてるみたいになった? 女心を理解するべきとか言われたが……やっぱり、僕にはまだ難しい話だ。


「ぜ、善処するよ。あ、でもさ、これだけは正解だったろ?」


「なにがっすか?」


「田所が可愛いってこと。風ちゃんも言ってただろ?」


 おそらく、あれは正解だったはず。

 風ちゃんも可愛いって言っていたのだから、僕の目に狂いはなかったはずだ。


「も、もう! そういうところが理解してないって言うんすよ!」


 また、叩かれそうになった時、大きな衝撃が背中に走った。

 ドンッ!っという音がして、結構痛い。


 子どもにでもぶつかってしまったのかと振り返ると良い香りがふわっと広がった。


「お待たせ、ゆうくん!」


 幸奈だった。満面の笑みを浮かべながら見つめてくる幸奈はいつもと違う格好をしていた。


 夏の暑さを吹き飛ばすような爽やかな白いワンピース姿だった。


 ワンピース姿はケンカした時に見ているがあの時と色が違う。今回は白。幸奈の綺麗な黒髪と対になっている色だ。それが、爽やか系美少女と言えばいいのか……とにかく、似合っていた。


「幸奈先輩! チョー可愛いっす!」


 僕が言う前に興奮した田所が言っていた。

 両手を前にして、鼻息を荒くしている。


 そんな田所のことを幸奈は少しも見ずに適当にあしらっていた。


「ありがと」


 そして。


「ゆうくんはどう思う? 似合ってる……かな?」


 首を傾げながら、あざといポーズで上目遣い。さらさらな髪が揺れるのが優雅に見えた。


「に、似合ってる。可愛い……」


 正直、それ以外の感想が出てこなかった。

 いや、それ以外の感想なんて必要なかった。それが素直な感想だったからだ。


 しかし、田所に向かって言うよりも幸奈に向かって言う方が何倍も緊張してしまう。田所相手にも緊張はする。でも、幸奈を相手にするとそれが余計に膨れ上がるのだ。


「えへへ、ありがとう!」


 僕と田所に接する態度の違いが大きすぎる。……でも、向けられた笑顔を見ればそんなことどうでもいいように思えた。


「はぁ~幸奈先輩ってほんと可愛いっすねぇ~。なんでも似合うと言うか……この前の日も正直、どうして学校ジャージ着てるんだーって思ってたすけど、似合ってしたしいいやってなってたんすよ」


「え、合宿って学校ジャージでするもんじゃないの?」


「それは、ちゃんとした部活動をしてる人達だけっすよ。私達は自由でいいんす」


「そうなんだ。クマさんパーカーが出てきた時は何でだろうって思ってたの」


「幸奈先輩のパジャマ姿拝みたかったっすよ~」


 そこに関しては大丈夫だ。どっちにしろ、幸奈はジャージなんだから。と、心の中で思った。


「それに、ワンピース姿も似合ってるっすけど、せっかくだから浴衣姿を拝みたかったっす」


 そこに関しては同意だな。ワンピース姿も可愛いし見れて眼福。でも、今日は夏祭り。浴衣主義みたいに絶対浴衣だ、とは言わない。けど、せっかくだから浴衣姿の幸奈を見てみたかった気持ちもある。


「へーケンカ売ってるの? ねぇ、ケンカ売ってるの?」


「ど、どうしてっすか!?」


「ふん」


 たちまち険悪なムードになる二人。僕もだけど、田所でさえもどうしてなのか分かっていない様子だ。


「せ、先輩。幸奈先輩、急にどうしたんすか?」


「知らん」


 小声で聞かれて答えた。……てか、田所よ。女心理解しろとか言ってたけど、女子のお前も理解出来てないじゃないか。


「そこ! こそこそしないで!」


「す、すいませんっす!」


 ビシッと指を指されて姿勢をピシッと正しながら敬礼をする田所。


「ま、まぁまぁ……せっかくの祭りだし仲良くな」


 二人の間に入って、和を取り持つように幸奈に言い聞かせる。

 すると。


「……ふふ、怒ってないよ。ほんの冗談」


 楽しそうに笑い始める幸奈。既に楽しくてテンションが可笑しくなっているのだろうか?


「はぁ~良かったっす~。冗談っすか~」


「うん。冗談だよ冗談。冗談だからね。だから、本気にしなくていいからね」


「安心したっすよ~」


 ふぅ、と息を吐きながら安心している様子の田所だった。が、僕には幸奈の目が笑っていないように見えて仕方なかった。

 ……と言うか、怖くてちょっと身震いした。


「悪い待たせた……って、どうしたんだ?」


 懐いてくる田所を笑顔(多分)で迎える幸奈。その様子をドキドキしながら見ていた所へ秋葉が合流した。


「遅いっす!」


「だから、悪いって言ってるだろ」


「お詫びとしてなんか奢ってください」


「……はぁ。ま、お前に付き合ってたら余計に遅くなりそうだし分かった」


「やったっす!」


 田所と秋葉のやり取りを見ていると幸奈が耳元に小声で話しかけてくる。一段と近いような距離にドキッとした。


「あの二人って仲良いよね」


「そうだな」


 そんなことを話していると田所が手を振りながら呼ぶ声が届く。


「お二人さーん。行くっすよ~」


「行こっか、ゆうくん」


「だな」


 四人で夏祭りの会場に向かった。

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