第103話 幼馴染メイドとメイド同好会で合宿……という名のお泊まり会④了

 夜はまだまだこれからっすから……等と張り切って言っていたのはどこの誰だったのか。


 すっかり眠ってしまった三人の姿を見ながらそんなことを思う。


 最初に寝不足だった幸奈がやはりというか限界を迎え、机の上に突っ伏してしまった。

 そして、次に『すーすー』という可愛らしい幸奈の寝息につられたのか田所が眠ってしまった。


 しばらくの間、秋葉と話していたが秋葉も力尽きて眠ってしまった。


 結局、僕が最後まで起きてしまった。


 夏だしそのままでも風邪をひく可能性は低い。でも、一応のためと僕の部屋までいって薄い掛け布団を四枚取り出した。


 それを一枚ずつみんなにかけていく。


 さて、寝る前に少し外の空気でも吸おう。


 この家にこんなにも人が集まるのは初めてなので、空気の入れ換えをするためにもベランダに出る。


 夏特有の風が肌を刺激していく。


 ふぅと小さく息を吐くと何故だかスゴく幸せな気分になった。


 と、その瞬間、ぬめっと大きな影が背後から現れる。ビクッとして後ろを振り向くと田所だった。


「あ、気づいたっすか?」


「心臓に悪い。熊でも出たのかと思ったぞ」


「あながち間違ってないっすよ」


 そんなことを言いながらベランダに出てくる田所。大きなあくびをひとつして腕を伸ばしている。


「起こしちゃったか?」


「先輩が布団かけてくれた時に」


「そっか」


 二人でボーッとしながら外の景色を眺める。普段なら、気まずく感じてしまう何も話さない状況も今は居心地が良い。


「……先輩。今日は楽しかったすか?」


「ああ。特に人生ゲームで田所が恥ずかしそうにしてるのを見るのが楽しかった」


「うっわ。先輩、ドSっすか? 恥ずかしいこと思い出させないでほしいっす」


 田所は照れ隠しからなのか背中をぽかぽか叩いてくる。

 でも、本当にそう思ったのだ。


 幸奈はもう慣れてしまったからなのか、恥じらいながらお約束のセリフを言うことがない。……一回はあったけど、あれはおそらく僕相手だから恥ずかしくしていたのだと思う。初っぱな。本当の初っぱなだったら、もっと恥ずかしがっていたはずなんだ。

 だから、あんな風に言われて新鮮だったのだ。


 だから、正確には楽しいじゃない。可愛いだ。でも、それを言うのは僕の方が恥ずかしいから言わない。内緒だ。


「田所はどうなんだ?」


「私も楽しかったっすよ。こういうの初めてっすから」


「そっか。なら、場所を提供したくらいはある」


 幸奈も田所も楽しかったのならやったかいがある。秋葉も多分楽しかったって思ってるだろう。僕もそう思ってる。みんなが満足したのなら大成功だ。


「そうっすね。先輩。私の無茶ぶりに付き合ってくれてありがとうっす」


「ほんとだよ。合宿とか言いながら全然合宿っぽいことしてないし」


「えーみんなでご飯食べて遊んで寝たら合宿っぽくないっすか?」


「それは、合宿じゃなくてお泊まり会だよ」


「そうとも言うっすね。ま、要は言い様っすよ」


「お前が言うな」


 コツンと田所の頭を軽く叩く。すると、可愛く『あうっ』って反応が返ってきた。


「もう、何するんすか。そんなことするなら食べちゃいますよ。がおーって!」


 両手を挙げて襲うような仕草をする田所。クマさんパーカーを着ているからなのか、ある日の森の中で出会ったクマさんにしか見えない。


「全然怖くないな」


「そりゃ、怖くしてないっすから」


「なんじゃそりゃ」


 はははと寝ている二人を起こさないように小さく笑う。


「……ねぇ、先輩。今日は本当にありがとうございましたっす。これで、無事にお礼することが出来たっす」


「……その件に付いてだけど、ほんの冗談だったんだ。それに、僕は何も出来てないし」


 思い返してみても、僕の役立たずっぷりときたらどうしようもない。幸奈と秋葉と春がどうにかしてくれて、僕は何もしていない。


「う~ん、そうっすね。幸奈先輩と秋葉先輩。あと、先輩の友達がどうにかしてくれてたようなもんっすもんね」


 分かっているとは言え、こうはっきり言われると改めて自分の役立たずさを痛感させられる。


「でも、先輩はそれでいいんすよ。そんな先輩だからこそ、打ち明けることが出来たっすから」


「……そんな気遣い逆に胸が痛むんだけど」


「気遣いなんてしてないっす。本当のことっす。まぁ、それでも、胸を痛めるんならもう少し視野を広めることっすよ。どうせ、この合宿の意味だって気づいてないっすよね?」


「……は、何か意味でもあったのか?」


「あったっすよ」


 呆れられてため息を吐かれたが僕には分からない。せいぜい、みんなで楽しむ……くらいだろうか。


「先輩に会いたかった。それだけっす」


「……は?」


 真っ直ぐに見つめられ視線を逸らすことが出来ない。


 今、なんて言われた……? 僕に会いたかった?


「それって、どういう……」


 それを確かめてはいけない。そんな気がしたのは僕が変わったからなのだろうか。もしかして……と言う考えが存在していることを否定出来ない。


「あ、間違ったっす。先輩に会いたかった、っす」


 とぼけるように言う田所。


「お前な……」


「あ、もしかして勘違いしちゃったんすか?」


 イヤらしい笑みを浮かべ、からかってくるように絡んでくる。

 相変わらずのウザさだが、今はそれが救いのような気がした。


「先輩はよそ見しないように気をつけたらいいんすよ」


「……さっきと言ってること違うんだが」


「いいんす。視野は広めつつ、よそ見しないようにしてくださいっす」


「無茶ぶりだな」


「可愛い後輩からのお願いっすよ」


「自分で言うなよ……」


「にしし。にしても、この前のプールは残念でしたね~」


「お天気様はコロコロ変わる性格だからな」


「ツンデレっすよね~。気分が良かったら晴れて、拗ねたら雨なんて。いい迷惑っす」


「で、怒ったら雷だろ?」


「そうっす。ピカーンゴローンってビビらせてくるんすよ。許せないっす」


 どうやら、田所は雷が苦手らしく、怒れない相手に向かって怒っていた。が、クマさんパーカーのせいで、どうにも怒ってるようには見えない。


「せっかく新しい水着も買ったのにっすよ?」


 新しい水着……それは、サイズが変わったからなのか。それとも、新しいのが欲しかっただけなのか……。


「せ~んぱい。見ないでほしいんすけど」


「べ、別に見てないし。自意識過剰だろ」


「え~ほんとっすか~? な~んか、やらしい視線感じたんすけど~?」


「気のせいだ気のせい。ほら、もう中に戻るぞ」


「あ、逃げるんすね?」


「うっさい」


「にしし。やっぱ、先輩をからかうのは楽しいっす」


「はいはい。こっちは毎回疲れるよ……」


「でも、本音じゃないんすよね?」


 この空気のせいで思わず本音じゃないことを言いそうになる。


「……内緒だ」


 それをなんとか隠して先に部屋に戻った。


「……にしし。先輩は本当に一緒にいて楽しいっすよ……」


 聞き取れないほどの小声でなにかを呟いた田所。


「……なんか言ったか?」


「なんでもないっすよ。さ、早く寝ないと起きれなくなるっす」


 そう言うや否やとっとと座り直して寝直す田所。頑張って起きていたのか、すぐに小さな寝息を立てだした。


「ほんと調子狂わされる」


 部屋の電気を消して、同じ様にした。

 僕も知らない内にすぐに眠った。なんだか、とてもいい夢を見たような気がした。

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