第104話 言われて言ってようやく二人は……①

『今度、夏祭り行きましょうっす! ちょうど、学校の近くで行われるっすから!』


 先日行われた、合宿と言う名のお泊まり会。その帰り際、田所が提案した。


 プールの一件もあるため、今回は誰も躊躇わずに提案を受け入れた。珍しいことに、秋葉までもが素直に従っていた。


 と言う訳で、学校の近くで待ち合わせをしているのだが……。


「みんな遅いな……」


 まだ、僕以外誰も来ない。と言っても、約束していた待ち合わせ時間まではまだあるし、花火が打ち上げられるまでもまだまだ余裕がある。僕が早く来すぎただけだから、のんびり待てばいいのだ。


 しかし、幸奈と夏祭りか……。


 昔は近所で行われている祭りへ幸奈とよく行ったものだ。お互いに親から浴衣を着せられ、少しのお小遣いを握りしめ、興奮したまま行ったっけ。


 幸奈の浴衣姿……可愛かったんだよな。


 淡い記憶を思い返しつつ、スマートフォンを取り出して連絡でもきてないか確認しようとして、背後から声をかけられた。


「せーんぱい。この前ぶりっすね!」


「ああ、田所――」


 振り向くと、そこには、黄色い浴衣に身を包んだ田所の姿があった。


「ん、先輩? ボーッとしてどうしたんすか?」


 言葉では言い表せない、なんとも言えない姿に不覚にも視線を奪われていると顔の前で手をヒラヒラとさせられる。


「……いや、似合ってるなって」


「そ、そうっすか?」


 自分の姿を確認するためか袖をふりふりさせたり、後ろを振り返ったりしている。

 その姿も妙に様になっているというか……こう浴衣女子って気がして良い。


「どこも可笑しなとこないっすかね?」


 髪型もいつもと違うし心なしか少しだけ化粧しているようにも見える。


「ないだろ。……可愛いぞ」


「も、もう~先輩ってば女たらしっすね!」


 照れ隠しからか、背中をバシバシ叩いてくる。この前の時よりも威力が強い。


「幸奈先輩はまだなんすか?」


 幸奈に一緒に行こうと誘ったがどういう訳か先に行っててと言われたのだ。だから、幸奈が今どこにいるのか分からない。


「まだ」


「秋葉先輩はさっき出たらしいっす」


「そんな連絡なかったぞ?」


「そりゃ、個人用っすから。もしかしたら逃げるかもしれないっすからね。念押ししといたっす」


「なるほどな」


「少しの間、待つしかないっすね~」


「だな」


 と言うことで、田所と二人で待つことに。


「そう言えば、この前の饅頭美味かったぞ」


「そうっすよね! あれ、何個でも食べれるっす。向こうで食べて、帰ってからも食べたっす」


「確かに、何個でもいけそうだった。もうなくなったし」


「お、完食してくれたんすね」


「そりゃ、貰ったんだし食べきらないと悪いだろ」


「にしし。嬉しいこと言ってくれるっす。……ところで――」


 田所は一歩、側に寄ってくると後ろに隠れるようにした。

 周りをキョロキョロと見渡している。


「先輩……やっぱ、変、なんすかね……?」


「は、なんで?」


「だって……」


 もう一度周りに視線を向ける田所。

 同じ様にするとチラチラとこちらを見ては目を逸らす男の姿が幾つも存在していた。


「なんか、見られてるような気がするっす……」


「……気、じゃなくて見られてるんだよ」


「ええっ、や、やっぱりっすか!?」


 何度も自分の姿を確認する田所。


 いっつも僕をからかってくるくせに気づかないんだな……。


「大丈夫だから落ち着けって」


「で、でも……」


「あのなぁ。田所が可愛いからみんな見てるんだよ」


「んなっ!? そ、そんな嘘つかないでほしいっす!」


「嘘じゃないって。もう一回、ちゃんと見てみろよ。周りを」


 田所が周りを見ると頬を赤らめてそっぽを向く姿が確認できる。


「や、やっぱり、変じゃ……」


「変じゃないって。可愛い可愛い」


「で、でも、私……可愛いなんて言われないですし……」


 ストーカーの時に言われたことを思い返しているのだろうか。口ごもり、言葉が途切れる。

 でも、そんなことはない。

 現在進行形で田所は視線を浴びている。しかも、明らかに『あの子可愛い』というのが伝わってくる。


「大丈夫だって。心配しなくても、ちゃんと可愛いって」


「せんぱ~い……」


 うるうるさせながら、見上げてくるから反応に困る。

 これだと、僕が泣かしたみたいじゃないか……。


「それに、ほら、そろそろ離れてくれ」


「どうしてっすか……?」


「周りの視線が痛いんだよ……」


 怨念のような、羨望のような……とにかく、良いものじゃない視線がぎすぎす突き刺さってくる。


「それと……」


「それと……?」


 さっきから柔らかい感触が触れたり触れなかったりして意識しちゃうんだよ……。


「……なんでもない」


「え~気になるっすよ~」


 そんなことをしていると。


「――もしかして、咲夜ちゃん?」


 近くの女子が近づいてきて、僕達の側までやってきた。見た感じ、ふわふわ系女子だ。


「え、あ、ふうちゃん!?」


「そうだよ。久し振りだね!」


 どうやら、知り合いらしく女子特有の盛り上がりをみせている。

 って言うか、仲良い友達いるじゃないか。


「今日はどうしたの?」


「多分、咲夜ちゃんと同じ目的だよ。私はと、だけどね」


 むふふ~という笑みを浮かべながら風ちゃんとやらに上から下までを舐めるように見られた。


 なんだ、いったい……?


「ふ、風ちゃんっ!」


「ふふふ~いいなぁ咲夜ちゃんは」


「ち、違うから。風ちゃんが思ってるような関係じゃないから!」


 真っ赤になりながら、両手を振って否定している田所。女子同士の会話はよく分からない。


「でも、そんなに気合い入ってるってことは……でしょ?」


「ち、違うよ。これは、その……」


「ふふふ、咲夜ちゃん可愛いよ。とっても似合ってる」


「あ、ありがとう……」


「あ、そうだ。連絡先交換しとこ。また今度ゆっくり会おうよ」


「う、うん。そうだね」


 スマートフォンを取り出して連絡先を交換し合う二人。


「じゃあ、友達待ってるから行くね。もしかしたらまた会うかもだけど……人も多いし、広いから無理そうだね」


「うん、またね。今度会えるの楽しみにしてる」


「じゃあね」


 風ちゃんは僕の方へと近づいてきた。

 そして、小声で田所に聞かれないように囁く。


「咲夜ちゃんのことお願いしますね」


「? はぁ」


 よく分からないまま返事をすると風ちゃんは去っていっていった。


 何をお願いされたのだろうか……面倒をみる? いいや、そんなことじゃないはずだ。多分、僕の考えてる馬鹿で自意識過剰な……可能性のひとつの――。


「――先輩?」


「ん?」


「ボーッとしてどうしたんすか?」


「いいや、なんでもない」


 頭に浮かんだそれを悟られないように言う。もし、そうだとすると多分、泣かしてしまうことになるだろうから……。

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